037 吟詠

文字数 1,802文字

「素晴らしい。彼が仲間にいて誇らしい」シロガネが手を叩く。

 まったくだ。僕らがただの放浪者でないことを示してくれた。ライデンボクの方針だったとしても、力だけでなく教養もある。

「ハシバミ見ろよ、みんな恐れ入っている……」
 カツラの得意げな顔が沈んでいく。

 喝采はハシバミたちだけだった。村人たちも形だけは拍手してくれたけど、物語が終わったことに安堵しているみたいだった。

「非常にけっこう。非常に素晴らしい語り部でした」
 バオチュンファが立ちあがる。ツヅミグサへと一礼してすぐに座る。

「親方が正しいか知らないけどな」村人の一人が口を開く。「倉庫を爆破したのだろ? その村の住民も巻き添えになったぜ、きっと」

「爆破? デンキ様がお怒りになられて雷を落としたのですよ」

 ツユクサの言葉を、村人が鼻で笑う。カツラの顔色が変わった。

「やめろよ」ハシバミがすばやく言う。「ツヅミグサは座りな。――ご清聴ありがとう、語り部に代わって礼を言います。そろそろ畑に行く時間でしょうか? あなたたちに彼に勝る(・・・・)語り部がいないのならば、お開きにしませんか?」

 十八歳の生意気な言葉に、村人に剣呑な空気が流れた。

「私たちの(うた)は異国の言葉だ。私でよろしければ、お聞かせしましょう」

 またバオチュンファが立ちあがるのを見て、村人たちがぎょっとした。

「バオチュンファ。お前が上手(・・)なのは知っている」
 ヤイチゴが慌てて言う。「若者に譲ろう。インカオに(うた)わせよう」

 おおと村人から声が上がった。十代前半ぐらいの男の子が立ちあがる。その痩せた子を見て、ゴセントが再びそわそわしだす。ハシバミは弟の太ももを手のひらで握る。
 インカオが一礼して詠いだす。

 ***

 フォンザイチュイ。ユエグオカオディ。イェズーチュイングアン……

 詩は数分続いた。小鳥も聞き入っているようだ。

 ジンルーグアンファン。タイヤンユーレンヘアアーウエイイー

 意味はすこしも分からないけど、韻やリズムが美しく、若者たちはうっとりと聞いた。終わるなり、盛大に拍手した。
 つまらなそうにするカツラと、怯えたようなゴセント以外は。

「素晴らしい詩だと思う。だけど」

 弟は、言葉が通じるかのようにうなずきながら聞いていた。それでいて恐怖を浮かべていた。

「だけど、だけど、これは絶望の詩だ。悲嘆の詩だ。この村を包む詩だ! こんなものに取りこまれてはいけない!」

 また飛びだす。放っておけば村から出ていきそうな勢いだ。

「いい加減にしてくれよ」
 ハシバミは辟易と立ちあがる。「インカオ、美しい詩をありがとう。シロガネ、あとは頼む」

 無礼すぎる兄弟に、さすがに村人たちが呆れていた。

「では解散としよう。片づけは手早くみんなでおこなう。君たちの力を借りたい畑は――」

 バオチュンファの声が聞こえた。
 振り返ると、カツラだけ追いかけてきた。ゴセントが彼に小突かれても仕方ないな。ハシバミは思った。

 *

 下り坂で勢いついたまま、またもオンコの木の下で追いつく。お互いに息を整える……。この5メートルほどの高さの針葉樹は、やがて10メートルを越えるかな? オンコの村と呼ばれだすかな。……弟を非難するのは嫌な仕事だよな。

「俺は弟くんの気持ちがよく分かるぜ。あの詩はつまらなすぎる」

 駈けずに追ってきたカツラが言うけど、弟は何度も首を横に振る。

「カツラは何も聞こえないからだ。僕だけが聞こえた。インカオは僕に通ずるところがある。だから聞こえた」
 そう言うと震えだす。「霧だ。彼は霧の中にいる。僕らも霧に包まれる」

「……分かったよ。僕は君をカツラに叱ってもらいたかった。でもここまで混乱していたらどうにもならない。そして僕らはゴセントに従うべきかな」
 ハシバミがカツラに聞く。

「うーむ。俺もここに居着くつもりはないが、おそらくほとんどの連中はここの畑を耕し直したいみたいだな。それはハシバミにしても――」

 そこまで言って、カツラが村につながる道を見る。鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ。長刀をむき出しにする。厳重にくるんでいた布を肩にかける。

「お出迎えご苦労さん。よく俺らが戻ったのに気づいたな」

 男が三人現れた。いずれもひげだらけの三十代ほど。槍と弓。牛を二頭連れていた。

「見慣れない顔だな。別隊か?」一人が言う。

「違うだろ」もう一人がにやりと笑う。「働き手だ」

 そいつはくわえていた筒状の紙を地面に落とし、踏みにじる。
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