026 ようやくの宴
文字数 1,966文字
おそらくは混乱を避けた家族が立て籠もった頑丈な家屋は、数人が生活するには申し分ない場所だった。でも地獄であった時代を知らない若い彼らは、人が死んでいる場所で寝泊まりするのを忌んだ。なので物資の調達だけして退散した。
クロイミグループがJAの看板がかすれて残る農産物集荷場の残骸を見つけていたので、雨を避けられそうなそこに移動する。
「さらに曇ってきた。暗くなる前に降りだすだろうね」
クロイミがハシバミに言う。「荷物が倍になる。移動はさらに辛いだろうね」
彼もここに腰をおろしたいのを暗に告げている。
「呼子笛が二回鳴った。なのでアコンとツヅミグサが三人を迎えに行った」
ベロニカが報告に来た。
「早いね」ツユクサがにこりとする。
「つまり捕まえたかな」
コウリンがそわそわしだす。「ここまで運ぶのは大変だ。さっきの原っぱで解体しよう」
いつもの彼とは思えぬ素早さで包丁と手に入れたばかりの金属製バケツを持って走りだす。
ハシバミも長刀を持って後を追う。ほかの仲間もついてくる。笛の音が両方から二回ずつ聞こえた。明るく楽しげな音色だった。
*
鹿は当然だけど血抜きされていて、軽くするためにか首も斬り落とされていた。それほどの大物だった。灌木二本に足を結んで三人がかりで運んできた。
「親子二頭だった。サジーとカツラが前に回りこんだ。私が親の尻に矢を射った」
シロガネが言う。
「隠れている俺へとケツを蜂に刺されたみたいに駆けてきた。なんで四発のうちこれだけ当ててやった」
サジーが指を三つ立てながら笑う。
「俺が追いかけて槍でとどめを差した。矢もすべて回収できた」
顔まで真っ赤なカツラが言う。彼が血抜きをしたのだろう。
「さすがだけど、顔を洗ってこいよ」ツヅミグサが言う。
「解体が終わってからだ。それとな、レバーは残ってないぞ。狩りをした奴の特権だ」
「ハツも三人でいただいた」
そう言うシロガネの口もとにも血が残っていた。
「小鹿は捕まえなかったの?」ツユクサが尋ねる。
「死んだ親を呼ぶかもしれない」サジーが言う。「そしたら声を頼りに狙えるかもな。でも、これを平らげてからだ」
シロツメクサとタンポポの草原で解体が始まった。きれいな水がそばに流れているし、ここでやって正解だとハシバミは思う。僕が仕切るまでもなくみんなは喜々として働いているし。コウリンさえもが。
***
「見て。四葉のクローバーだ」
ハシバミは鹿肉に張りついたシロツメクサの葉をゴセントに見せる。
「うん」ゴセントはそれだけ言って骨までしゃぶり、「トイレ」と廃墟からでる。
「酒が欲しいな。芋の焼酎。誰か作り方を知っているか?」
シロガネが焚き火に木を足しながら言う。
「やめてくれよ。祭りの日を思いだしちまう」
カツラが麦飯を頬張りながら言う。
「ヤマユリのお婆さんに聞いたことがある。覚えているから作れると思う。……特権が機織 り物を商人と交換して手に入れるお米。あれからもできるかな。ブドウやモロコシからも」
クロイミが骨の髄を枝でほじりながら答える。
「どれもねーし」
ツヅミグサが魚を頭から食べながら言う。しばらくして器用に骨だけ口から取りだす。
久しぶりのまともなご飯。麦を焚いたのも村を出てから二度目だ。シェルターから頂戴した釣り具で早速ハヤを十八匹も捕まえた。ヤマメも三匹の入れ食い状態。猫とネズミも捕らえていたし、ほとんどの奴が腹いっぱいの顔だった。
「ここに村を作れるかもしれない。畑だった跡地も多い」
宴もたけなわでサジーが遠慮がちに言う。
誰も返事しない。誰もがハシバミを見る。カツラへもちらりと見る。
「昔に村だった場所には意味がある。多少は安全ってことじゃないかな」
クロイミがハシバミへと言う。決断しろと暗に告げている。でもハシバミは霧の上に浮かんだ丘陵を思いだす。
「いい場所だと思うよ。だけど、なんで新しい村ができないんだろう」
ハシバミはクロイミに尋ねる。
「人が少なくなったからだよ」ツヅミグサが答える。
「様子を見るために、数日はここにいてもいいと思う」
ハシバミはみんなに言う。
「様子って鹿の数か? ここならイノシシも捕らえられそうだ」
「サジー。食い物こそ大事だけど、人との交流も必要だと思う。それ以上に人の存在に気をつけないとならない。カブは怖いけど、死なないカブのが多い。まわりに村があるかを探ることも――」
ハシバミはそこまで言ってゴセントの帰りが遅いことに気づく。
「まあいいや。焚き火が尽きるまでみんなで考えよう」
そう言って何食わぬ顔で立ちあがる。用を足しに行く感じだから、誰も槍を持ったことに気づかなかった。
*
