053 水舟丘陵の村づくり

文字数 1,737文字

 丘にたどり着いて二日が過ぎた。ロウソクは見つからなかった。代わりに双眼鏡を見つけた。タオルや剃刀や不織布マスクも。なによりも陳列棚のトロフィーの脇から、自動巻きの高級(・・)腕時計が世紀を越えて目を覚ました。ハシバミが腕にする。長の証。

 人の武器に無警戒な野生生物。シロガネ率いるハンターたちが槍と矢で鹿を倒した。参加してないカツラにレバーが与えられた。
 獲りすぎは良くないと十一人は教育されていたのに、漁獲量はあっという間に五分の一になってしまった。このままだとライデンボクの川のように魚は針にかからなくなる。

 伐採はきつい仕事だけど、肩を痛めたままのサジーが一日で太いのを六本倒した。カツラが悔しがる。根っこもみんなで掘りおこした。土中に石が少ないのは大きい。
 コウとリンも慣れてきた。はやくも尻を棒で叩くだけで夕方には建物に入っていく。
 犬の鳴き声はしない。でも獣の匂いがたまに風に乗ってくる。イノシシだろう。

「なんだろう。炭になった石みたい……。もしかして?」

 クロイミが焚き火に石炭を入れてみる。十二人は種火の素を手に入れた。厨房の電子レンジの中に灰と一緒に保管する。梅雨時の火起こしの心配が減った。……あの子は開墾作業でも力仕事はだめだったよな。ハシバミは火種の責任者にツユクサを任命する。本人は大任に頬を紅潮させた。
 この炭は大事に使おうとハシバミは思う。昔は山形県と呼ばれたこの地域で燃える石をいまなお所有しているのは、彼らと将軍だけなのを、彼らはまだ知らない。

 ***

 四日目を迎えた。ここに来てから晴れなかったのは昨日だけだ。おかげで作業がはかどった。
 昨夜は雨が強まり、ゴセントも建物で寝ることを受け入れた。夜番も、二人が自動ドアで交互に仮眠と大幅に縮小させた。

「出血を二日していない。俺も今日から働く」

 昼休憩に、カツラがハシバミに宣言した。痛みなど屁でもないそうだ。

「だったら夕食と牛の世話を頼む。休みながらでいい」
「牛の世話って何をすればいい?」
「糞を集めて欲しい」
「分かった。まずは穴を掘る。俺たちの便所にもしよう。誰もが林でところかまわず用を済ますと、いまに歩く場所がなくなる」

 重要だけどハードな仕事だ。でもカツラは始めたら根をあげそうもない。そもそもスコップが足りない。

「場所をみんなで決めてからにしよう。それよりも宿舎で思いだした。僕はバオチュンファの村で気に入ったものがひとつある。ホテルだよ。あそこは東西の若衆が勢ぞろいできるほどだった。あれと同じものが欲しい。この建物にも広間があるよね。あそこを快適に掃除して欲しい」

「あそこをかい?」
 カツラが怪訝な顔をした。「でかいガラスが二方にある。台風が来れば割れて飛ぶかもしれない。ここまで割れずに済んだとしてもだ……。まあいいや。牛小屋(大浴場のこと)よりはきれいにしておくよ」

 ハシバミはカツラを見送り、伐採した木を鋸で整える。……スムーズに進んでいる。二週間後には景色が様変わりしていそうだ。その頃には梅雨に入るけど、連日滝のように降るはずがない(二度経験してはいる)。村づくりはじっくり進む。夏には畑を作れるかもな。胃袋に収めるためでなく、まずは種を増やす。気長に考えよう。

 ***

 その日の夕暮れが近づいた。ハシバミはツヅミグサ、ベロニカと沢へと汗を流しに降りる。カツラもやってきた。
 沢の向こうにはブナ林がひろがっている。

「また臭いがした」カツラがつぶやく。「俺たちの様子を探っているみたいに感じる。そんなことをイノシシはしない。やっぱり犬だ」

 ハシバミは半信半疑だ。犬は群れるから騒々しい。

「平地でハシバミがボス犬を倒しただろ? その復讐を狙っているのかも」
「あいつは盗賊の村の食料になった。奴らこそを恨むに決まっている」

 沢だから陰りだしている。ハシバミはランプに火をつける。倉庫にあった劣化した灯油だと煤がひどくて毎日掃除をしないとならない。でも明るくて持ちもいい――。
 気配がした。今度ははっきりと。カツラと顔を合わせてうなずきあう。つけたばかりの灯りを消して、急いで服を着る。カツラが布を肩にかける。長刀をむき出しにする。
 ハシバミは手ぶらだ。弓は弟に預けたままだった。
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