050 物見やぐら
文字数 1,908文字
晴れているのを差し引いても、廃墟の周りに陰気な佇まいはなかった。
地面の水はけも良好だ。野生化した藤棚。端っこにスズランがかたまって咲いていた。裏側には独立した建物があった。そこは昔風に言えば管理用倉庫。すなわち宝の山だが、三人は閉ざされた扉をまだ開けようとしなかった。
ハシバミたちは、からっとした藪にひそんでいそうな蜂の巣に怯えつつ建物を一周し終える。どこも閉ざされていて、破壊しないと侵入できなかった。
「いやだな」ツヅミグサが振り返る。「並んだ死骸がたっぷりあったりして」
「念のためマスクをしよう」
前にコウリンを小馬鹿にしたのは覚えているけど、ハシバミは口鼻を覆う。ひびの入ったレストランの大きな窓ガラスを石でさらに割ろうとする。
「せっかく残っているのだから壊しちゃダメだよお。割れたガラスならばいっぱいあるよお。僕が踏み台になるよお」
コウリンがのんびりながらも必死に言う。
ハシバミはツヅミグサを見る。
「はいはい。俺が一番身軽。ドアは内側から回せば開くのだっけ?」
ツヅミグサが別の場所へと移動する。
「クロイミを呼ぼうか?」
「水汲みを交替したくないからいい。シロガネは最低でも三往復するぞ。飲み水、調理の水、牛の水、カツラの水」
コウリンに肩車されて、ツヅミグサが窓ガラスの破片をきれいに落して侵入する。
***
「錆びていて苦労したよ。……意外に怖い感じがしなかった。いまのところ猫の骨さえなし」
ツヅミグサはじきに表側の屋外から現れた。次なるアクションを起こす合図に笛を一度鳴らし、三人は勝手口から屋内に入る。
清潔ぽい埃。調理具、器。昔の文明がそのまま残った奇跡の場所だ。ランプやロウソクは見当たらない。
「危険はない。別々に素早く確認しよう」
ハシバミの提案に、三人が別れる。ハシバミはエントランスから受付、事務室へと入る。使えるはずないパソコンに興味を示さない。文字がかすんだ紙がたくさんある。漢字は山や川、数字ぐらいしか読めない。英語の存在は知っていたけど記号にしか見えない。しかしランプが見当たらない。槍も弓も銃も。
「やっぱり一人は怖いよお」
ロッカー室から浴場へ向かったコウリンがすぐに戻ってくる。「コウとリンを屋内で飼えそうな場所があった。外だと犬が怖いからねえ」
「ツヅミグサは?」
「階段を登った」
「ツヅミグサ、どうだ?」
「ハシバミもコウリンも来いよ! 世界が見える!」
二人も螺旋階段を登る。割れた窓から蔓が侵入して手すりに巻きついているけど、きしまない。屋上の一部分が展望台になっていた。何十年も前の大雪で限りなく崩壊している。おかげで四方の森が見渡せた。
遠くに集落の跡があった。それらと境をなすように川が流れている。古いのと若いのが入り混じった林は広葉樹が目立つ。アスファルトの道が崩壊しているのまで見えた。オオタカが低く飛ぶ。
なによりもゆるやか丘をなす平坦地。畑がたっぷりと作れる。ここで土砂崩れが起きるならば、人が生きられる場所はないと断言できそうだ。
「ああデンキ様。丘の上のデンキ様」
ツヅミグサが感極まったように叫ぶ。「この丘は、デンキ様が俺たちのために残してくれたんだ」
「そうだと思う。でも、ここに僕らを連れてきたのはゴセントだ。あれ、コウリンは?」
「もう降りたのかな? 百年前の食べ物を探すつもりかな」
ハシバミとツヅミグサも階段を降りる。
やはりコウリンは厨房にいた。
「なにかあったか?」ツヅミグサが尋ねる。
「ペットボトルがたっぷり。劣化してないかもお。塩は使えそう。ほかは……これも塩? 甘い!」
コウリンが目を輝かしながら振り返る。
「バオチュンファの村のホテルよりも快適そう。それでも僕は外で寝るって、またゴセントが言いだすかな」
ツヅミグサはすでにここを拠点にするつもりだ。
「ここを利用しちゃいけないのならば、僕たちは穴を掘って生活しないとねえ」
コウリンが答える。
まったくその通りだ。おそらく弟が求めているのは近い未来の村の姿だ。ハシバミだってうすうす感じている。
「だったらコウリンが穴を見つけるか、ゴセントを説得してくれよ」
そう言って、ハシバミも砂糖を舐める。……力が湧いてきそうだ。ぞくぞくした。
「これをカツラに舐めさせよう。みんなのもとに戻って、ここは安全だと教えてあげよう」
三人はエントランスにでる。自動ドアを開けるのに難儀する。下部に鍵穴を見つけた。
「クロイミに考えさせるか、サジーに力づくで開けさせよう」
三人は再び勝手口から外へ出る。藪に踏み跡が早くもでき始めている。牛の鳴き声が聞こえた。燕が人の存在を喜ぶように彼らの上を飛び交った。
