130 挟まれた水舟丘陵

文字数 2,544文字

 白昼に将軍はノボロたちとともに歩む。気温が四十度を越えている時こそ、ジライヤどもも警戒を怠るだろう。とはいえ将軍たち四人も、ナトハン家へ続く滝のような渓流に注意を向けることはなかった。
 キハルが道を燃やして作った滑走路は雨と草にまだ風化しない。焦げた上を歩く人すべてが飛行機の仕業と勘づくが、あえて話題にしなかった。
 過去の集落に入る。人がうろついた気配が明確になる――アスファルトの道を中心に伐採されている。実情を知らぬ者は、巨大な何かが移動した跡と想像してしまう。

 対岸で黒鹿毛の中型犬が将軍たちを眺めている。ノボロが連れてきたザオウとにらみ合っているようだ。どちらも吠えない。銃声を響かすわけにはいかない。矢傷を負わせて逃げられるわけにもいかない。

「橋を建てないのは守りのためだな。しかし両岸の道が立派過ぎて存在を隠せない。たしかにこの先を見るのは危険だ」

 将軍がノボロに言う。ミカヅキを運ぶための大通りは、こちらも植物に覆われていない。ここが黒い怪鳥のねぐらと誰もが思う。将軍さえも空を見上げる。
 閉ざされた村だから商人のふりをした内偵もできない。配下二人を残して、クロジソ将軍とノボロはエブラハラへと戻る。将軍はすぐに旅だつ。

 ***

 夕暮れ近い土砂降りの中を、将軍はセキチクたちとともに登る。敵に見つからないという意味では、いまこそが安全かもしれない。踏み跡に沿って四人は沢を離れる。
 見張りは立てていなかった。閉ざされたゆえの油断か、人員を割けないのか。

「素晴らしい村ではないか。しかもこれから始まりの村だ」

 将軍が地面に腹ばいになったまま嘆息する。雨が土を叩く向こうにそれはあった。
 土砂崩れの跡がない平坦地。二か所の安全な水場に挟まれたうえにおそらく灌漑できる。最終的に五百人は生活できるな。周辺の林を削っていけば更に五百……また黒鹿毛の中型犬がでてきた。豪雨のなかで、なにかを気にする素振りを見せる。あれは滅多にない優秀な番犬だ。猟犬でもあるだろう。

「あの遺物にも寝泊まりしているとして、村民は多く見て五十人でしょうか」
 セキチクが将軍に言う。

「うむ。あそこに立て籠もられたら爆弾に頼るしかないな。……奴らに私たちから奪った銃があるのなら、ユキマチが言うように急襲だ。二方面から挟み撃ちにして殲滅する。降伏か死か。今回は話し合う必要はない。奴らには死しかない」

 女は連れ帰る。首謀者二名はエブラハラで処刑する。男も降伏した奴は生きたまま連れていこう。
 危惧すべきは一つだけだか……ここからだと真っ黒の飛行機は見当たらない。しばらく空にも見かけない。
 あの化け物は過去に帰ったと結論づけていいかもな。


 歩けるぎりぎりの闇の中を、将軍たちは沢へ戻る。ランプを灯す。痕跡を残さぬように留意しながら疎林を突き上げる。沢よりは見つかりづらい尾根上。ここに二人を残して、将軍とセキチクはエブラハラへ去る。

 ***

 クロジソ将軍はひさしぶりに中央区へ戻る。黒板に白墨を用いて作戦会議をする。

 渓流沿いから将軍が率いる十五名が侵攻。花火で合図する。手薄になるだろう川を本隊三十名が渡渉する。逃げ場なきジライヤや女どもをこらしめる(・・・・・)

 さすがに百人動員するのは収穫前だと補給面で無理だった。しかも北区の奴隷たちに不穏な空気が絶えず人を捌けない。それでもえりすぐりの者たちを揃えた。心身ともに強靭なエブラハラの最強部隊のはずだ。

 挟撃と遺跡への襲撃。彼らは南地区で演習を実施する。三回目で将軍は満足げにうなずく。なおも空に飛行機は現れない。

 武器と兵站。それらを保管するためのビニール袋が集まる。牛が四頭と牛番に若い少年が四名合流する。ノボロの忠実な飼い犬()であるザオウが、賢そうに牛たちを値踏みする。すべてが揃った。あとは将軍の一言を待つだけだ。

「この偉大なるエブラハラに挑戦した愚か者がいた」
 夏の終わりの朝、将軍は五十名の前で演説を始める。
「そいつらとそれに従った女どもは逃げられると思ったらしい。だが現実は、はやくも追い詰められた。私たちは獣のように奴らを襲い蹂躙する。それは文明ではない。だが今回だけは認められる」

 兵士たちが鬨を上げる。……士気が低い。悪鬼のような飛行機。逃げおおせた大男。処刑目前に消えた古参のつわもの。
 兵士たちが私よりも奴らに恐怖を感じるのは仕方ない。だが戦場では、敵も味方も震えだすだろう。私こそが獰猛な野獣と化す。失った権威を取りもどす。

 男たちは出発する。山を登り砦を越えて、ダム湖を過ぎる。一人が空を見上げる。
 川沿いの道を下る。途中で二隊に別れる。また一人、不安そうに空を見る。
 本隊はセキチク、パセル、ノボロが指揮する。先行隊は将軍とクマツヅラが率いる。筏の橋は破壊されていたが、コンテナトラックの屋根を渡れた。先行隊が連れてきた二頭の牛が渡るのを拒否する。二頭とも食料にし、牛番の若者が大荷物を背負う。
 夜が近づいても、兵たちは空を見上げる。飛行機はずっと現れないのに。

 翌朝、将軍たちは警戒しながら進む。アスファルトの坂道から尾根を伝わる。沢へ入る手前で駐留していた一人がやってきた。

「もう一人は殺されました。多勢に無勢なので仲間の到着を待っていました」

 その男は処分を恐れた面だったが、誤った選択ではない。逃亡しなかっただけでもたいしたものだ。

「奴らは逃げたか?」
「牛や犬の声、伐採の音が聞こえてきます」

 不意打ちできる可能性はなくなったが、この村の者は馬鹿揃いだ。だが大馬鹿でなければ、私たちの襲撃に備えるだろう。
 本隊は我々の合図が無ければ村へと突入しない。どっちにしろ、ちょっと策を練りなおすべきだな。知恵あるユキマチはいないが、あの老人は戦いには消極的だから不要だ。

「将軍」斥候が駆けてきた。「村の者が来ました。丸腰です」

「逃亡を図ったのか?」クマツヅラが聞く。

「違うようです」

「痛めつけずに連行しろ」
 クロジソ将軍が命じる。



 しばらくして若者が一人、将軍の前に引っ立てられる。そいつは片足を引きずっていた。真摯な眼差しをしていた。

「あなたが将軍ですね。私たちと話しあいませんか」

 地面に転がされたそいつは、そんなことを口にする。
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