081 敵対
文字数 2,378文字
「銃一本に脅されて帰るとはな。ハシバミを見損なった」
カツラが延々とぼやき続ける。
「そしたら、また撃たれるよお」
コウリンがその後ろで言う。
「デブは黙っていろ」
「カツラこそ黙ってくれ」
しんがりのハシバミの一言で六人は黙々と沢を降りる。コマドリが鳴いてくれた。
***
キハルがいた村落跡で休憩する。崩れた屋根からハシブトカラスが見おろしている。賢いこいつらは、人が矢を手にすると同時に飛ぶ。知識を受け継いでいるとしか思えない。どうせまずいだろ。食いたくもない。
「ツヅミグサ。村まで一走りしてくれないかな? ゴセントに伝えてほしい」
ハシバミが言う。「僕たちはここで野宿する。明朝、新しい村人とともに戻るってね」
「言いだしそうな顔をしていた。襲撃なんて反対だ。人が傷つく。おそらく死ぬ。ナトハン家だけじゃない。僕たちもだ」
クロイミが即座に反論する。
「誰も傷つかない。そのための策を考えてくれよ」
あの男は僕を若造とこけにした。使い走りみたいに扱った。ヒイラギが相手だったら別の応対をしていたかもしれない。
「考えるまでもない。そんなのは存在しない」
「ヨツバたちを解放する。それだけのための策だよ。クロイミ頼む」
ハシバミに鋭い眼差しを向けられて、クロイミは目を逸らしてしまう。
「……牛たちが心配だよお。そうだよね」
コウリンが動揺露わにベロニカに同意を求める。
「アコンがいる。僕たちがいなくなっても、あいつが世話してくれる」
ベロニカは槍先を研ぎ始める。お守りみたいに持ち歩く砥石。「ひさしぶりに肥溜めみたいに見られた。僕だけじゃない。カツラやハシバミまでもだ」
「誰もいなくならねーよ。俺はさっと行ってすぐに戻ってくるけどさ、ゴセントに何か言われたらどうする?」
ツヅミグサが言う。
さすがはライデンボクの村の若衆の一員だ。同年代が鍛錬で三人死んだ生き残りだ。もはや怯えていない。コウリン以外は。ベロニカは若衆に入れてもらえなかったけど、盗賊に落ちぶれず立派な戦士になった。
「ハシバミよお。弟くんの言葉こそ大切だと思うが、たまには俺の意見を尊重してもらえるか?」
カツラが言う。「連中を歯ぎしりさせてやろうぜ」
「そういうことだ。ツヅミグサよろしく」
「……分かった、僕も行く。念のためコウリンも」
クロイミが立ち上がる。「夜襲に必要なものを持ってくる」
村へと一旦戻りながら、クロイミは考えをまとめる。……人同士が傷つけあわないためには、人同士で遭わなければいい。奴隷を連れ帰れば、彼らの人数を減らしてこちらを増やせる。そしたら次は芋畑――
悪どい野心がうごめきだす。
***
雲は重たげだけど雨は降りださない。
たしかにこの川は急激に水が引く。冬は砦の意味をなさないかも。争いになったら敵を村内に引き込むべきかな。
考えが必要なことは尽きない。参謀は再びガードレールを乗り越える。二匹が走りだす。
*
「犬には犬」
クロイミたちはユドノとハグロを連れてきた。でかいけど温厚で川を泳ごうとしないガッサンは、牛の番に残してきた。
「番犬が吠えても野犬のせいと思うかも。そしたら敵 は潜む僕たちでなくこの二匹に銃を向ける 。
接触したその夜に襲撃。ライデンボクと同じ作戦だ。ただし、あの老人は村を破滅に導いた」
「僕たちはナトハン家を破滅させない」
ハシバミはあえて的外れな回答をして、腕へと戻った時計を見る。短い針が五で長い針が二。日没同時に襲撃するならば出発しないとならない。
立ちあがり、五人を見まわす。
「怯えが負けをもたらす。もし戦いになったら傷つける覚悟をしよう」
「そしたら俺が先頭で戦う」
カツラも立ち上がる。武装した六人が再び歩きだす。犬たちは彼らの空気を感じとって神妙に後へ続く。
