087 道すがら伝えよう

文字数 2,337文字

「ナトハン家には私とカツラだけで向かおう。前線に残ったツヅミグサも加えない。……わだかまりをなくす。そのためには最少人数で行くしかない」
 疲労がにじみでるヒイラギがなおも言う。

「だがな、ニシツゲたちは俺たちの村の仲間だ。何があっても返さない。ハシバミが捕らえられていて交換条件にされても応じない」
 そしたら武力に訴えると、カツラの眼差しが伝える。「ニシキギたちを引き渡したら、ハシバミに怒られる。そしてあいつは、取り戻すためその夜のうちに再び忍びこむ。また俺は付き合わされる」

「体調不良だろうと飛んであげる。銃を持つ男を怯えさせてやる」
 目を赤くしたキハルが言う。「ハシバミはイケメンでたくましかった。そりゃ一番に怖かったけど優しい顔もしてくれた。だから、すぐにいなくなる気がしていた。パパみたいに」

「イケメンってのは色男の意味か? それとな、ハシバミを死んだみたいに言うな。……出かけよう」

 カツラはヒイラギと村をでる。犬たちは昼寝している。牛は草を食べている。
「ゴセントとクロイミも向かった」と、川岸でアコンから聞く。

 *

「済まないがもう少しだけペースを落としてくれ」
 村落跡でヒイラギがカツラに言う。「たどり着くまでに、私たちに起きたことをかいつまんで教えておく」

 そして語りだす。

 ***

 盗賊との遭遇を危惧していたが、私たちこそ避けられたようだ。シロガネが廃屋に潜む数名を見つけたけど素通りできた。土砂降りで歩みは遅くなった。

 晴れた空にミカヅキを見かけた。北北西に進めと指示された。空の娘が記した地図の通りに進んだのに、それと正反対の方向へだ。雨の中を丸一日も余計に歩かされていた。
 ハイウェイなどなかったが、古いアスファルトをたどれた。そこは街道と言える道だったが、誰ともすれ違わなかった。避けられていたかもしれない。
 川があった。湖があった。崩壊していないトンネルを歩いた。新月の夜よりも真っ暗だったぞ。反対側にでたところで、サジーが子鹿を狩った。さすがは英雄の息子だ。
 崩壊したトンネルを避けた山中で年老いた男性にあった。

「エブラハラを知っているか?」
 鹿肉を渡してから尋ねた。

「ユートピアのことか?」
 汚れた老人が言った。「知っているとも。肉のお礼に教えてやる。すぐに引き返せ。だがトンネルは通るな。あそこもじきに崩落する。そこに住んでいた俺には分かる」

 私たちは戻らなかった。警戒は怠らなかった。
 峠で盗賊の一団が砦を築いていた。そう思った。通行税を求められるかな。そうも思った。こちらから話しかけなかったら、奴らも見送るだけだった。みんなシロガネとサジーを恐れているな。いよいよそう思ってしまった。

 キハルは一週間と言ったよな。あの娘は当てずっぽうで適当だ。まんま鳥みたいだ。私たちは仕切り直してから一日で山を越えた。地面を歩く奴はのろまばかりと思っていても、いい加減すぎる。
 ミカヅキが低く飛び羽根を揺らした。じきに到着の合図。不審がられないようにもう接触しないの合図。道端にお地蔵様があったので、念のためその裏へ地図を隠した。正解だった。


 エブラハラは海へ続く平野だと老人に聞いていた。私たちはその高台にたどり着いた。そこにあるエブラハラを探す必要はなかった。そこはすでにエブラハラの一部だった。そして彼らからやってきた。盗賊であるはずない。三名だけで武器も向けずに笑いながら近寄ってきたのだから。

「まるで私たちが山を越えるのを見ていたようだな」

 ヤイチゴが苦笑した。あとで知るのだが、実際にその通りだった。

「念のためマークを見せてくれ。決まりだからな」
 一人が言った。

 まずいことになったと率直に感じた。こいつらは私たちを見て、仲間と勘違いした。

 *

「ヒイラギ、シロガネ、サジー。そりゃそう思うだろうな。陰麓の黒屍の手下と間違われなくて良かった」

 カツラが軽口を叩く。内心はペースを上げたい。はやくハシバミのもとに行きたい。見せしめに吊るされていたら……。

「勘違いなど一瞬だった」

 ヒイラギは無謀な若い長の生死に興味なかった。小競り合いを終わらせることだけを役目と感じていた。なぜ終わらせる必要があるのかを知ってもらうため話し続ける。

 *

「マークとは何だい?」

 私はなるべく素気なく尋ねた。ただの放浪者の振りをしようとした。

「あなたたちはエブラハラの者か?」
 なのにヤイチゴが言ってしまった。

「お前たちは何者だ」

 奴らの態度が変わった。懐から銃をだした。

「私たちは何者でもない。村を失った一団だ」
 シロガネが両手を上げて言う。

 その回答は及第点ではない。でも私は調子を合わせた。

「そうだ。ハイウェイでエブラハラという町を聞いた。そこに興味を持ったので、はるばる来た」
「なんのために?」

 奴らの一人に聞かれた。銃からカチッと音がした。
 私は村を襲った銃声と爆音を思いだした。怒りは湧かなかった。恐怖だけだ。

「なんのためって……力になれると思ったからだ」

「お前たちは荷物もなく堂々とし過ぎだ。だから峠の連中は見過ごしてしまった。だがな、奴らを責めない。俺たちだって将軍直属の遊軍だと思ったからな」
 一人が私たちの背後にまわりながら言った。

「来てもらおう。お望みのユートピアへ案内してやる」
 もう一人も銃口を向けたまま言った。「……お前たち、これの怖さを知っているな? 滅びた村の生き残りか?」

「ならばエブラハラはお前たちの楽園じゃない」
 最後の一人が煙草に火をつけぬまま咥えて言った。「たくましい奴隷は陸地での舟運びが待っている。毎日一人は野垂れ死ぬ」

「運が良ければ北の開拓だ。冬まで死人は少ない」
 背後の一人がそう言って私の脇腹に銃を押しつけた。
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