024 まさに茨の道
文字数 1,819文字
山で遭難した際に絶対にしてはいけないことは、道なき道を下ること。ハシバミはリーダーとしてすでに過ちを犯していた。
案の定、尾根を辿った彼らは、一時間後には沢へと導かれた。雨が降った直後でも水は流れていない。岩は少ないし歩きやすくなったと、ハシバミは楽観的に先頭を歩く。ツヅミグサが先行してくれた。じきに彼は立ちどまる。一枚岩の絶壁が待ちかまえていた。その下は沢が音をたてて流れている。
「こっちに登るしかないだろ」
カツラとシロガネが右手の尾根を突き上げる。足場が悪い岩場。何度も茨を握ってしまった。登りきったところで点呼と休憩。再び歩きだす。先頭はカツラとサジー。
「たどり着くよね」
ツユクサがハシバミに念押しする。早くも疲労困憊な顔。
「もちろんだよ」とハシバミは笑う。「いまが一番厳しい場所だ」
根拠など何もないけど、ツユクサを励ます。以後のツユクサはハシバミのすぐ後を必死についてくる。
尾根はまた沢に導かれそうだから、サジーがトラバースする。茨。沢蟹がいる小さな渓流をまたぐ。沢の上の狭い空は青い。傾斜を突き上げる。その尾根は大きかった。また点呼と休憩。
コウリンとアコンがハシバミを見ながら何か話している。十一人はまた歩きだす。
「ここは古い林だね」
一人だけ蓑を着たクロイミが隣に並んで歩く。
生き延びた杉の植林地の末裔。下草は鬱蒼とまではしていない。尾根の横幅も広い。みんなから笑いさえおきそうだったのに、空が暗くなった。雨がまた降ってきた。雷も鳴った。あっという間に土砂降りになる。
「もうすぐだ。もうすぐだから」
ハシバミはツユクサを励ます。自分を励ます。叩きつける雨のために前も見えない。スコールには赤ん坊のころから慣れているし、避難できないならば歩くしかない。
「ツユクサ、もうすぐだ。もうすぐだよ」
殴りつける雨は続く。ツユクサもうすぐだよ、きっともうすぐだ。ハシバミは歩き続ける。
雨足が弱まっていく。ホオジロの鳴き声がした。振り向くと、びしょ濡れのツユクサしかいなかった。
「みんなはどこかな?」ツユクサが不安げに言う。
「すぐに合流できる。もう少し下ろう」
ハシバミは微笑んであげる。内心は不安でいっぱいだ。尾根は広くて緩やかに下っている。みんなは前にいるのか後ろにいるのか、この二人だけがはぐれたのか、何も分からなかった。
雨があがり、空が明るくなる。林の上を太陽が照らしている。前方も明るくなった。背丈ほどの小さな段差があった。その先に林道の跡があった。雑草が茂っていようが、道であったことは分かる。そこへと飛び降りる。
「やったじゃないか! ハシバミはやってくれるって僕は言っただろ!」
クロイミの興奮した声が聞こえた。
びしょ濡れで顔まで泥だらけのクロイミが槍を支えに道へと降りてきた。続いて、アコン、ベロニカ、サジーが現れた。
彼らはハシバミの向こうをじっと見ていた。ハシバミも振り返る。荒れた砂利道の先に平地がちらりと見えた。彼らは山を抜けた。
「ハシバミ」
クロイミが目を輝かしながら近づいてくる。
「君の強い意思が僕たちをここへ連れてきたんだ。雨の中で僕らは立ちすくみかけていた。でも、君の『もうすぐだ』という声が土砂降りに負けず聞こえた。半信半疑だったけど信じて良かった。やっぱり君こそ頭領だ。親方だよ!」
「まったくだ、ハシバミ。お前が導いた」サジーも白い歯を見せる。
ハシバミはどう受け答えしてよいか分からなかった。
「僕が先行してくるよ。先に進んでいる人がいるかもしれない。僕はまだまだ歩ける」
アコンが槍を抱えて背の低い雑草をかき分けていく。
「アコン、待て」
ハシバミの命令に、彼はぴたりと止まる。「サジーと二人で頼む」
ちょうどその時、ツヅミグサが林から現れた。段差を飛び降りる。続いてコウリンとゴセントも現れる。三人とも安堵の面で親指を立てる。
「カツラとシロガネがいるぜ! 水場もある!」
カーブした下の林道からサジーの馬鹿でかい声がした。
*
二人とも上着を脱いで絞っていた。顔の汚れはきれいになっていた。
「一人も欠けてないな。一時間だけここにいよう」
カツラが褌まで脱いで沢で洗いだした。
シロガネの板製の日時計が道に置いてあった。
「そうだね。まだ旅は続くから、休める時に休もう」
ハシバミも衣類を脱ぐ。