「塩と芋がないせいだ。でも、おろかだよなぁ」
しんがりのコウリンが聞こえぬ声でつぶやく。自分だけきびすを返せるはずがない。
****
受け継がれた機械油。ランプを灯すころ、ナトハン家の長はライフルの手入れをしていた。
「俺たちはどうなります?」
長男が父である長に尋ねる。
「生き方を変える必要があるかもな」
長が振り向いて告げる。「連中はまた来る。数日以内に、おそらく全員でだ。その時のために今日は厳しく対応した」
若者たちは盗賊ではない。だが芋畑への眼差し――即座にそれへと変わる。そういう時代だ。
「屈服でなく対等に接してもらうためですね」
次男の賢いジングウが言う。
若者たちは銃の起こした雷を恐れなかった。それより怖い文明を所有しているからと、彼は判断した。……昔話の飛行機。ならば、彼らはエブラハラより恐ろしいかもしれない。
「でかい奴でない。ぺらぺら喋っていた奴が長だ。そういう一団は強い。だからこそ屈服でなく対等。それを頭に叩き込んでおけ。そうすれば我が一族はまだ生き延びる」
祖父が残してくれたこのライフルだけが頼みの綱だ。祖父が残してくれた弾たちこそが支配者だ。長のこれまでの人生で、千発は獲物に撃ちこんできただろう。人にも少なからず。それでもまだ二千発以上残っている。潜んでいれば、ナトハン家はまだ数十年は生きられたのに――。
神話のごとき飛行機。なぜに空へ現れた。
「四人の様子は?」長はジングウへ尋ねる。
「今までと変わりありません」
「あの四人は我々の財産だ。種芋ぐらいはくれてやるが、ヨツバたちを奴らに渡さない。
飛行機などでまかせだ 。どうせニシキギとアオタケが川原で見つかったのだろう。ルミのせいで、最近は引き締めがなっていない。これからはもっと厳しく扱え。お前らは奴隷だとしっかり躾けておけ」
「分かりました。ではさっそく明日から」
長男が下卑た笑みを残して部屋をでる。
次男も無言で退出する。じきにナトハン家の母屋のランプが消える。
しばらくして犬が吠えだす。
カツラが延々とぼやき続ける。
「そしたら、また撃たれるよお」
コウリンがその後ろで言う。
「デブは黙っていろ」
「カツラこそ黙ってくれ」
しんがりのハシバミの一言で六人は黙々と沢を降りる。コマドリが鳴いてくれた。
***
キハルがいた村落跡で休憩する。崩れた屋根からハシブトカラスが見おろしている。賢いこいつらは、人が矢を手にすると同時に飛ぶ。知識を受け継いでいるとしか思えない。どうせまずいだろ。食いたくもない。
「ツヅミグサ。村まで一走りしてくれないかな? ゴセントに伝えてほしい」
ハシバミが言う。「僕たちはここで野宿する。明朝、新しい村人とともに戻るってね」
「言いだしそうな顔をしていた。襲撃なんて反対だ。人が傷つく。おそらく死ぬ。ナトハン家だけじゃない。僕たちもだ」
クロイミが即座に反論する。
「誰も傷つかない。そのための策を考えてくれよ」
あの男は僕を若造とこけにした。使い走りみたいに扱った。ヒイラギが相手だったら別の応対をしていたかもしれない。
「考えるまでもない。そんなのは存在しない」
「ヨツバたちを解放する。それだけのための策だよ。クロイミ頼む」
ハシバミに鋭い眼差しを向けられて、クロイミは目を逸らしてしまう。
「……牛たちが心配だよお。そうだよね」
コウリンが動揺露わにベロニカに同意を求める。
「アコンがいる。僕たちがいなくなっても、あいつが世話してくれる」
ベロニカは槍先を研ぎ始める。お守りみたいに持ち歩く砥石。「ひさしぶりに肥溜めみたいに見られた。僕だけじゃない。カツラやハシバミまでもだ」
「誰もいなくならねーよ。俺はさっと行ってすぐに戻ってくるけどさ、ゴセントに何か言われたらどうする?」
