027 訪ねてきた者
文字数 1,813文字
亡霊?
ハシバミは最初にそう思った。それだったらまだましだ。本物の人こそ今の世では怖い。
ランプの灯りはひとつだけ。でも後ろに何人いる?
背後で砂利を踏む音がした。
「クロイミ?」ハシバミは振り向かずに声かける。
「僕だよ」ツユクサの声がした。「僕も用を足したかったから」
「ならばクロイミを呼んできて」
小雨の中、ランプは近づきも遠ざかりもしないけど、風が吹くたびかすかに揺れる。
*
「最悪だね。僕たちは油断していた」クロイミが背後でつぶやく。
「どう思う?」ハシバミは振り向けない。
「うーん。僕たちを襲うつもりなら、とっくにできた。関わりたくなければ、そもそも現れない。僕たちに干渉したいのだろうね」
「だったら近づいてみよう。君も一緒に来てほしい」
「危険じゃないか?」背後からサジーの声がした。「全員で行くべきだ。客が来たと、ツユクサとゴセントはみんなに伝えてくれ」
「危ない奴とは思えない。でも僕たちの出方を探っている」
クロイミが横に来る。手には槍を持っていた。
「まずは二人で行く。サジーは騒ぎを起こさぬようにさせてほしい」
ハシバミはそう言って、クロイミと並んで歩きだす。
3メートルほどの距離まで近づく。雨に濡れながらランプを持つ者は背高い男だった。背の低い雑草だけの、道であった遮蔽物なき場所をわざわざ選んで立っている。顔は影になっているから年齢は分からない。武器は持っていない。
ハシバミは周囲を観察する。廃墟や林に何人ひそんでいるかなど知りようがない。
男は黙ったままだ。
「僕たちは山を越えてきた。あなたは近くの村の人ですか?」
たまらずハシバミから口を開く。
数秒して、男も言葉を発する。
「はい。あなたたちが降りてきたのを私たちは見ました」
落ち着いた男の声だったが、ちょっとイントネーションに違和を感じた。
「僕たちはここに長居をするかもしれない」
「でしょうね。だけど、あなたたちだけでは快適とは言えない」
男がランプを上へとかかげた。男の顔が照らされる。ハシバミやクロイミと同じ黄色い肌に黒い髪。この島でもっともありふれた人種だ。髭を生やしていた。
男はまた黙りこむけど、話しぶりだと僕たちを誘っていると感じる。罠なのか何なのか、クロイミも途方に暮れているようだ。ハシバミは覚悟を決める。
「僕たちは自分を守るだけの数がいる。敵は作りたくないけど――」
「興奮はやめましょう。私はあなたたちを迎えるために来ました。みなさんに説明してよいでしょうか?」
男はそう言って近づいてくる。ハシバミたちの横をすり抜け、仲間のもとへと歩きだす。がっしりした体だった。こいつに取っ組み合いで勝てるのは、あの三人だけに思えた。
捕まえろと、カツラやシロガネに頼むべきだろうか。でも男は平然としている。余裕をもって武装した十一人に囲まれている。
「ハシバミ。奴は何者だ? 何をしに来た?」
沈黙を破ったのは、やはり率直でぶっきらぼうなカツラだった。手にはむき出しの長刀を持っている。
「私の名はバオチュンファ」
男が答える。「あなたたちは遠くから来たそうですね」
「そうだ。全員が自分の身を守ることができたからな」
カツラが一歩前にでる。
「ですよね。でも雨からはどうでしょう? 本降りは今からです」
バオチュンファは引き下がらない。「それとですね……あなたたちはとても臭い。ウェンチェンを知っていますか?」
全員が面食らってしまった。それは何だと、幾人かがシロガネを見る。彼は首を傾げる。カツラもお手上げみたいだった。
風は強まっていく。
「僕には分からない。ハシバミ、この人は敵か味方かはっきりさせるべきだよ」
ゴセントが言う。
「僕たちは危険を切り抜けてきた」
弟にせっつかれて、ハシバミが口を開く。「それは新しいものを危険として――」
「私たちを信用すべきです」
バオチュンファがさえぎる。
「私たちもあなたたちが畑を荒らしたり、女性を連れ去る心配はしません。――ここは風の通り道です。雨を連れてきます。私だったらここに住みません。むしろ、あなたたちが私たちの村に来るのを楽しみます。村はあの森を突き抜けたところにあります。先ほどの笛を鳴らしながら来るのでしたら、私たちも鐘を鳴らして教えます」
バオチュンファが顔の雨水をぬぐう。「ザイチェン」と言い残し、またハシバミの横をすり抜ける。荒れた道を去っていく。ランプの灯はじきに見えなくなった。
ハシバミは最初にそう思った。それだったらまだましだ。本物の人こそ今の世では怖い。
ランプの灯りはひとつだけ。でも後ろに何人いる?
