101 将軍

文字数 3,001文字

 エブラハラを午後二時の太陽が照らしていた。米増産の最重要拠点である南部で、その高台の木陰から、クロジソ将軍は村人たちの農作業を見守っていた。

 食料を増産するための文明とは灌漑であり水車であり、なにより農民()農具()である。食料を守るための文明とは軍であり武器であり、すなわち血と鉄である。
 ガソリンであり電気であり原子力……。学識ある将軍はそれらを欲するけど、手が届かないことも知っている。配下に演説したことがある。

『私たちの先祖は文明とともに滅んだ。それを取りもどすことは困難だ。だが目指さないとならない。いまの私たちは岐路にいる。尽きる直前の文明の灯火に照らされている。消えゆくままに獣のような生活を迎えるか、頼りなくても一歩ずつ新たな文明を築いていくかだ』

 自分の代で取り戻したい。その礎を築きたい。そのために必要なのは人の力。何千人いても足りないだろう。彼らには不自由で強制された生活を耐え忍んでもらわないとならない。代わりに安全を保障しよう。いつかカブですら恐れずに済むようにして見せよう。私だって王のように振る舞わない。長でもない。あくまでも将軍だ。
 私たちは今を生きているが、百年後のためにも生きているのだ。従えないのならば罰を与えないとならない。私は寛大な王ではないから。あくまでも将軍だから。

 巡回担当のパセル群長がそわそわしている。勤務態度をクロジソ将軍に見おろされていたら仕方ない。でも将軍は眺めているだけと気づき、群長は女性に声かけたりと普段の様相に戻る。
 規律を乱すことなければ、将軍は咎めることはない。ここは戦場ではないのだから。

 ***

 クロジソ将軍は変わった生い立ちだった。物語のカンサと同様に北から逃れてきた人たちの末裔であった。両親は、以前から島にいた黄色い肌の人々の奴隷となった。そんな立場に関わらず、クロジソは村の子どもの中で誰よりも力があり才覚もあった。奴隷の息子が子供社会を実質支配していたが、まだ惨忍ではなかった。

 ある日、両親は息子二人を連れて村を逃げだした。白い肌の父親は村人の誰よりも体が大きく体力もあった。勝てる算段があったのだろう。自分を恐れて追ってこないとすら思っただろう。しかし矢をたっぷりと浴びて槍を刺されて呆気なく死んだ。弟も巻き添えで死んだ。母親とクロジソも傷を負ったがその場を逃げた。

 母子は盗賊団に捕らえられた。白い肌の母親は浅くはない怪我をしてもなお美しかった。クロジソの目の前で男たちに弄ばれて殺された。
 十代前半のクロジソも男たちに弄ばれた末に縄を解かれた。一分後だと言われたから逃げた。三十秒後には盗賊団が笑いながら追ってきた。矢を射られた。
 それらを背中に生やしたまま濁流の川に飛び込んだ。


 クロジソは生き延びた。三家族だけの小さな村に助けられた。善人たちは彼に食料を与えた。牛の乳も与えた。彼は労働で報いた。そこで二年を過ごした。彼以外の全員がカブで亡くなるまで。

 彼は盗賊団に入った。他に行ける場所などなかった。そこで頭角を現した。彼は十九歳で二十人の略奪者の長となった。彼は生まれた村を襲った。長を殺し上士を殺した。父を殺した村を簒奪した。
 二十歳を過ぎた白い大男に勝てる者はいなくなった。矢はクロジソの筋肉を貫通できず、槍は膂力で折られた。クロジソは更に武力を欲した。矢などに負けない失われた文明を欲した。そのために村を大きくした。配下の男たちを、死んでもいいほどに徹底的に鍛えていった。村は帝国と化した。
 ユキマチという見識ある老人が長い放浪の旅を終えて、クロジソのもとに居着いた。老人は将軍に多くを教えた。隠し持つものを預けたりさえした。
 銃のこと、弾のこと、灌漑のこと、舟のこと。クロジソ将軍は抜群の知性で老人に応えた。帝国はどんどんと大きくなった。

