131 理想論を語ろうよ

文字数 2,200文字

 朝と午前の境目。気温は加速度的にあがっていく。

「ジライヤのいいつけで来たのか?」

 言いながら、将軍は地面から顔を上げる若者を観察する。ぼろ布のがまともなほどの服。まだ暑いから毛皮を避けたのだろうが、これならば半裸のがましだ。……こいつは奴隷、もしくは地位の低い者だろう。立場ある者に強制されて、私たちに交渉へ向かわされた。殺されてもいいらしい。

「彼は友だちです。私はみんなを代表して来ました。あなたたちの目的を聞くためにです」

 おやっと将軍は思う。声を聞くだけで分かる。そこにいる全員に伝わる声色。正面の私には、それこそ真正面から届く声色。誰もが聞き入る声色。だけど私は見抜く。

 こいつは抜け目ない。ずる賢い。なのに、あくどくはない声色だ。
 いまの世に生きる私にとって、それは称賛だ。

 こいつは賢くて勇敢だ。配下に欲しいが、ならない部類だ。経験を積ませ右腕としてそばに置いても、ある日いなくなる。人に命令されて生きたくない。そんな輩だ。
 私の巨体に圧倒されているくせに怯えた態度を見せない。たいした野郎だ。尋問をクマツヅラにやらせようとしたが。

「なるほど。若い君は率先して来たようだな」
 若すぎるからここに現れた。クロジソ将軍はすこしだけ敬意を見せてしまう。「君は嵐の日に川にいたか? 筏に乗っていたか?」
「はい」
「あの時の決着をつけるために我々はここまで遠征した。私たちは残虐な集団ではない。カツラ、バクラバ、女たちを引き渡せ。さすれば残りの命を奪うことはない」
「あの二人は英雄です。彼女たちもです。私たちは彼らを手放さない」
「ならばこの村は滅びる」

 その言葉に、転がされたままの若者が覚悟の眼差しを向ける。

「ええ。きっと私たちは滅びるでしょう。でも一筋縄ではいかない。あなたたちは誰も連れて帰れない。それどころか部下の数は深刻なほどに減るでしょう」

 若者を囲む男たちに怒りが噴きあがる。だが将軍は冷静だ。自分に脅しをかけるみすぼらしい風体の若者が楽しくさえあった。
 将軍が何も発言しないので、若者はちょっと戸惑ったようだ。それでも意を決したように語りだす。

「偉大な将軍に提案したい。私たちの村とエブラハラは近いようで遠い。遠いようで近い。どうでしょう? その間に村を一つ作るのは」

「村?」将軍は聞きなおしてしまう。

「はい。協力して村を築くのです」

「はあ?」
 にやにやと聞いていたクマツヅラが笑いが噴きだしそうになる。「楽しいことを言いだし――」
「続けろ」

 クロシソ将軍は腕を組み、話をうながす。

「あなたたちは力で支配してきた。憎しみだけが増えていく。憎しみがあなたの配下を殺す。するとエブラハラからもあらたな憎しみが生まれる。洪水があろうと冬が来ようと野の草が絶えることないように、憎しみは憎しみを餌に増えていく。
怨嗟を抑えるために力を割かないとならない。そんなことでは文明に近づくようで遠ざかっているかもしれない。取り戻す文明もいびつに片寄ったものになるかもしれない。……昔の人間のように、雨や太陽に破れ、人同士で殺戮を繰り返す結果が待っているかもしれない。
あなた方の町のがはるかに立派だ。私たちが対等なんて思わない。それでも新たな試みで、互いに過去にあった憎しみを水に流して、新しい村を築く。それぞれの長所を持った村だ。
そこは不平不満を持った人の受け入れ口でもあり、エブラハラがより発展する礎となる」



 将軍は、自らを失われた文明を取りもどす偉大な指導者と思っていた。そのために多少の苦しみを民に与えるのは当然と思っていた。
 文明とはすなわち人の力。それは労働。人がどんなにいても足りないほどだ。だからよその村を吸収する。従わないのだから力づくで抑える。いつしか新しい村人は奴隷と呼ばれるようになった。

 エブラハラのほころび。ねじれた文明。それを修正する機会がやってきた。ユキマチ老人が言っていたな。これは……過去の言葉で『モデル』だ。まさに新しい試みだ。支配でなく協調。それを我々の残忍さを知っている者から提言された。軌道を修正する絶好の機会だ。
 村を滅ぼされた怨恨。仲間を殺された憎悪。力ある長たちが、それらを(無理矢理)忘れさせるのだ。これからのために。

「あまりにくだらない話に呆れてしまった。私たちはいつまでも呑気にしない」
 クロジソ将軍は若者に背を向ける。「えーと君はアザミだな。総員を集結させろ。戦いは力押しで始まる」

「承知しました」と一人が駆けおりる。

「狼煙を上げて、敵は我々に気づいていることをセキチクに伝えろ」

「承知しました。……こいつはどうしましょう」
 クマツヅラが尋ねてくる。「見せしめに首を村に投げ込みますか?」

「この勇気ある者は我々の覚悟を知らせる義務がある」
 クロジソは背を向けたままで言う。「戦いの中で死なせてやろう」

 私が寛大な王であったならば、互いの憎しみを私が背負いこみ、この者の意見に耳を傾けただろう。平和にゆっくり文明を築いていく――。その村の未来が見えそうだ。そこは理想郷として、エブラハラにもこの村にも恩寵を与えるだろう。
 でも私は将軍だ。不寛容な戦士だ。素早く力づくで求める。いまさらそれを変えられない。

 若者はなにか言いたげな気配だったが無言で立ちあがる。将軍が振り返ると、若者は足を引きずりながら、沢への傾斜に生えた疎林に消えるところだった。
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