地面の水はけも良好だ。野生化した藤棚。端っこにスズランがかたまって咲いていた。裏側には独立した建物があった。そこは昔風に言えば管理用倉庫。すなわち宝の山だが、三人は閉ざされた扉をまだ開けようとしなかった。
ハシバミたちは、からっとした藪にひそんでいそうな蜂の巣に怯えつつ建物を一周し終える。どこも閉ざされていて、破壊しないと侵入できなかった。
「いやだな」ツヅミグサが振り返る。「並んだ死骸がたっぷりあったりして」
「念のためマスクをしよう」
前にコウリンを小馬鹿にしたのは覚えているけど、ハシバミは口鼻を覆う。ひびの入ったレストランの大きな窓ガラスを石でさらに割ろうとする。
「せっかく残っているのだから壊しちゃダメだよお。割れたガラスならばいっぱいあるよお。僕が踏み台になるよお」
コウリンがのんびりながらも必死に言う。
ハシバミはツヅミグサを見る。
「はいはい。俺が一番身軽。ドアは内側から回せば開くのだっけ?」
ツヅミグサが別の場所へと移動する。
「クロイミを呼ぼうか?」
「水汲みを交替したくないからいい。シロガネは最低でも三往復するぞ。飲み水、調理の水、牛の水、カツラの水」
コウリンに肩車されて、ツヅミグサが窓ガラスの破片をきれいに落して侵入する。
***
「錆びていて苦労したよ。……意外に怖い感じがしなかった。いまのところ猫の骨さえなし」
ツヅミグサはじきに表側の屋外から現れた。次なるアクションを起こす合図に笛を一度鳴らし、三人は勝手口から屋内に入る。
清潔ぽい埃。調理具、器。昔の文明がそのまま残った奇跡の場所だ。ランプやロウソクは見当たらない。
「危険はない。別々に素早く確認しよう」
ハシバミの提案に、三人が別れる。ハシバミはエントランスから受付、事務室へと入る。使えるはずないパソコンに興味を示さない。文字がかすんだ紙がたくさんある。漢字は山や川、数字ぐらいしか読めない。英語の存在は知っていたけど記号にしか見えない。しかしランプが見当たらない。槍も弓も銃も。
「やっぱり一人は怖いよお」
ロッカー室から浴場へ向かったコウリンがすぐに戻ってくる。「コウとリンを屋内で飼えそうな場所があった。外だと犬が怖いからねえ」
「ツヅミグサは?」
「階段を登った」
「ツヅミグサ、どうだ?」
「ハシバミもコウリンも来いよ! 世界が見える!」
二人も螺旋階段を登る。割れた窓から蔓が侵入して手すりに巻きついているけど、きしまない。屋上の一部分が展望台になっていた。何十年も前の大雪で限りなく崩壊している。おかげで四方の森が見渡せた。
遠くに集落の跡があった。それらと境をなすように川が流れている。古いのと若いのが入り混じった林は広葉樹が目立つ。アスファルトの道が崩壊しているのまで見えた。オオタカが低く飛ぶ。
なによりもゆるやか丘をなす平坦地。畑がたっぷりと作れる。ここで土砂崩れが起きるならば、人が生きられる場所はないと断言できそうだ。
「ああデンキ様。丘の上のデンキ様」
ツヅミグサが感極まったように叫ぶ。「この丘は、デンキ様が俺たちのために残してくれたんだ」
「そうだと思う。でも、ここに僕らを連れてきたのはゴセントだ。あれ、コウリンは?」
「もう降りたのかな? 百年前の食べ物を探すつもりかな」
ハシバミとツヅミグサも階段を降りる。
やはりコウリンは厨房にいた。
「なにかあったか?」ツヅミグサが尋ねる。
「ペットボトルがたっぷり。劣化してないかもお。塩は使えそう。ほかは……これも塩? 甘い!」
コウリンが目を輝かしながら振り返る。
「バオチュンファの村のホテルよりも快適そう。それでも僕は外で寝るって、またゴセントが言いだすかな」
ツヅミグサはすでにここを拠点にするつもりだ。
「ここを利用しちゃいけないのならば、僕たちは穴を掘って生活しないとねえ」
コウリンが答える。
まったくその通りだ。おそらく弟が求めているのは近い未来の村の姿だ。ハシバミだってうすうす感じている。
「だったらコウリンが穴を見つけるか、ゴセントを説得してくれよ」
そう言って、ハシバミも砂糖を舐める。……力が湧いてきそうだ。ぞくぞくした。
「これをカツラに舐めさせよう。みんなのもとに戻って、ここは安全だと教えてあげよう」
三人はエントランスにでる。自動ドアを開けるのに難儀する。下部に鍵穴を見つけた。
「クロイミに考えさせるか、サジーに力づくで開けさせよう」
三人は再び勝手口から外へ出る。藪に踏み跡が早くもでき始めている。牛の鳴き声が聞こえた。燕が人の存在を喜ぶように彼らの上を飛び交った。