059 空の下で
文字数 2,166文字
上質な防寒着になりそうな熊の毛皮が誰のものになるか、ちょっと揉めてしまった。危険を買ってでたのはハシバミだし、熊を弱らせたのも間違いなくハシバミの矢だけど、とどめを刺したカツラへ譲ることにした。こいつこそ誰よりも大変な目に遭ったわけだから、この暑さに冬なんか考えられないってことにしておこう。こいつのが似合いそうだし。
犬たちはゴルフ場跡地にまで入ってきた。人の見える木陰で昼寝しだす。
「あの村の真似? ……これは新しいことだね。でも牛たちが襲われないかな」
クロイミが危惧するのは当然だ。
「番を常に立てるしかないかな」
「いやハシバミ。夕方になって涼しくなったら牛を人と一緒に散歩させよう。人の仲間だと思えば、いまに牛たちを守るかも。よその犬や人が来たら吠えて教えてくれるとか。
牛だっていつも木に縛られているし、たまには動きたいと思うよ」
僕は責任とらないけどねと、クロイミが付け足す。そりゃそんなうまい話はないだろうけど、クロイミとコウリンにその役目を与えることにする。用心棒として槍と弓を持ったサジーも同伴させよう。
「ハシバミ、ヒイラギたちのことだけど、うわ、俺にだけ吠える?」
ツヅミグサが犬たちを気にしながらやってきた。「あの二人はようやく落ち着いたみたい。ツユクサが頼んだから、今日は建物の外で用をたしてくれた……なんてことより、みんなに会いたいそうだ。一部でなく全員へと話したいらしい」
「咳はでてないよね?」
「いまのところは」
「では熊汁を食べながら遠巻きに話を聞こう。あの肉は臭くて固そうだ。今夜の調理当番はたいへんだ」
「ほんとかよ。よりによってベロニカとアコンだ。俺も手伝おう。……この犬たちは明日の夕飯?」
「そんな目で見ると怖いボスを呼ばれるよ」
「三匹以外にまだいる?」
「こいつらのボスはカツラだ」
番犬猟犬のありがたみを十二人はじきに知る。牛を群の弱者として、守るべき存在として扱いだすことも。
*
あらためて挨拶しておくべきだなと、ハシバミはツヅミグサとともにハチの巣へ向かう。
ヒイラギとブルーミーは、ツユクサと物見やぐらである屋上テラスにいた。口鼻を覆ってくれている。空は曇りだしていく。
「お頭、彼らが来ましたが驚かせちゃダメですよ。飛び去ってしまうかもしれませんからね。ここからだとどこへでも飛んでいけます」
ブルーミーの話に、ヒイラギが楽しそうに笑う。ハシバミはそれほど面白く感じない。
カツラもやってきた。こいつはどこにでも顔をださないとおさまらないようだ。
「ここはいい土地だ。私だって飛び回りたいが、地勢は知っておかないとならない」
それからヒイラギはハシバミたちへと歩く。どこか痛いのか、眉間にしわが寄った。
「力が戻ったようでよかった。夕食はみんなと食べてもらいたい」
ハシバミが言う。
「ありがとう。ところで、君たちはたくさんいるのかい」
ヒイラギが尋ねる。その意味は、旅で何人欠けたのか。
「村をでた者は全員いる」ハシバミが誇らしげに答える。
「もちろん怪我をした奴はいた。だが、つまらないことではない」
カツラも胸を張る。
ヤイチゴも屋上へと現れた。このままだと全員がやってきそうだ。
「君は誰だい? 村にはいなかったね」
ヒイラギが、みなよりは年長で自分よりは若い男に聞く。
「私はヤイチゴ。旅の途中で拾ってもらいました。――ハシバミ頭領、みんなが彼の話を聞きたいと言っている」
「そのために僕はここに来たんだよ。ヒイラギ。村で何があったのか、夕方に聞かせてほしい」
「もちろんだ。でも、みんな覚悟して聞いてくれ。想像しているよりも心が凍りつく話だ」
ヒイラギは、ハシバミが頭領と呼ばれたことに目を丸くしたが、あえてそれには触れなかった。「悪いがシロガネと彼の弟を呼んでくれないかね。本来ならば私が出向くべきだが……命令と捉えないでくれ。嘆願だ」
***
ハシバミたちが去り、代わりに二人が屋上に現れる。雲は厚くなっていく。
「シロガネ、このような素敵な場所で君に会えてうれしい」
ぼろぼろの衣服のままのヒイラギは威厳を示そうともしない。
「ハシバミが奇跡的なことをしてくれたからだ」
シロガネがやや構えながら答える。「それ以上に、このゴセントのおかげだ」
「君のことは聞いている。君がライデンボク頭領に教えに行ったんだね」
ゴセントがうなずくだけなのを見て、ヒイラギは続ける。
「君の声に耳を傾けてくれたらな。でも、過ぎたことは仕方ない。……シロガネに言っておきたい。カツラやハシバミよりも君のが話しやすいんだ。
私はもめ事を起こす気はまったくない。ハシバミが長だ。彼のことは知らないが、すぐれた人間なのだろう。私は年長だからと意見を押しつけない。彼に従うよ。だからここに居させてほしい」
「分かった。伝えておく」とシロガネは簡潔に答える。
ゴセントは空をぼおっと見上げている。この子は何を見ているのだろう……ヒイラギは不思議がるけど。
「涙の再会は済んだか? 飯にするぞ! 遅い奴の取り分は犬たちにくれるからな!」