 クロジソは冷酷で残忍だが配下には公平だった。ユーモアを見せることさえあった。奴隷にも寛大であった。過酷な労働を求めるだけだった。……女性に寛大なのは、母の死に様が関わっているかもしれない。子を産む道具としか見てないからではないだろう。

 男に求めるものは苛烈だった。彼らを戦士か奴隷のどちらかとしか見なかった。一例として大哨戒と呼ばれる遠征。参加したものの死傷率は高いけど、そのたびに周囲の村は消えていった。エブラハラの住人が増えた。


 そのエブラハラ帝国に不穏な空気が漂いだしている。澱んでいたものから目を離せなくなりつつあった。
 ひとつは人口の歪み。男女比の差はすでに倍以上だろう。女性から村をでたいとの要望を感じる。認めるはずがない。彼女たちには畑を耕してもらい、戦士を産んでもらわないとならない。
 だが出生率が落ちてきている。上士は複数妻を持てるが、現状だと養いきれない。合理的なクロジソ将軍は、若い女性たちを同居させて協力して子育てすることを考えた。まったく受けいれられなかった。男と違って扱いが難しい。守ってやっているのにだ。ここにいれば私の母と同じ目に、遭わずに済んでいるのにだ。

 もう一つの問題も深刻だ。人材不足が急激に進行しだした。
 まずムシナシ群長が降格した。彼は最前線では頼りになる男だが、それ以外では能力が不足していた。しかし、拘束した男どもに簡単に騙されおって。ムシナシは初見で敵に舐められた。もう使えるはずがない。
 その四人を追跡した砦の責任者であるイワチャ群長が、通行禁止のトンネルの崩落に巻き込まれるとは不運以外の何物でもなかった。逃亡者どもの生死は不明のままだ。
 さらには昨日、特務中のアオイ群長の死亡が伝えられた。彼らは敵と遭遇して瞬時にやられたようだ。詳細はまだ伝わらないが、ノボロ副長と犬だけが生き延びた。しかもその十人ほどの一団の行方は分かっていない。

 もっとも有能な男であるラン群長に――有能すぎる男に北地区を一任するのも問題かもしれない。それも結局は人材不足ゆえだ。

 空の民が関わっている。クロジソ将軍も漆黒の飛行機が遠く飛ぶのを何度か見かけた。この町への悪意を感じる。伝承など信じない将軍でさえも、デンキ様に嫌われたのかと思ってしまう。
 不要になった『空の民の村』はとっくに解消させた。長であった年寄りも、どこの開墾地に送られたか分からない。生死も知らない。黒い飛行機が呪いのように飛ぶだけだ。

 ユキマチの言ったとおりに、しばらく雌伏の時だと将軍は感じる。体勢を取りなおそう。女のために男を村に戻してやる。訓練だけは続ける。人材を育てなおす。そうすれば、数年後には今よりエブラハラは偉大になっているだろう。
 そんな悠長なことを誰が考える?
 私は王ではない。将軍だ。早急な結果だけを求める。

 ***

「将軍よろしいでしょうか」
 パセル群長がやってきた。「セキチク群長が放浪者を捕らえて連れてきました」

 クロジソは物思いをやめて怪訝な顔をする。

「わざわざ私に見せるのか?」

「彼の判断に間違いは少ないです」
 パセル群長が言い切る。

 将軍は高台にいたから、セキチク群長を先頭に兵士たちに囲まれて歩く者を眺めることができた。髪の毛が爆発したかのように盛り上がった大男だ。長刀を背負っている。武装解除を拒否したのか……。若いくせにセキチクよりも横柄に歩いているぞ。
 たしかに会っておくべき人材かもなと、将軍は笑いを漏らしかけた。
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