015 どん詰まり

文字数 1,821文字

 ハシバミはゴセントを連れて上流をたどってみる。踏み跡の様子はこれまでと変わらない。

「どう思う?」
「ハシバミ、川を渡らないと駄目だよ。カツラもシロガネさんも、最初は向こうへ行くつもりだった。この道だとどこにもたどり着けない」

 たしかに、ここはまだライデンボク頭領の土地だ。

「いまのままの荷物で渡るのは無理だ。それに君とツユクサはどうなんだ」
「荷物なんか捨てればいい。それで僕は大丈夫。でもツユクサはかなり参っている」
「捨てられる荷物なんてないよ」

 二人は橋へと戻る。

 *

「兄弟して逃げたかと思いかけていた」
 カツラがすぐにやってくる。「上流へ進めばやがて川幅は狭まる。試してみるか?」

 現実的ではないと、ハシバミは思う。

「いや試さない」
 ハシバミはゴセントの感に従う。「シロガネが言うように、アスファルトに沿って道があるはず。休憩したら泳いで渡ろう」

「たしかにそうだが」

 シロガネは呼び捨てにされたことに気づいたようだが、そこまで気に留めてないようだ。代わりにカツラが何か言いたげだ。

「カツラは泳ぎも一番だったよね」
 先にクロイミが口を開く。「流れはどれくらい早いか、対岸はどうなっているのか。調べに行ってもいいんじゃないの」

 泳ぎの速さならばツヅミグサだ。でも流れに逆らう力強さや持久力など総合力ならば、断トツにカツラだ。

「ごもっともだ」
 カツラが荷物を一式下ろす。「君たちのために河童になってやるよ。村一番のお利口くんは何なりとお申しつけください」

 褌だけになると、橋げたにかかった丸太の上を歩いていく。先端で振り返る。

「ここまでは安定している。コウリンが乗っても崩れなさそうだ」

 川音に負けないでかい声で言うと、躊躇することなく飛びこむ。力強いクロールで数メートルしか流されることなく対岸に着く。セイタカアワダチソウをまとめてつかんで陸に上がり、半裸の姿がハンノキの林に消える。

「彼ならば一人でも野犬の群れが逃げていきそうだな」
 シロガネが呆れたように言う。

「カツラがいてくれてよかったよ」
 ハシバミは、カツラにこそアイオイ親方を重ね合わせた。「ベロニカとアコンは、後方警備を交代してくれないか」

 二人は頷き、槍を持って来た道を戻る。

「クロイミの考えは?」ハシバミが尋ねる。

「荷分けの際に感じたのは、僕らの全財産は少なすぎるよだった。さらに減らすなんて……時間があれば何往復も泳げばいいのだけど、追手が……」

 クロイミでさえ言葉を濁す。
 宿舎や船着き場からふんだくってきたものばかりだろうと捨てるのは忍びない。着替え、縄、ランプに斧、油、塩。そして武器と食糧。道端に転がっているものではない。悩んでいる時間さえ惜しい。

 *

 しばらくしてサジーとツヅミグサがやってくる。ちょうど対岸にカツラが現れた。カツラは上流へと歩き、岩の上から川に飛びこむ。力強く泳ぐと、測ったかのように橋げたにたどり着く。丸太へとよじ登り、みんなのもとへ飛び降りる。

「おいハシバミ。悠長な面をしているな。俺だったらすぐに出発する。今すぐだ」
 カツラは緊張した顔で言う。

「何があった?」
「俺はまず木に登った。上流で煙が見えた。誰かがいるのは間違いないが、それよりも下流では見張りをするサジーとツヅミグサが見えた。二人を見つけて引き返した男もだ。上士団の斥候だ」

「ツヅミグサ、アコンたちを呼び戻してくれ」

 ハシバミはまずそれを頼む。
 続いてゴセントとツユクサを見た。ゴセントは僕なら大丈夫みたいに親指を立てたけど、疲れ果てたツユクサは座りこんで地面を見つめるだけだ。どこか怪我でもしたのだろうか。

「荷物を背負って泳げそうか?」続いて尋ねる。

「俺はな。みんなもそうするしかない。そのために石を背負って渡ったのだろ」

 カツラがきっぱりと言う。若衆時代の水泳鍛錬のことだ。……あれでコウリンが遭難しかけたよな。コウリンが駄目ならばゴセントも無理だ。おそらくアコンたちも。ツユクサは空荷でも。
 シロガネとサジーだって、あの大荷物ならば沈んでしまう。でも追手はじきに現れる。上流には得体不明の人がいる。

 カケスが鳴いている。向かいの丘出身の二人組も戻ってきた。
 どうにもならない状況下で、誰もがハシバミの言葉を待っている。

「分かった」
 ハシバミは混乱で逆に頭が空っぽになった気がした。「行きたい奴は行ってくれ。荷物を減らしてもいい。僕はツユクサが回復するまでもう少しここにいる」
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