カツラのでかい声が玄関あたりから聞こえた。
「犬?」
「彼らも仲間に加わったらしい」
そう言ってシロガネが二人に汚れてない服を渡す。「着替えたら行きましょう」
じきに四人は夕暮れ近づく屋上を立ち去る。
犬たちはゴルフ場跡地にまで入ってきた。人の見える木陰で昼寝しだす。
「あの村の真似? ……これは新しいことだね。でも牛たちが襲われないかな」
クロイミが危惧するのは当然だ。
「番を常に立てるしかないかな」
「いやハシバミ。夕方になって涼しくなったら牛を人と一緒に散歩させよう。人の仲間だと思えば、いまに牛たちを守るかも。よその犬や人が来たら吠えて教えてくれるとか。
牛だっていつも木に縛られているし、たまには動きたいと思うよ」
僕は責任とらないけどねと、クロイミが付け足す。そりゃそんなうまい話はないだろうけど、クロイミとコウリンにその役目を与えることにする。用心棒として槍と弓を持ったサジーも同伴させよう。
「ハシバミ、ヒイラギたちのことだけど、うわ、俺にだけ吠える?」
ツヅミグサが犬たちを気にしながらやってきた。「あの二人はようやく落ち着いたみたい。ツユクサが頼んだから、今日は建物の外で用をたしてくれた……なんてことより、みんなに会いたいそうだ。一部でなく全員へと話したいらしい」
「咳はでてないよね?」
「いまのところは」
「では熊汁を食べながら遠巻きに話を聞こう。あの肉は臭くて固そうだ。今夜の調理当番はたいへんだ」
「ほんとかよ。よりによってベロニカとアコンだ。俺も手伝おう。……この犬たちは明日の夕飯?」
「そんな目で見ると怖いボスを呼ばれるよ」
「三匹以外にまだいる?」
「こいつらのボスはカツラだ」
番犬猟犬のありがたみを十二人はじきに知る。牛を群の弱者として、守るべき存在として扱いだすことも。
*
あらためて挨拶しておくべきだなと、ハシバミはツヅミグサとともにハチの巣へ向かう。
ヒイラギとブルーミーは、ツユクサと物見やぐらである屋上テラスにいた。口鼻を覆ってくれている。空は曇りだしていく。
「お頭、彼らが来ましたが驚かせちゃダメですよ。飛び去ってしまうかもしれませんからね。ここからだとどこへでも飛んでいけます」
ブルーミーの話に、ヒイラギが楽しそうに笑う。ハシバミはそれほど面白く感じない。
カツラもやってきた。こいつはどこにでも顔をださないとおさまらないようだ。
「ここはいい土地だ。私だって飛び回りたいが、地勢は知っておかないとならない」
それからヒイラギはハシバミたちへと歩く。どこか痛いのか、眉間にしわが寄った。
「力が戻ったようでよかった。夕食はみんなと食べてもらいたい」
ハシバミが言う。
「ありがとう。ところで、君たちはたくさんいるのかい」
ヒイラギが尋ねる。その意味は、旅で何人欠けたのか。
「村をでた者は全員いる」ハシバミが誇らしげに答える。
「もちろん怪我をした奴はいた。だが、つまらないことではない」
カツラも胸を張る。
ヤイチゴも屋上へと現れた。このままだと全員がやってきそうだ。
「君は誰だい? 村にはいなかったね」
ヒイラギが、みなよりは年長で自分よりは若い男に聞く。
「私はヤイチゴ。旅の途中で拾ってもらいました。――ハシバミ頭領、みんなが彼の話を聞きたいと言っている」
「そのために僕はここに来たんだよ。ヒイラギ。村で何があったのか、夕方に聞かせてほしい」
「もちろんだ。でも、みんな覚悟して聞いてくれ。想像しているよりも心が凍りつく話だ」
ヒイラギは、ハシバミが頭領と呼ばれたことに目を丸くしたが、あえてそれには触れなかった。「悪いがシロガネと彼の弟を呼んでくれないかね。本来ならば私が出向くべきだが……命令と捉えないでくれ。嘆願だ」
***
ハシバミたちが去り、代わりに二人が屋上に現れる。雲は厚くなっていく。
「シロガネ、このような素敵な場所で君に会えてうれしい」
ぼろぼろの衣服のままのヒイラギは威厳を示そうともしない。
「ハシバミが奇跡的なことをしてくれたからだ」
シロガネがやや構えながら答える。「それ以上に、このゴセントのおかげだ」
「君のことは聞いている。君がライデンボク頭領に教えに行ったんだね」
ゴセントがうなずくだけなのを見て、ヒイラギは続ける。
「君の声に耳を傾けてくれたらな。でも、過ぎたことは仕方ない。……シロガネに言っておきたい。カツラやハシバミよりも君のが話しやすいんだ。
私はもめ事を起こす気はまったくない。ハシバミが長だ。彼のことは知らないが、すぐれた人間なのだろう。私は年長だからと意見を押しつけない。彼に従うよ。だからここに居させてほしい」
「分かった。伝えておく」とシロガネは簡潔に答える。
ゴセントは空をぼおっと見上げている。この子は何を見ているのだろう……ヒイラギは不思議がるけど。
「涙の再会は済んだか? 飯にするぞ! 遅い奴の取り分は犬たちにくれるからな!」
カツラのでかい声が玄関あたりから聞こえた。
「犬?」
「彼らも仲間に加わったらしい」
そう言ってシロガネが二人に汚れてない服を渡す。「着替えたら行きましょう」
じきに四人は夕暮れ近づく屋上を立ち去る。