046 情報交換
文字数 2,104文字
第Ⅱ章 水舟丘陵
カツラは必死の形相で歩く。ヤイチゴは悔恨の表情でたまに振り向きつつ歩く。その二人以外は、のんびりした牛の歩みに苛立ちそうだ。
「この道はクロジソ将軍の村に続くのか?」
ツヅミグサがヤイチゴに尋ねる。
「ハイウェイにでる。将軍の村はいくつもあるらしいが、行き方など知らないし行きたくもない」
「奴らは一週間歩くと言ったけど信じられない。僕たちが鉱山のことを知らないと気づいたらそれに触れなくなったし、あちこちから騙されかけたよ」
クロイミが言う。
「ハイウェイに登るしかないな。こいつらをぬからみに引きずるなんて考えたくない」
ハシバミが牛をひきながら言う。モーと鳴かれる。
雨が降りだしたけど、土砂降りにはならなさそうだ。ハイウェイは大きい道が大地からループして天上へとつながっていた。
*
「危険はあると思う。でも、おそらく僕たちのが危険だろう」
サジーとツヅミグサとともに偵察を終えたハシバミがみんなに言う。「じきに夜になるから今日はこの下で休む。見張りは大人数でする。前半六人、後半五人にしよう。テントは僕の牛に乗せてある。カツラのために建ててあげよう」
カツラだけはたっぷりと休んでもらう。追手に充分すぎるほど警戒しながら若者たちは休息する。空荷になった牛たちを空き地に結ぶ。こいつらのために、ツユクサとゴセントに草を刈って運ばせる。村からもらった 卵と野菜を新鮮なうちに調理する。
「弾の大きさが二丁と違う。遺物に合わせて作るのは面倒そうだね」
クロイミが、カツラを撃った銃を観察して告げた。「手入れ不要って何度も言った。逆に引っかかる。仕組みが完全に分かるまでは使うべきでないかも」
クロイミの意見に従う。脅しには使う。カツラは明日も歩けるだろうか。
***
「出合い頭にいきなり弓で撃たれた」
霧雨の中、ハイウェイを先行したサジーが肩を押さえながら戻ってきた。
「男四人だった。反撃せずに逃げてきた」
同行していたシロガネが息を整えながら言う。
「偵察して先に見つけられたら世話ないな」
カツラが嫌味に笑う。
カツラの傷口は化膿していない。朝に自分で焼酎で洗い、コウリンに布をきつめに結ばせた。顔色はよくないし、しょっちゅうしかめるけど、朝飯は飲み込んだ。
「進むべきかな」ハシバミはゴセントに尋ねる。
「そうすべきだね」弟はうなずく。
しばらく行くと男たちがクルマをバリケードにして弓を向けていた。
十二人対四人。よほど圧倒的な武器か技量がなければ、戦いは数で決まる。制するものがあるとしたら銃。それだけを警戒しろ。
「僕たちに戦う意思はない。仲間の矢傷も浅い。仕返しは考えていない」
ハシバミが弓を構えたまま五歩進む。
「だったら俺たちを仲間にしてくれ」
男たちが弓を下ろす。
ハシバミは四人を見る。汚れた風貌の年上たち。少ない荷物。おそらく盗賊まがいのことを繰り返してきたのだろう。だが射程のある長弓を操る。争いで戦力になりそうな連中だ。簡単に裏切りそうな連中。荷物を盗んで逃げそうな連中。
「残念だけどカブが怖いからね」
ハシバミは当たり障りのない口実を使う。「情報を教えてほしい」
卵を四個も渡す。クロジソ将軍のことは知っていた。
「あの向こうだ」
曇って何も見えない西を指さす。そこへ近づくなり斥候に捕らえられるが、この盆地に支配している村はないらしい。
銃も知っていた。最近になって再登場しだした。昔のものを使用しているから、たまに暴発して指が吹っ飛ぶらしい。それを新たに作るのが目標。それが文明というものらしい。
「奴らは勢力をひろげている。いずれどの村も飲みこまれるだろうな。……うめえ」
男が卵を生で飲みながら言う。
「ハイウェイはどこまで続く?」
「何か所も崩壊しているが、牛がいても通過できる。盆地を横断して海へと続くが、将軍の配下に会いたくなければそこまで行くべきではないな。反対側へのトンネルは崩れて行き止まりなうえに、そこより先は忌むべき場所だ」
「道の上には俺たちみたいなのが何組もいるがたいしたことない。このあいだまで二十人ぐらいのチームが二つあった。互いに争ってカブで壊滅した。俺らもそこの出身だけどな」
「さっきみたいに少数を先行させるのはうまくない。昼間は固まって動け。ここは山ではない」
「山から来たのだろ? そっちの情報も教えてくれ。あいにく譲れるものはないけどな」
道なき道を越えて、クロジソ将軍が支配する村から逃げてきた。事実を簡潔に教える。
*
「幸運を祈るぜ」
男たちが去っていく。どこを目指すのかはお互いに尋ねなかった。
じきに雨がやむ。盆地の真ん中を縦断する大きな川を越えたあたりで、日が差しこむ。目的地が限りなく近づいていた。ハシバミたちはインターチェンジの跡地でハイウェイを降りる。平地特有のよどんだ匂い。休憩ついでに牛に草を食べさせようとするが、拒絶される。
「茨など食うものか。歩かせていれば、勝手に道の草を食う」
肩に布を巻いたサジーが根拠なく言う。
「道草って奴か。はやく丘に着いて昼寝するぞ」
槍を杖にして、カツラが真っ先に立ちあがる。十二人は歩き続ける。