小雨のなか、ハシバミが手にするランプがゴセントを照らす。弟は村の中心を通る道だった先を見ていた。
そこにはランプがひとつ揺れていた。
クロイミグループがJAの看板がかすれて残る農産物集荷場の残骸を見つけていたので、雨を避けられそうなそこに移動する。
「さらに曇ってきた。暗くなる前に降りだすだろうね」
クロイミがハシバミに言う。「荷物が倍になる。移動はさらに辛いだろうね」
彼もここに腰をおろしたいのを暗に告げている。
「呼子笛が二回鳴った。なのでアコンとツヅミグサが三人を迎えに行った」
ベロニカが報告に来た。
「早いね」ツユクサがにこりとする。
「つまり捕まえたかな」
コウリンがそわそわしだす。「ここまで運ぶのは大変だ。さっきの原っぱで解体しよう」
いつもの彼とは思えぬ素早さで包丁と手に入れたばかりの金属製バケツを持って走りだす。
ハシバミも長刀を持って後を追う。ほかの仲間もついてくる。笛の音が両方から二回ずつ聞こえた。明るく楽しげな音色だった。
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鹿は当然だけど血抜きされていて、軽くするためにか首も斬り落とされていた。それほどの大物だった。灌木二本に足を結んで三人がかりで運んできた。
「親子二頭だった。サジーとカツラが前に回りこんだ。私が親の尻に矢を射った」
シロガネが言う。
「隠れている俺へとケツを蜂に刺されたみたいに駆けてきた。なんで四発のうちこれだけ当ててやった」
サジーが指を三つ立てながら笑う。
「俺が追いかけて槍でとどめを差した。矢もすべて回収できた」
顔まで真っ赤なカツラが言う。彼が血抜きをしたのだろう。
「さすがだけど、顔を洗ってこいよ」ツヅミグサが言う。
「解体が終わってからだ。それとな、レバーは残ってないぞ。狩りをした奴の特権だ」
「ハツも三人でいただいた」
そう言うシロガネの口もとにも血が残っていた。
「小鹿は捕まえなかったの?」ツユクサが尋ねる。
「死んだ親を呼ぶかもしれない」サジーが言う。「そしたら声を頼りに狙えるかもな。でも、これを平らげてからだ」
シロツメクサとタンポポの草原で解体が始まった。きれいな水がそばに流れているし、ここでやって正解だとハシバミは思う。僕が仕切るまでもなくみんなは喜々として働いているし。コウリンさえもが。
***
「見て。四葉のクローバーだ」
ハシバミは鹿肉に張りついたシロツメクサの葉をゴセントに見せる。
「うん」ゴセントはそれだけ言って骨までしゃぶり、「トイレ」と廃墟からでる。
「酒が欲しいな。芋の焼酎。誰か作り方を知っているか?」
シロガネが焚き火に木を足しながら言う。
「やめてくれよ。祭りの日を思いだしちまう」
カツラが麦飯を頬張りながら言う。
「ヤマユリのお婆さんに聞いたことがある。覚えているから作れると思う。……特権が
クロイミが骨の髄を枝でほじりながら答える。
「どれもねーし」
ツヅミグサが魚を頭から食べながら言う。しばらくして器用に骨だけ口から取りだす。
久しぶりのまともなご飯。麦を焚いたのも村を出てから二度目だ。シェルターから頂戴した釣り具で早速ハヤを十八匹も捕まえた。ヤマメも三匹の入れ食い状態。猫とネズミも捕らえていたし、ほとんどの奴が腹いっぱいの顔だった。
「ここに村を作れるかもしれない。畑だった跡地も多い」
宴もたけなわでサジーが遠慮がちに言う。
誰も返事しない。誰もがハシバミを見る。カツラへもちらりと見る。
「昔に村だった場所には意味がある。多少は安全ってことじゃないかな」
クロイミがハシバミへと言う。決断しろと暗に告げている。でもハシバミは霧の上に浮かんだ丘陵を思いだす。
「いい場所だと思うよ。だけど、なんで新しい村ができないんだろう」
ハシバミはクロイミに尋ねる。
「人が少なくなったからだよ」ツヅミグサが答える。
「様子を見るために、数日はここにいてもいいと思う」
ハシバミはみんなに言う。
「様子って鹿の数か? ここならイノシシも捕らえられそうだ」
「サジー。食い物こそ大事だけど、人との交流も必要だと思う。それ以上に人の存在に気をつけないとならない。カブは怖いけど、死なないカブのが多い。まわりに村があるかを探ることも――」
ハシバミはそこまで言ってゴセントの帰りが遅いことに気づく。
「まあいいや。焚き火が尽きるまでみんなで考えよう」
そう言って何食わぬ顔で立ちあがる。用を足しに行く感じだから、誰も槍を持ったことに気づかなかった。
*
小雨のなか、ハシバミが手にするランプがゴセントを照らす。弟は村の中心を通る道だった先を見ていた。
そこにはランプがひとつ揺れていた。