128 滅亡前夜

文字数 3,101文字

 見張りを残すことなく、全員が村へと急ぐ。ハシバミたちとヒイラギたちはほぼ同時に戻ってきて、長の家で互いに報告する。

「あの男が単身で見張るはずない。本隊がすぐ近くにいるはずだ」

 バクラバが言う。彼は銃とホルダーを手に入れてある。ヒイラギも知っているが報告しない。

「この場所は見つかっているかな」
 ハシバミがやけに素気なく尋ねる。

「ここを挟む二つの場所からだよ。見落とされるはずがない」
 クロイミが答える。

「だったらなぜ攻めてこない?」

「飛行機が怖いから」
 クロイミが再び答える。「ずっと飛んでいないことに気づいても警戒を続ける。でもいずれ決断するよな」

「数が揃うのを待っているかもしれない」
 バクラバが付け足す。「将軍が本気になれば数百人招集できる」

「その時は、両方面から襲撃される」
 ヒイラギが言う。「逃げ場はないぞ」

 僕はなんてところを敵にまわしたのだろう。女と塩と油を奪って怒らせた。ハシバミは考える。許してもらえないだろうな……なぜだかおかしくなる。誰もが青ざめるほどに真剣だから吹きだすのを我慢する。でもだよ、ヒイラギたちからは『若い長をたてておくか』をちょくちょく感じられた。そのくせ一大事には必死に僕へしがみつこうとしている……。
 だったら僕こそ必死に考えろ。

「見張りをだすべきではないか?」
 シロガネもカツラとともにやってきた。「私たちが志願してもいいが」

「もはや不要です。いますぐに全員で逃げましょう」
 バクラバは悲鳴になるのをこらえて告げる。「ひたすら遠くに逃げましょう。兵糧の問題があるので、追跡班は数名だけになる。すぐに出発しよう」

「逃げたい人は逃げるべきだ。僕は残る」
 ハシバミはそこにいる者を見わたす。「この村を築くために僕らは必死にやってきた。デンキ様だけが見ていてくれた。この村を捨てるなんてできない」

「長とは気が合うな。俺もだ」
 カツラが腰をおろす。「黒屍のもとに行くことになっても、エブラハラの連中を少なからず道連れにしてやる」

 その言葉を最後に沈黙が流れる。

「ハチの巣に籠城しよう。女と子どもを奥において守る」
 ややあってヒイラギが言う。「ああ。もちろんバクラバから聞いている。私も爆弾を見た。だが逃げないのならば立てこもるしかないだろ!」

「苦しみを長引かせるだけだ」
 バクラバが首を横に振る。

「ハシバミよお、俺は楽観的かな。キハルが戻ってきて将軍たちを追い払う。そんな気がする」
 カツラがうつむいて言う。「たっぷり将軍たちを苛める。そんなことが起きないかな」

「ミカヅキを計算に入れちゃいけない。だから奴らはここにいる」
 ハシバミがあらためて全員を見わたす。「全員でハチの巣を砦にしよう。建物を木で囲もう。壁に鉄を巻こう。食糧は冬に向けての備蓄がある。あれをちょっとずつ食べれば一週間はもつ。水をたっぷりと持ちこもう。長引けばやがてあきらめて帰る」

「あなたはエブラハラの男たちを知らないから言える。彼らはあきらめない。私たちよりも粗食に耐える」
 バクラバがなおも訴える。「今すぐ逃げる。それしかない」

「だったら行けよ」ハシバミがにらむ。「ここは僕の村だ。僕は見捨てない」

「誰もがここにいないといけない」
 駆け込んできたばかりのヤイチゴがバクラバに告げる。「私たちにアイオイ親方が寄り添ってくれている。きっと守られる」

 滅ぼされた村でどれだけ同じ言葉が交わされただろうかと、バクラバは思う。自分だけ立ち去る訳にはいかないと覚悟する。むしろ先頭で戦い最初に死ぬべきだ。私はとっくに殺されていたのだから。滅ぼしてきたのだから。
 バクラバはもうなにも言わなくなった。

