047 平地を越える

文字数 1,779文字

 バオチュンファの村を逃げだしてから、誰もが鋭利になっていた。それぞれが自分のポジションとすべきことを理解して、行動をともに出来る粘り強い集団になった。本人たちに自覚はない。しかし、ハイウェイで出会った古強者の盗賊は感じとっていた。

 こいつらと戦ってはいけないと。

 結束した十一人とヤイチゴ。年齢が十歳近く違う彼も、いずれはこの一団でおのれのやるべきことを知るだろう。
 ハシバミは誰よりも抜け目なくみんなを導き、両脇に知恵あるクロイミとゴセントを侍らせた。誰よりも真っ先に敵を倒した事実は、カリスマめいたものを彼に授けた。
 体に貫通した穴を二つ持つカツラは、野犬がすくむ形相で前だけを見て歩いていた。
 雨は降り続く。目指す丘陵は降りた雲の向こうに、気まぐれみたいに姿を現しては消えた。

「ほれ、がんばれ。もう少しだ」

 ハシバミに代わってサジーが、牛を引っ張りながら鼓舞する。

「叩くな。お前も殴るぞ」
 ツヅミグサに代わって牛を引きずるベロニカを、カツラが怒鳴る。「コウリン、チェンジしてやれ。のんびり同士で気が合うだろ」

 山では見たことがない草。ぬかるみ。硫黄ではない腐臭。道の痕跡。厚手の草鞋に刺さる、ガラスの破片。腐った民家。錆びたクルマ。畑だったはずの腐敗した湿地。遠巻きにする野犬。まとわりつくブヨと蚊。こんな場所で生活する人間。

「お恵みを。お恵みを」

 痩せて不潔な子ども四人が十二人を追い続ける。

「盗賊たちの村だ。関わるべきでない」
 ヤイチゴが言う。

 追いはらったりできない。無視し続けると、やがてあきらめる。
 野犬たちはいつまでもあきらめない。牛が怯える。先回りなどするから、ハシバミがボスらしき犬を弓で射る。矢だけ抜いて奴らに譲ったら、以後はまとわりつかなくなる。人が死骸を奪いとる怒声が背後で聞こえた。
 空が青くなった。丘陵も目前に近づいた。

「丘に畑はなさげだね。土石流の跡もなさそう」
 クロイミが言う。

 そりゃそうだ。誰だってこんな場所を見おろしながら生活したくない。

「俺だけなら丘の上まであっという間だけど、モーモーたちがいるからな」
 ツヅミグサがぼやく。

「牛、がんばれ」
 カツラが槍を杖に言う。「がんばれ、牛。もう少しだ。きれいな水がある」

 *

 茶色い川が行き先を塞いでいた。流れの幅は7メートル。牛とカツラにはきつすぎる幅。十二人はアスファルトの跡まで戻り上流を目ざす。

「あそこで渡ろう」

 しばらくしてゴセントが言う。おおきいクルマが川に横たわっていた。クルマの中を水が流れている。

「楽勝」

 ひょいひょいと対岸に渡ったツヅミグサが言う。でも牛たちが、遺跡のごとき大型トラックの上に乗ろうとしてくれない。荷物をおろしてやっても、平地を向いてモーと鳴く。

「こうやるんだよお」

 コウリンが四つん這いで傾いたコンテナの上を歩く。牛が一頭、引かれることなく続く。もう一頭もサジーとともに渡る。脚を滑らせたが、のこりの三本の足で耐える。浅瀬をじゃぽじゃぽと歩き、対岸の草をついばみだす。

「コウリンこそ牛当番だ」
 サジーが笑う。「こいつらに名前を付けてやろう。コウとリンだ」

 ツユクサも笑う。

「牛、休むなよ」
 カツラも渡ってきた。「もう少しだ、がんばれ」

 カツラは座ろうとしない。そうしたら二度と歩けないみたいに。
 ツヅミグサとアコンが戻ってきた。ハシバミに報告する。

「カツラ、そこの崖を登ればアスファルトにでる。ちょっときついけどがんばれよ」
 ハシバミが告げて西の空を見る。天気なんて気まぐれすぎて年寄りさえも分からない。それでも「今日はそこで休もう。丘には明朝登る。きっと明日もいい天気さ」

「俺はどこまでも行ける。コウとリンも俺に続け」

 カツラが真っ先に崖を登ろうとする。足を滑らす。シロガネが手助けする。

 ***

 崩壊したアスファルトの道は灌木さえも生えていた。道の跡はゆるやかに登りだしている。

 アコン、ツヅミグサ、サジー、ツユクサがすばやくテントを立てる。カツラが転がりこむ。ヤイチゴが牛の世話をコウリンに教える。シロガネとベロニカが川へと釣りに下る。

 アスファルトがU字カーブした高台で、ハシバミとゴセントとクロイミが見張りに立ち、今後のことを話し合う。横断し終えた盆地を見おろしながら。遠くにハイウェイが蛇の抜け殻みたいに横たわっていた。
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