042 最善を尽くす

文字数 1,746文字

 カツラは同じ場所に横たわっていた。オンコの木が見おろし、アルコールの匂いが漂っている。それに誘われたスズメバチが飛ぶ。

「焼酎を傷口全部に注いだ。カツラが悲鳴をあげて目覚めた。暴れたけどすぐに気絶した。……お腹と腕。どちらも弾が突き抜けていた。すごい威力だね」

 ツユクサが報告する。弾が体内に残る方がダメージを高めるが、十一人が知るはずない。

「コウリンが持ってきたのが紫根の軟膏だとしたら効果あると思う。カツラにはもったいないほどに使った」
 ツヅミグサが言う。「こいつは悪運の塊で内臓は避けているようだ。だから試す価値はあるけど……この人数でできるかな?」

 カツラをだ。シロガネもいないと厳しいけど、コウリンの体重に頼るしかない。

「縄で縛ろう」サジーは冷静だ。「猿ぐつわもだ」

 *

 カツラは意識が混濁しているのに、手足の拘束に抵抗した。やっぱりすごい奴だ。

「始めるよ」

 ツユクサが原始的な針と釣り糸を持つ。針は火で炙り、糸は度数が高すぎる焼酎で洗ってある。人の肌を縫うなど誰もしていない。土砂降りさなかの宿舎の厨房で、鹿肉を使って教わったことをするだけ。なぜこの子が選ばれたかというと、暴れるカツラを押さえられないから。

 カツラが目を見開く。悲鳴はだせない。ツユクサは臆することなく四か所を二十分で縫合する。

 *

 脂汗まみれのカツラは当然気を失っている。患部を布でしっかり縛り、手足と口の縄をほどく。顔を横にして気休め程度に水を垂らす。意識ないカツラは、本能だけでごくりと飲む。

「カツラ死ぬなよ」

 ツヅミグサが言い残して村へと駆けあがる。仲間と男二人をここへ連れてくるために。それと村人に、ハシバミに倒された男の死骸を片づけさせるために。

「ハシバミちょっと」
 サジーがカツラから離れたところで小声で呼ぶ。「この村は俺たちを騙していたのか?」

「こいつらは」と、ハシバミは蠅がたかりだした死体に目を向ける。「村人を何人か連れに来た。おそらく奴隷としてだ。山で仲間が待っているらしい」

「ははっ。代わりに俺らを差し出そうとしたのか? 馬鹿な連中だ。俺らが縛られたカツラより無抵抗だと思うのか? おとなしく牛のあとに続くと思ったか?」

 巨漢三人がいる十一人の若い男相手に思うはずがない。ならばヤイチゴがほのめかしたように、僕らに村を守らせようとしたのか? 銃を持つ相手から?
 敵が油断していれば今日みたいに成功するだろう。でも二回三回とうまくいくはずがない。いずれ全員が虐殺されて終わる。……クロジソ将軍と言っていたな。そいつは盗賊団の頭領なのかさえも知らない。どちらにしても、バオチュンファやヤイチゴを問い詰める時間が出来てしまう。カツラはしばらく動けない。二度と動けなくなる可能性こそ高いけど、こいつらの仲間が近くにいようが、その時までは見捨てずに看病するしかない。
 見張りに何人必要だ? こちらから襲撃すべきか?


 いつもの若者二人が、戸板を持って降りてきた。武器はもっていない。口鼻は覆っている。

「死体を運ぶ」ハシバミたちから目を逸らし言う。

「若いのは君たちだけか?」ハシバミが問う。

「ああ。五歳下ならいる」一人が言う。
「俺たちは運ばれてきた硫黄のためにだけ、ここに残されている」もう一人が付け足す。

「さきにカツラを村に運んでくれ。コウリンとサジー、手伝ってあげて」
 ハシバミは淡々と告げる。

 カツラを戸板に乗せて、四人が村へと登っていく。人が減ってシジュウカラが、またオンコの木で縄張りを主張しだす。

「矢は回収した?」ツユクサに聞く。

「あっ。でもハシバミ。カツラが優先だった」
「なによりも毒矢だ。あれがあれば、ツユクサでもサジーを苦しませられる」

 ハシバミが藪から拾う。泥と水で毒の粘液を落とす。矢筒にしまい、さらに緊張しながら銃を拾う。今度はそれを藪へ放り投げてから、男たちの荷物を一つ背負う。先日自分たちが背負っていた荷物のが重かった。それからようやく死骸へと手を合わせる。ツユクサは敵を弔うハシバミを不思議そうに眺めていたけど、なにも言わなかった。

「君は番をしていて。何かあったら笛を鳴らしな」
「任せて」

 死体と取り残される羽目になろうと、ツユクサは失態の挽回のチャンスとばかりに微笑む。
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