018 そら豆畑
文字数 1,787文字
ツユクサは腕と足を噛まれた。とくに左足首は深い。擦り傷もいくつかあった。噛み傷を水でたっぷりと洗浄しておく。
僕は一人のときに犬の群れに狙われなかったと、ハシバミは気づいていた。ツユクサはまだ青ざめ震えている。それでもみんなで叱咤激励して歩かせる。畑があるならば村がある。そこで休ませてもらえるだろうか。
カツラとシロガネを先頭に、ハシバミとサジーが続く。続いてゴセントとツユクサが足を引きずる。
*
ハシバミが引き返した道の分岐を、カツラはずけずけと歩いていく。
「げっ、本当かよ」
でも尻込みした。
前方からうなり声。犬が七匹もいて、その後ろには男性が三人立っていた。全員が弓を構えている。犬どもは今にもカツラへ飛びかかりそうだ。
「私たちは旅の者です」シロガネが両手をあげて無抵抗の意思を表す。
「本来ならば素通りします」
ハシバミが前にでる。「でもたった今犬に襲われて、怪我人がいます。どこでもいいので休憩させてもらえますか」
言っただけだ。本心は凶暴な獣などと一緒にいたくない。それと同居する得体のしれぬ人たちともだ。でも、おそらくこいつらの仲間のせいで、ツユクサがひどい目に遭ったことを伝えておきたかった。
「そいつらは四頭だったか?」
いきなり横から声がした。林の中にさらに二人ひそんでいた。どちらも槍を持っている。
「はい」とハシバミは答える。一匹の目を射抜いたなどと余計なことは言わない。
「近ごろ勝手に群れに加わった連中だ。怪我人は、その子か。――ホテイアオイ、見てやれ」
林に潜んでいた一人に命じられて、一人がツユクサに近づく。しゃがんで遠巻きに足もとを見る。犬がよけいに興奮しだす。
「たしかに犬にやられた傷ですね」男が立ち上がる。
「私たちは犬と群れを成している。人は弓を射ち、犬は獲物を追う」
偉そうな態度のひげだらけの男が槍を下ろす。「お詫びに傷薬を分けよう。それと、そら豆もちょっとだけ分けてやる。ここで休んでもいいが水場がない。もう一つの道をさきに進めばすぐに沢へ出る。そこでしっかりと傷口を洗うべきだな」
一人が薬を取りに鬱蒼とした林に入る。あの中に住居があるのだろう。詮索できるはずがない。
「あなたたちはいつからここにいるのですか?」
これくらいならば尋ねてもいいだろう。「なぜ犬が一緒にいるのですか? しかも、命令を待っているかのようです」
「私たちは冬に越してきた。そしてまた冬に去る。一か所に居続けるのはよくない。畑であった場所を探して、春に耕す。……犬は人に従う。犬こそそれを望んでいる」
*
コウリンが満面の笑みで、そら豆を三十個も背負い籠に入れる。小さい板に塗られた紫色の軟膏も石の上に置かれた。傷口を洗ったあとに塗るようにとのこと。この時代のしきたりに沿い、見ず知らずの人同士は屋外でも2メートル以内に近づかない。守らぬことのが多いけど。
ハシバミたちはお礼をして立ち去る。
年齢は一回り以上違うにしても、あの五人のが明らかにしっかりしていた。十一人からなる放浪者相手にも引き下がらなかった。でもと、ハシバミは思う。彼らはカツラとシロガネとサジーの存在を意識していた。これ以上のトラブルを避けて、そら豆を譲ったのかもしれない……。
これは初めて食べるな。生では無理だろう。茹でるか焼くか――。それよりもツユクサだ。
*
教えられた場所に流れのはやい清潔な沢があった。ツユクサに全身を満遍なく洗わせる。沢に口をつけて飲んでいたコウリンがツユクサの足を見て、近くにいたベロニカを呼ぶ。
「ツユクサすごいや。ちょうど大きいほくろがある」
傷口を見たベロニカも笑う。「犬に噛まれた跡が目で、ほくろが口だ。腰を抜かしたホソバウンランの顔にそっくりだ」
ツユクサは岩に腰かけて傷口を見る。くすりと微笑む。
「ベロニカは薬を塗ってあげて」ハシバミが頼む。「そしたらもう少し歩こう。今日だけはツユクサの荷物を分配する」
夜になり傷口が熱を持たなければいいけどな。そうなれば、明日もこの子の荷物を分担だ。
「そうだな。まだまだ進もう。ヒイラギさんやホソバウンランが川を渡れたとしても、追いつけないところまではな」
カツラがツユクサの荷物を丸ごと片手で持つ。
「夜が楽しみだな。豆のスープだぜ」
斥候から戻ったツヅミグサが笑う。彼とシロガネを先頭に十一人は歩きだす。
