137 死守

文字数 2,733文字

 自分より大きい男を見るのは、子どものころ以来だ。だけどカツラには勝算がある。俺はでかいだけじゃない。素早いしずる賢い。……ずるさは、この戦いでは封印だ。そんなことをすれば、囲む男たちは即座に銃口を向けるだろう。
 負けても銃口を向けるだろう。……勝てたらどうなる?
 勝てても殺される。ならば将軍を殴り殺せ! ハシバミの帰還など待っていられるかよ。

「おらっ」

 カツラが右拳を振るう。
 この野郎、両手のひらで受けとめやがった。年寄りのわりにやりそうだな。よろめいたけど。

「うらっ」

 将軍の左拳が飛んでくる。カツラは左後ろにステップして避ける。

「うらっ」

 将軍の蹴りが続く。カツラはあえて踏み込む。腰をかすめただけで響く蹴り……。カツラは右拳を将軍の顔へと貫く。避けられた。
 両者は離れる。

「おりゃっ」同時にカツラのまわし蹴り。

「くっ」将軍のわき腹に食い込む。「うらー!」

 将軍の左ストレート。星が飛んだ。カツラの首がぐらつく。

「おらっ」
「うぉ」

 カツラはボディへ打ち返す。将軍が前かがみになる。

「おれっ」
「うらっ」

 この男は打ち返しやがった。右拳がカツラの顎を捉える。
 カツラの拳は届かなかった。
 カツラはよろめきながら数歩後ろへ下がる。

「うらーっ!」

 クロジソが肩から突っ込む。カツラの巨体が弾かれるように食堂のドアに衝突する。
 右拳、左拳、右拳、左拳。
 クロジソが連打を喰らわす。

うおー!
うおー!

 見守る男たちが耐えきれず声を上げる。

 カツラは顔を腕でかばって耐える。
 将軍の左の蹴り、右拳、左拳、頭突き。
 カツラは耐える。

「いてえんだよ!」

 カツラは押し返す――将軍の左拳。大ぶりすぎるぞ。

「喰らえ!」

 カツラの右拳が将軍の左頬に直撃する。
 将軍が数歩後ずさる。その顎が上がった。
 二度ない機会だ。

「おれっ」

 カツラが拳を振り上げた瞬間、銃声が反響した。
 左腕に衝撃が走る。時間差で体がよろめく。

「調子に乗るな」

 クマツヅラが拳銃を向けていた。

 ***

 駆け登りながら必死に考えた。やっぱり何も浮かばない。

「も……も、もう一つの罠。あれ、を試そう」

 クロイミは喘ぎながら言う。ツヅミグサの走りについていくのはきついというか無理だ。足もとが見えない夜でなければ突き放されていた。

「俺とクロイミで? 俺たちはアイオイ親方じゃないぜ」
 ツヅミグサは覚えていた。立ち止まり振り返る。「ぶっとい倒木を二人でどかす……そこからして成功しないと思うけどな」

「成功させるんだよ。僕だけでもやってやる」

 クロイミは立ちどまらない。でも石につまずき両手を地面につく。……このままちょっとだけ休みたい。

「カツラが言っていた。クロイミの作戦は二度と御免だとさ。じつは、滝(堰堤)に落ちかけた俺たち全員がそう思っている。懲りないハシバミ親方以外はな」
 ツヅミグサが言いながら抱き起こす。「見返すのを手伝ってやる」

 ツヅミグサが再び駆け上がる。クロイミは歯を食いしばりついていく。
 暗闇の道。また危険すぎる崩落地。でも空がうっすらとしてきた。

 ***

「手出し無用と言ったはずだ」

 将軍は参謀であるクマツヅラを怒鳴る。

「俺はかまわないぜ。俺こそが強かった証だ」
 カツラはうそぶく。

 銃弾に二の腕をえぐられた。エブラハラの営舎にあった水道ほどの勢いで血が滴りまくる。畜生。傷よりも治療のが痛いんだよ。そうだけど、はやく清潔な水で洗浄して止血しないと……。はったりをはったりで染めるだけ。井戸などあるはずない。水は全員に行き渡らない。便所もない悲惨な穴倉。
 だとしても守り抜く。ハシバミが言ったよな。カツラこそ水舟丘陵だと。

「カツラ代わろう」

 扉の向こうからシロガネの声がした。こいつとならば是非とも交替したい。

「いや駄目だ。そしたら戦いは終わる」
 カツラは将軍へと悪そうな笑みを向ける。「そうだよな。俺はまだあんたに力を見せていない」

 俺こそが水舟丘陵だ。


――そこでアイオイ親方は奴らに言った。『君たちは盗賊だな。でも特別に君たちを占ってやる。俺は占いが得意だ』


 ブルーミーが子どもたちにお話をしている。明るい声色。たいした奴だ。俺には真似できない。

「充分に力を見せてもらった。君をあらためてエブラハラに招く。治療をして、私たちの力になってくれ」

 将軍が言う。なるほどな、姑息な部下がやらかした失態を拭おうとしている。

「糞くらえ。牛の糞ならたっぷりあるぞ」
 カツラは答える。「射ち殺せよ。部下に命じろよ。さもないと俺はここをどかない。俺はまだあんたと戦い足りない」


――ははは、俺たちの運を占うだと? 収穫を終えたばかりの村が見えるだろ? 連れ去られる娘たちが見えるだろ?


「そうか」将軍は戸惑った声をだした。「しかし君は怪我を負った。もう勝負できない」


――いいや。見えるのは、怯えた敵たちだよ。村を囲む槍を見て、連中はあきらめて逃げ帰る


「戦え」カツラが前へ出る。

 エブラハラの男たちの称賛を感じた。将軍もそれを感じた。威厳を取りもどすためには、この男を屈服させないとならない――

「ぐえっ」

 腹部に強力な一撃を喰らい、将軍はまたも声を漏らす。この男は傷を負った右腕を使った。

おおお
おお……

 囲む男たちから嘆息が漏れた。

「おりゃ」
「うらっ」

 カツラの左拳と将軍の右拳が交差する。喰らったのは火の出るような一撃。鼻が曲がった。脳みそが揺れた。カツラの意識も揺れる。

 ハシバミわりい。俺はぶっ倒れる。


――――――違うね。僕より君のが死に近い


 どこかの村でのゴセントの声が聞こえた。カツラは目を開ける。両足で踏みとどまる。両手で構える。
 目の前でクロシソ将軍が片膝をついていた。



「傷を負った勇者が相手では、私はどうしても加減をしてしまう」
 将軍は立ちあがり、男たちへと演説する。「クマツヅラよ、君が戦え」

 将軍は辟易としだした。ジライヤを殺して持久戦に持ち込んでも士気は上がらない。その後の戦いは苦戦するかもしれない。
 だが、どうせそうなるならば、ジライヤを死骸にする。姑息な男の姑息な手段によって。

「わ、私は突入する際に怪我をしました。戦えません」
 クマツヅラが慌てて言う。「銃を使ってよろしいでしょうか?」

 間抜けめ。私の口からそれを言わせたいのか? こいつはエブラハラに不要だ。

「もういい。ジライヤよ、中へ戻り傷を癒せ。私たちは君らが降伏するのを待つ。もちろん残虐な行為はしない。保障しよう」

 将軍は最大限の譲歩をするのに、脂汗のカツラは首を横に振る。

「ここから動くな。親方にそう命令されたから、俺はここを動かない。もうちょっと頑張ってみるさ」

 彼の血は床に溜まっていくのに、まだ凶悪な笑みを浮かべる。
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