この道は盆地へと続く。そしてここはもう麓だ。五月の夕立の後の太陽はまだ多少は優しかった。
案の定、尾根を辿った彼らは、一時間後には沢へと導かれた。雨が降った直後でも水は流れていない。岩は少ないし歩きやすくなったと、ハシバミは楽観的に先頭を歩く。ツヅミグサが先行してくれた。じきに彼は立ちどまる。一枚岩の絶壁が待ちかまえていた。その下は沢が音をたてて流れている。
「こっちに登るしかないだろ」
カツラとシロガネが右手の尾根を突き上げる。足場が悪い岩場。何度も茨を握ってしまった。登りきったところで点呼と休憩。再び歩きだす。先頭はカツラとサジー。
「たどり着くよね」
ツユクサがハシバミに念押しする。早くも疲労困憊な顔。
「もちろんだよ」とハシバミは笑う。「いまが一番厳しい場所だ」
根拠など何もないけど、ツユクサを励ます。以後のツユクサはハシバミのすぐ後を必死についてくる。
尾根はまた沢に導かれそうだから、サジーがトラバースする。茨。沢蟹がいる小さな渓流をまたぐ。沢の上の狭い空は青い。傾斜を突き上げる。その尾根は大きかった。また点呼と休憩。
コウリンとアコンがハシバミを見ながら何か話している。十一人はまた歩きだす。
「ここは古い林だね」
一人だけ蓑を着たクロイミが隣に並んで歩く。
生き延びた杉の植林地の末裔。下草は鬱蒼とまではしていない。尾根の横幅も広い。みんなから笑いさえおきそうだったのに、空が暗くなった。雨がまた降ってきた。雷も鳴った。あっという間に土砂降りになる。
「もうすぐだ。もうすぐだから」
ハシバミはツユクサを励ます。自分を励ます。叩きつける雨のために前も見えない。スコールには赤ん坊のころから慣れているし、避難できないならば歩くしかない。
「ツユクサ、もうすぐだ。もうすぐだよ」
殴りつける雨は続く。ツユクサもうすぐだよ、きっともうすぐだ。ハシバミは歩き続ける。
雨足が弱まっていく。ホオジロの鳴き声がした。振り向くと、びしょ濡れのツユクサしかいなかった。
「みんなはどこかな?」ツユクサが不安げに言う。
「すぐに合流できる。もう少し下ろう」
ハシバミは微笑んであげる。内心は不安でいっぱいだ。尾根は広くて緩やかに下っている。みんなは前にいるのか後ろにいるのか、この二人だけがはぐれたのか、何も分からなかった。
雨があがり、空が明るくなる。林の上を太陽が照らしている。前方も明るくなった。背丈ほどの小さな段差があった。その先に林道の跡があった。雑草が茂っていようが、道であったことは分かる。そこへと飛び降りる。
「やったじゃないか! ハシバミはやってくれるって僕は言っただろ!」
クロイミの興奮した声が聞こえた。
びしょ濡れで顔まで泥だらけのクロイミが槍を支えに道へと降りてきた。続いて、アコン、ベロニカ、サジーが現れた。
彼らはハシバミの向こうをじっと見ていた。ハシバミも振り返る。荒れた砂利道の先に平地がちらりと見えた。彼らは山を抜けた。
「ハシバミ」
クロイミが目を輝かしながら近づいてくる。
「君の強い意思が僕たちをここへ連れてきたんだ。雨の中で僕らは立ちすくみかけていた。でも、君の『もうすぐだ』という声が土砂降りに負けず聞こえた。半信半疑だったけど信じて良かった。やっぱり君こそ頭領だ。親方だよ!」
「まったくだ、ハシバミ。お前が導いた」サジーも白い歯を見せる。
ハシバミはどう受け答えしてよいか分からなかった。
「僕が先行してくるよ。先に進んでいる人がいるかもしれない。僕はまだまだ歩ける」
アコンが槍を抱えて背の低い雑草をかき分けていく。
「アコン、待て」
ハシバミの命令に、彼はぴたりと止まる。「サジーと二人で頼む」
ちょうどその時、ツヅミグサが林から現れた。段差を飛び降りる。続いてコウリンとゴセントも現れる。三人とも安堵の面で親指を立てる。
「カツラとシロガネがいるぜ! 水場もある!」
カーブした下の林道からサジーの馬鹿でかい声がした。
*
二人とも上着を脱いで絞っていた。顔の汚れはきれいになっていた。
「一人も欠けてないな。一時間だけここにいよう」
カツラが褌まで脱いで沢で洗いだした。
シロガネの板製の日時計が道に置いてあった。
「そうだね。まだ旅は続くから、休める時に休もう」
ハシバミも衣類を脱ぐ。
この道は盆地へと続く。そしてここはもう麓だ。五月の夕立の後の太陽はまだ多少は優しかった。