背後で砂利を踏む音がした。
「クロイミ?」ハシバミは振り向かずに声かける。
「僕だよ」ツユクサの声がした。「僕も用を足したかったから」
「ならばクロイミを呼んできて」
小雨の中、ランプは近づきも遠ざかりもしないけど、風が吹くたびかすかに揺れる。
*
「最悪だね。僕たちは油断していた」クロイミが背後でつぶやく。
「どう思う?」ハシバミは振り向けない。
「うーん。僕たちを襲うつもりなら、とっくにできた。関わりたくなければ、そもそも現れない。僕たちに干渉したいのだろうね」
「だったら近づいてみよう。君も一緒に来てほしい」
「危険じゃないか?」背後からサジーの声がした。「全員で行くべきだ。客が来たと、ツユクサとゴセントはみんなに伝えてくれ」
「危ない奴とは思えない。でも僕たちの出方を探っている」
クロイミが横に来る。手には槍を持っていた。
「まずは二人で行く。サジーは騒ぎを起こさぬようにさせてほしい」
ハシバミはそう言って、クロイミと並んで歩きだす。
3メートルほどの距離まで近づく。雨に濡れながらランプを持つ者は背高い男だった。背の低い雑草だけの、道であった遮蔽物なき場所をわざわざ選んで立っている。顔は影になっているから年齢は分からない。武器は持っていない。
ハシバミは周囲を観察する。廃墟や林に何人ひそんでいるかなど知りようがない。
男は黙ったままだ。
「僕たちは山を越えてきた。あなたは近くの村の人ですか?」
たまらずハシバミから口を開く。
数秒して、男も言葉を発する。
「はい。あなたたちが降りてきたのを私たちは見ました」
落ち着いた男の声だったが、ちょっとイントネーションに違和を感じた。
「僕たちはここに長居をするかもしれない」
「でしょうね。だけど、あなたたちだけでは快適とは言えない」
男がランプを上へとかかげた。男の顔が照らされる。ハシバミやクロイミと同じ黄色い肌に黒い髪。この島でもっともありふれた人種だ。髭を生やしていた。
男はまた黙りこむけど、話しぶりだと僕たちを誘っていると感じる。罠なのか何なのか、クロイミも途方に暮れているようだ。ハシバミは覚悟を決める。
「僕たちは自分を守るだけの数がいる。敵は作りたくないけど――」
「興奮はやめましょう。私はあなたたちを迎えるために来ました。みなさんに説明してよいでしょうか?」
男はそう言って近づいてくる。ハシバミたちの横をすり抜け、仲間のもとへと歩きだす。がっしりした体だった。こいつに取っ組み合いで勝てるのは、あの三人だけに思えた。
捕まえろと、カツラやシロガネに頼むべきだろうか。でも男は平然としている。余裕をもって武装した十一人に囲まれている。
「ハシバミ。奴は何者だ? 何をしに来た?」
沈黙を破ったのは、やはり率直でぶっきらぼうなカツラだった。手にはむき出しの長刀を持っている。
「私の名はバオチュンファ」
男が答える。「あなたたちは遠くから来たそうですね」
「そうだ。全員が自分の身を守ることができたからな」
カツラが一歩前にでる。
「ですよね。でも雨からはどうでしょう? 本降りは今からです」
バオチュンファは引き下がらない。「それとですね……あなたたちはとても臭い。ウェンチェンを知っていますか?」
全員が面食らってしまった。それは何だと、幾人かがシロガネを見る。彼は首を傾げる。カツラもお手上げみたいだった。
風は強まっていく。
「僕には分からない。ハシバミ、この人は敵か味方かはっきりさせるべきだよ」
ゴセントが言う。
「僕たちは危険を切り抜けてきた」
弟にせっつかれて、ハシバミが口を開く。「それは新しいものを危険として――」
「私たちを信用すべきです」
バオチュンファがさえぎる。
「私たちもあなたたちが畑を荒らしたり、女性を連れ去る心配はしません。――ここは風の通り道です。雨を連れてきます。私だったらここに住みません。むしろ、あなたたちが私たちの村に来るのを楽しみます。村はあの森を突き抜けたところにあります。先ほどの笛を鳴らしながら来るのでしたら、私たちも鐘を鳴らして教えます」
バオチュンファが顔の雨水をぬぐう。「ザイチェン」と言い残し、またハシバミの横をすり抜ける。荒れた道を去っていく。ランプの灯はじきに見えなくなった。