ツヅミグサが言う。
さすがはライデンボクの村の若衆の一員だ。同年代が鍛錬で三人死んだ生き残りだ。もはや怯えていない。コウリン以外は。ベロニカは若衆に入れてもらえなかったけど、盗賊に落ちぶれず立派な戦士になった。
「ハシバミよお。弟くんの言葉こそ大切だと思うが、たまには俺の意見を尊重してもらえるか?」
カツラが言う。「連中を歯ぎしりさせてやろうぜ」
「そういうことだ。ツヅミグサよろしく」
「……分かった、僕も行く。念のためコウリンも」
クロイミが立ち上がる。「夜襲に必要なものを持ってくる」
村へと一旦戻りながら、クロイミは考えをまとめる。……人同士が傷つけあわないためには、人同士で遭わなければいい。奴隷を連れ帰れば、彼らの人数を減らしてこちらを増やせる。そしたら次は芋畑――
悪どい野心がうごめきだす。
***
雲は重たげだけど雨は降りださない。
たしかにこの川は急激に水が引く。冬は砦の意味をなさないかも。争いになったら敵を村内に引き込むべきかな。
考えが必要なことは尽きない。参謀は再びガードレールを乗り越える。二匹が走りだす。
*
「犬には犬」
クロイミたちはユドノとハグロを連れてきた。でかいけど温厚で川を泳ごうとしないガッサンは、牛の番に残してきた。
「番犬が吠えても野犬のせいと思うかも。そしたら
接触したその夜に襲撃。ライデンボクと同じ作戦だ。ただし、あの老人は村を破滅に導いた」
「僕たちはナトハン家を破滅させない」
ハシバミはあえて的外れな回答をして、腕へと戻った時計を見る。短い針が五で長い針が二。日没同時に襲撃するならば出発しないとならない。
立ちあがり、五人を見まわす。
「怯えが負けをもたらす。もし戦いになったら傷つける覚悟をしよう」
「そしたら俺が先頭で戦う」
カツラも立ち上がる。武装した六人が再び歩きだす。犬たちは彼らの空気を感じとって神妙に後へ続く。
「塩と芋がないせいだ。でも、おろかだよなぁ」
しんがりのコウリンが聞こえぬ声でつぶやく。自分だけきびすを返せるはずがない。
****
受け継がれた機械油。ランプを灯すころ、ナトハン家の長はライフルの手入れをしていた。
「俺たちはどうなります?」
長男が父である長に尋ねる。
「生き方を変える必要があるかもな」
長が振り向いて告げる。「連中はまた来る。数日以内に、おそらく全員でだ。その時のために今日は厳しく対応した」
若者たちは盗賊ではない。だが芋畑への眼差し――即座にそれへと変わる。そういう時代だ。
「屈服でなく対等に接してもらうためですね」
次男の賢いジングウが言う。
若者たちは銃の起こした雷を恐れなかった。それより怖い文明を所有しているからと、彼は判断した。……昔話の飛行機。ならば、彼らはエブラハラより恐ろしいかもしれない。
「でかい奴でない。ぺらぺら喋っていた奴が長だ。そういう一団は強い。だからこそ屈服でなく対等。それを頭に叩き込んでおけ。そうすれば我が一族はまだ生き延びる」
祖父が残してくれたこのライフルだけが頼みの綱だ。祖父が残してくれた弾たちこそが支配者だ。長のこれまでの人生で、千発は獲物に撃ちこんできただろう。人にも少なからず。それでもまだ二千発以上残っている。潜んでいれば、ナトハン家はまだ数十年は生きられたのに――。
神話のごとき飛行機。なぜに空へ現れた。
「四人の様子は?」長はジングウへ尋ねる。
「今までと変わりありません」
「あの四人は我々の財産だ。種芋ぐらいはくれてやるが、ヨツバたちを奴らに渡さない。
「分かりました。ではさっそく明日から」
長男が下卑た笑みを残して部屋をでる。
次男も無言で退出する。じきにナトハン家の母屋のランプが消える。
しばらくして犬が吠えだす。