カツラは必死の形相で歩く。ヤイチゴは悔恨の表情でたまに振り向きつつ歩く。その二人以外は、のんびりした牛の歩みに苛立ちそうだ。
「この道はクロジソ将軍の村に続くのか?」
ツヅミグサがヤイチゴに尋ねる。
「ハイウェイにでる。将軍の村はいくつもあるらしいが、行き方など知らないし行きたくもない」
「奴らは一週間歩くと言ったけど信じられない。僕たちが鉱山のことを知らないと気づいたらそれに触れなくなったし、あちこちから騙されかけたよ」
クロイミが言う。
「ハイウェイに登るしかないな。こいつらをぬからみに引きずるなんて考えたくない」
ハシバミが牛をひきながら言う。モーと鳴かれる。
雨が降りだしたけど、土砂降りにはならなさそうだ。ハイウェイは大きい道が大地からループして天上へとつながっていた。
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「危険はあると思う。でも、おそらく僕たちのが危険だろう」
サジーとツヅミグサとともに偵察を終えたハシバミがみんなに言う。「じきに夜になるから今日はこの下で休む。見張りは大人数でする。前半六人、後半五人にしよう。テントは僕の牛に乗せてある。カツラのために建ててあげよう」
カツラだけはたっぷりと休んでもらう。追手に充分すぎるほど警戒しながら若者たちは休息する。空荷になった牛たちを空き地に結ぶ。こいつらのために、ツユクサとゴセントに草を刈って運ばせる。村から
「弾の大きさが二丁と違う。遺物に合わせて作るのは面倒そうだね」
クロイミが、カツラを撃った銃を観察して告げた。「手入れ不要って何度も言った。逆に引っかかる。仕組みが完全に分かるまでは使うべきでないかも」
クロイミの意見に従う。脅しには使う。カツラは明日も歩けるだろうか。
***
「出合い頭にいきなり弓で撃たれた」
霧雨の中、ハイウェイを先行したサジーが肩を押さえながら戻ってきた。
「男四人だった。反撃せずに逃げてきた」
同行していたシロガネが息を整えながら言う。
「偵察して先に見つけられたら世話ないな」
カツラが嫌味に笑う。
カツラの傷口は化膿していない。朝に自分で焼酎で洗い、コウリンに布をきつめに結ばせた。顔色はよくないし、しょっちゅうしかめるけど、朝飯は飲み込んだ。
「進むべきかな」ハシバミはゴセントに尋ねる。
「そうすべきだね」弟はうなずく。
しばらく行くと男たちがクルマをバリケードにして弓を向けていた。
十二人対四人。よほど圧倒的な武器か技量がなければ、戦いは数で決まる。制するものがあるとしたら銃。それだけを警戒しろ。
「僕たちに戦う意思はない。仲間の矢傷も浅い。仕返しは考えていない」
ハシバミが弓を構えたまま五歩進む。
「だったら俺たちを仲間にしてくれ」
男たちが弓を下ろす。
ハシバミは四人を見る。汚れた風貌の年上たち。少ない荷物。おそらく盗賊まがいのことを繰り返してきたのだろう。だが射程のある長弓を操る。争いで戦力になりそうな連中だ。簡単に裏切りそうな連中。荷物を盗んで逃げそうな連中。
「残念だけどカブが怖いからね」
ハシバミは当たり障りのない口実を使う。「情報を教えてほしい」
卵を四個も渡す。クロジソ将軍のことは知っていた。
「あの向こうだ」
曇って何も見えない西を指さす。そこへ近づくなり斥候に捕らえられるが、この盆地に支配している村はないらしい。
銃も知っていた。最近になって再登場しだした。昔のものを使用しているから、たまに暴発して指が吹っ飛ぶらしい。それを新たに作るのが目標。それが文明というものらしい。
「奴らは勢力をひろげている。いずれどの村も飲みこまれるだろうな。……うめえ」
男が卵を生で飲みながら言う。
「ハイウェイはどこまで続く?」
「何か所も崩壊しているが、牛がいても通過できる。盆地を横断して海へと続くが、将軍の配下に会いたくなければそこまで行くべきではないな。反対側へのトンネルは崩れて行き止まりなうえに、そこより先は忌むべき場所だ」
「道の上には俺たちみたいなのが何組もいるがたいしたことない。このあいだまで二十人ぐらいのチームが二つあった。互いに争ってカブで壊滅した。俺らもそこの出身だけどな」
「さっきみたいに少数を先行させるのはうまくない。昼間は固まって動け。ここは山ではない」
「山から来たのだろ? そっちの情報も教えてくれ。あいにく譲れるものはないけどな」
道なき道を越えて、クロジソ将軍が支配する村から逃げてきた。事実を簡潔に教える。
*
「幸運を祈るぜ」
男たちが去っていく。どこを目指すのかはお互いに尋ねなかった。
じきに雨がやむ。盆地の真ん中を縦断する大きな川を越えたあたりで、日が差しこむ。目的地が限りなく近づいていた。ハシバミたちはインターチェンジの跡地でハイウェイを降りる。平地特有のよどんだ匂い。休憩ついでに牛に草を食べさせようとするが、拒絶される。
「茨など食うものか。歩かせていれば、勝手に道の草を食う」
肩に布を巻いたサジーが根拠なく言う。
「道草って奴か。はやく丘に着いて昼寝するぞ」
槍を杖にして、カツラが真っ先に立ちあがる。十二人は歩き続ける。