僕は一人のときに犬の群れに狙われなかったと、ハシバミは気づいていた。ツユクサはまだ青ざめ震えている。それでもみんなで叱咤激励して歩かせる。畑があるならば村がある。そこで休ませてもらえるだろうか。
カツラとシロガネを先頭に、ハシバミとサジーが続く。続いてゴセントとツユクサが足を引きずる。
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ハシバミが引き返した道の分岐を、カツラはずけずけと歩いていく。
「げっ、本当かよ」
でも尻込みした。
前方からうなり声。犬が七匹もいて、その後ろには男性が三人立っていた。全員が弓を構えている。犬どもは今にもカツラへ飛びかかりそうだ。
「私たちは旅の者です」シロガネが両手をあげて無抵抗の意思を表す。
「本来ならば素通りします」
ハシバミが前にでる。「でもたった今犬に襲われて、怪我人がいます。どこでもいいので休憩させてもらえますか」
言っただけだ。本心は凶暴な獣などと一緒にいたくない。それと同居する得体のしれぬ人たちともだ。でも、おそらくこいつらの仲間のせいで、ツユクサがひどい目に遭ったことを伝えておきたかった。
「そいつらは四頭だったか?」
いきなり横から声がした。林の中にさらに二人ひそんでいた。どちらも槍を持っている。
「はい」とハシバミは答える。一匹の目を射抜いたなどと余計なことは言わない。
「近ごろ勝手に群れに加わった連中だ。怪我人は、その子か。――ホテイアオイ、見てやれ」
林に潜んでいた一人に命じられて、一人がツユクサに近づく。しゃがんで遠巻きに足もとを見る。犬がよけいに興奮しだす。
「たしかに犬にやられた傷ですね」男が立ち上がる。
「私たちは犬と群れを成している。人は弓を射ち、犬は獲物を追う」
偉そうな態度のひげだらけの男が槍を下ろす。「お詫びに傷薬を分けよう。それと、そら豆もちょっとだけ分けてやる。ここで休んでもいいが水場がない。もう一つの道をさきに進めばすぐに沢へ出る。そこでしっかりと傷口を洗うべきだな」
一人が薬を取りに鬱蒼とした林に入る。あの中に住居があるのだろう。詮索できるはずがない。
「あなたたちはいつからここにいるのですか?」
これくらいならば尋ねてもいいだろう。「なぜ犬が一緒にいるのですか? しかも、命令を待っているかのようです」
「私たちは冬に越してきた。そしてまた冬に去る。一か所に居続けるのはよくない。畑であった場所を探して、春に耕す。……犬は人に従う。犬こそそれを望んでいる」
*
コウリンが満面の笑みで、そら豆を三十個も背負い籠に入れる。小さい板に塗られた紫色の軟膏も石の上に置かれた。傷口を洗ったあとに塗るようにとのこと。この時代のしきたりに沿い、見ず知らずの人同士は屋外でも2メートル以内に近づかない。守らぬことのが多いけど。
ハシバミたちはお礼をして立ち去る。
年齢は一回り以上違うにしても、あの五人のが明らかにしっかりしていた。十一人からなる放浪者相手にも引き下がらなかった。でもと、ハシバミは思う。彼らはカツラとシロガネとサジーの存在を意識していた。これ以上のトラブルを避けて、そら豆を譲ったのかもしれない……。
これは初めて食べるな。生では無理だろう。茹でるか焼くか――。それよりもツユクサだ。
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教えられた場所に流れのはやい清潔な沢があった。ツユクサに全身を満遍なく洗わせる。沢に口をつけて飲んでいたコウリンがツユクサの足を見て、近くにいたベロニカを呼ぶ。
「ツユクサすごいや。ちょうど大きいほくろがある」
傷口を見たベロニカも笑う。「犬に噛まれた跡が目で、ほくろが口だ。腰を抜かしたホソバウンランの顔にそっくりだ」
ツユクサは岩に腰かけて傷口を見る。くすりと微笑む。
「ベロニカは薬を塗ってあげて」ハシバミが頼む。「そしたらもう少し歩こう。今日だけはツユクサの荷物を分配する」
夜になり傷口が熱を持たなければいいけどな。そうなれば、明日もこの子の荷物を分担だ。
「そうだな。まだまだ進もう。ヒイラギさんやホソバウンランが川を渡れたとしても、追いつけないところまではな」
カツラがツユクサの荷物を丸ごと片手で持つ。
「夜が楽しみだな。豆のスープだぜ」
斥候から戻ったツヅミグサが笑う。彼とシロガネを先頭に十一人は歩きだす。