031 疑心慢心

文字数 1,904文字

温泉(おんせん)とも呼ぶって。たしかに疲れがとれたかも」
 半裸のベロニカが戻ってきた。

「垢がとれて体が軽くなったみたいだぜ」

 サジーは全裸だ。年下なのに立派過ぎるのを丸出しにして、水洗いした服を縄に通して室内に干す。

「カツラたちも二度入りなよ」

 ツヅミグサは顔もさっぱりさせている。剃刀で髭を剃ってきたな。

「こんなところに連れてきてくれるなんて、ハシバミの判断力は素晴らしいと思う」
 アコンが痩せた上半身を見せながら言う。「畑をちょっと覗いてきた。三()に一畝は雑草が茂っていた。ここは人が足りないか怠け者だらけかもしれない」

 ハシバミは村でのベロニカとアコンをふいに思いだした。日差しの強い時間も、特権階級の畑で草むしりをしていた。呪われた村の生き残り……。忌むべきように感じてしまい声をかけようとしなかった。名前を知ろうともしなかった。

「アコンとベロニカは、この村をどう思う?」
 ハシバミはあえて二人に聞く。

「怠け者ではないと思う。今も雨の中で何人も耕している」
 ベロニカが上目つかいで言う。「戦かカブで男が減ったのならば、僕たちを必要としているかも」

「俺もそうだと思う。俺たちを村を守り畑を耕す力にしたいのだろう」

 カツラが割れた窓へと顔を突き出したまま会話に割りこむ。コウリンに髪の毛を剃らせているが「固い毛だよ剃刀が刃こぼれしそう」とぼやかれている。

「ついでに耳の裏にシラミの卵がないか見てくれ。……コウリンは痩せるどころか太ってないか?」
「失礼だな。僕よりこの村の人のが太っているよお」
「それはない」

 アコンがきっぱり言ってみんなから笑いが起きる。ゴセント以外から。

 *

「ここは沢が近い。夏でも荒れないらしく、地形的に見て事実かもしれない」
 シロガネがクロイミと一緒に戻ってきた。

「具合はどう?」ツユクサが尋ねる。

「水を飲んでだいぶよくなった。温泉に入りすぎるとなるらしい。――ひんやりして気持ちいい」
 クロイミが床に転がり答える。

「僕の考えもベロニカやカツラと同じだよ」
 全員が揃ったところで、ハシバミが言う。「この村は陰麓(いんれ)黒屍(くろかばね)に魅入られたんだと思う。働き手が減り立ち行かなくなりかけたところに僕らが現れた。若くて真面目な連中がね」

「だったらここに居着くのか?」
 サジーはまだ全裸。「俺は賛成だが、みんなの意見に従う」

 こいつが狩り以外で主張めいたことを口にするのは珍しいな。他の人間も同意した面だし。
 ハシバミはゴセントを見る。でっかい広間の隅で足を腕で抱えていた。両親の遺体ごと実家を燃やされたときの顔で兄を見て、首を小さく振る。
 しばらく閉じこもってよ――。弟の勧告を父母は受け入れなかった。

「ここまで来れたのはゴセントのおかげだ。弟の意見は、ここからすぐに立ち去るから変わらない。なので、もう少し村を見てから判断すべきだと思う」

「そうだな」とカツラが立ちあがる。手には長刀。

「今度こそ大人数は良くない」ハシバミは慌てて言う。「僕とクロイミと……ツユクサで何気なく頼んでみる。さっそく行こう」

 ツユクサにこそ積極的に仕事を与えて自信を持たせないと。湯当たりして大の字になっていたクロイミがぎょっとした顔をした。

 ***

 三人は暗い廊下にでる。雨は本降りのままだ。

「一階以外は崩壊して忌むべき場所だ」

 見張りらしき若い男に言われて、ホテル内の探索は諦める。禁忌すべき場所はライデンボクの村にもたっぷりとあった。迷信だとは思わない。

「凄まじい降りだ。やんだら、ひと仕事しないとならない」
 濡れたヤイチゴがすぐにやってきた。

「でしょうね。僕らの相手ばかりじゃ畑が雑草だらけになる」
 クロイミが言い「ところで村人は何人いるのですか?」

「それよりも見せたいものがある。ついてきてくれ」

 ヤイチゴは答えずに玄関へと歩いていく。

 一室を開ける。そこは外からの明かりが充分に入るうえに窓ガラスが修繕されて半数も生き延びていた。

「これだよ。素晴らしいと思わないか。昔の言葉で芸術と呼ばれるものだ」
 ヤイチゴが得意げに言う。

 桜が描かれた大きな絵や仏像や壺が陳列してあった。見せられても、ハシバミたちには何ら感慨が湧かなかった。

「綺麗な人だな」

 それでも五十センチほどの大きさの白い陶器像に立ちどまってしまう。ヤイチゴは嬉しそうにうなずくけど、この女の人が裸だからなだけだ。

「僕たちは村を見たいです」ツユクサはそれにもまったく興味がないようだった。

「この雨の中を?」ヤイチゴがオーバーに両手をひろげる。

 僕らがいた村では土砂降りを選んで調練しました。なので、これくらい平気です。
 言う必要もないので、この村の男に従う。
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