「僕たちには銃がない。でもあると思われている。だから僕が将軍だったら持久戦に持ち込む。水か食べ物がなくなれば、みんなが降伏すると分かっているもの」
 クロイミが腕を組みながら言う。「わざと攻撃させる……うん。策はひとつできたけど……ちょっと頼りないな。それに全然足りない。あとふたつは欲しい」

「それはクロイミに任せるよ。みんなはハチの巣を針の巣にしよう」
 ハシバミが立ち上がる。表に向かう。「この家もはがしてハチの巣を囲む板にする。月と太陽を賭けてもいい。このまま放置しても燃やされるだけ――」

 戸のまえでゴセントが棒立ちしていて、ぎょっとさせられた。

「ハシバミ、僕はここで君たちの声を聞いていた。だけど眠くなってきた」
 弟がつぶやく。「でも僕たちの物語の続きをもっと聞きたい。だから銃は不要だよ。……みんなのためにそれを使う。でも奴らは余計に怒り狂う」

 ゴセントが兄にもたれかかる。

「バクラバよ、先ほどの鉄砲をだしてくれ」
 ヒイラギが言う。「老い先少ない私だって、もう少し物語の一人でいたい」

「ツヅミグサからも受け取って、すべて川に捨てよう」
 弟を受けとめたままハシバミも言う。

 *

 男も女も作業を始める。蒼い顔で言葉少なく、せっかく建てた家を壊す。ハチの巣の周りに溝を掘る。板で囲む。水と食糧を持ち込む。
 作業は夕方になっても終わらない。朝まで続くだろう。……その直前まで続くだろう。

 先頭で働いたハシバミは一人で沢に降りる。ブナ林と向かいあう岩に座る。
 悲しいことしか頭に浮かばなかった。絶望的な戦いが始まろうとしている。奴らはどこにいるのだろう。いつ現れるのだろう。

 ナトハン家に続く川――。あれは自然の要衝だ。泳いで渡るところを潜んで弓を射ることができる。知恵ある者ならば、あそこを無理強いしない。だとするとヒイラギとバクラバが偵察した、僕らをここに導いてくれた小さな渓流からか。
 どっちであろうと大勢に襲われたら防ぎようがない。やはり籠城しかない。

 クロイミの考えは敵の攻撃を半日程度遅らせるだけ。クロイミ本人が言っていたように、さらなる策が必要だ。それがなければ、死は僕らに近い。エブラハラの者がいくら死に慣れていようが、僕らこそ死が早い。
 そして奴らは死に親しんでいるから厄介だ。何人か死んだところで諦めない。それこそミカヅキのごとく超常現象が起きない限り。もしくは彼らを率いる者がいなくならない限り……。

「ハシバミ」とセーナの声がした。彼女だけが降りてきた。

「どうしたの?」
「みんな泣きだしそう。でも私は力になることを言えない」

 セーナもハシバミの隣に腰かける。彼女こそ泣きだしそうだった。

「心配しなくていい。いつかこうなると分かっていたから、準備はたっぷりしてある」

 ハシバミはセーナに嘘をつく。君のための僕のための嘘だ。それが嘘だったとばれるときは、どちらの命もないかもしれない。
 ハシバミは彼女の手を握りながら考える。ゴセントでなくクロイミでなくおのれを頼るならば……。

 それこそ理想論だけを考えよう。それは長と長の話し合いで終えること。
 将軍に僕の首を差しだすのではない。対等の話し合いだ。彼に魅力的な話を提言する。クロジソが感激して兵を収めるようなお話を。
 そんなことができるだろうか……試す必要はある。なぜならば僕は長だから。言葉だけで解決できたのならば、村の民を誰一人傷つけずに済むのだから。
 ハシバミは覚悟を決める。その時が来たら、僕から出向こう。

 ***

「今夜から見張りを川の向こうと沢の下に立てる。それぞれ二名」
 村に戻ったハシバミがみんなに告げる。「奴らを見かけたならばすぐに僕に教えてくれ」

「任せて」とツユクサが言う。

「僕とアコンが最初に立つ。何度でも立つ」
 ベロニカが槍の刃先を研ぎながら言う。

「楽しくなってきたな」
 カツラが女たちに仕立てさせた熊の毛皮を羽織る。
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