061 夜襲
文字数 2,189文字
上流からまた舟が五艘来た。一艘には男たちがたっぷり乗っていた。ほかの四艘はそうでもなかった。奴らが何かを持ち帰るつもりなのは明白だった。
「銃一丁で脅すのか?」私は言った。
「全員が持っている」
男が懐から拳銃をだした。そして空へと撃った。「腐るほどあると言っても、いまはまだ貴重品だ。だから平和に終わらせたい」
他の者も銃を見せた。にやけた者もいれば神妙な顔の者もいた。
「何故にある?」
私は尋ねてしまった。何故に過去の銃が数十丁も私の目の前にある?
「陸将の倉庫って話を知っているか?」
場を仕切っていた小柄の男が笑った。「その物語の続きだ。いまの日を夢見て、弾が尽きた銃をかき集めた少年がいたらしい。親方は咎めたけどデンキ様は認められた。人間がいつの日か文明を取り戻すためにだ」
この村に伝わる物語と正反対のものだった。
雨足は強まる一方だ。全員を残して、私だけが村に戻った。
村の主たる者が神社に集まった。六人ほどいただろうか。エブラハラの噂を知る者はいたが、銃の所有は誰もが初耳だった。いま思えば、あの丘はカブを恐れて閉ざされすぎていたかもな。
私からの報告を聞いても、ライデンボク頭領はしばらく黙ったままだった。
「彼らの要求は私に会うことだね」
やがて言った。「この村を譲れ。彼らの本当の望みはそれだろう。従うはずないが、私たちの被害は最小限にしたい」
神社の中は昼でも薄暗い。四方と中央のロウソクに照らされた面会の間に沈黙がおとずれた。頭領の言葉が意味するのを誰もが理解した。徹底抗戦かつ騙し討ち。
「上士頭。奴らの長をここに呼びだせるか?」
クマザサさんに聞かれた。
「連中は頭領が川に降りてくることを望んでいた。……仕切っている者は長には見えなかった。せいぜい私と同じ立場だと思う」
率直に答えた。
「決めた。クマザサが私の真似をしなさい。怯えを隠した不遜な態度を装い、彼らが望む平和というものを進めなさい。そして彼らの半数を村に引きこむ。若衆の宿舎――西の宿舎がいいな。そこを寝床に提供しよう。
夜になったら焼き討ちしろ。同時に川原の残りを襲撃する」
「どうでしょう。それこそ彼らが若衆でもない限り、うまくいくとは思えません」
ヤナギさんが口を開いた。
奴らと接した私も同感だったが、発言権はなかった。意見も求められなかった。
「ああいう輩は我慢できないものだ。すぐに村へとやってくる。女と畑にちょっかいをだす。それは、私の威厳を落とすことになる」
「親父、俺はうまくいくと思う」
頭領の息子が口を開いた。「宿舎を燃やすのは俺が指揮する。川原で寝る馬鹿どもを襲うのはヒイラギにやらせよう。できたら数人を生かしておきたい。銃の手入れってのを吐かせたい」
頭領の前であの男の意見を、誰も否定できない。ヤナギさんがちいさく首を振っただけだ。数十人の武装した男をだます。失敗すれば、多くの犠牲が生ずる。
そうだとしても、最終的には私たちが勝つと思っていた。人数が違う。地の利も違う。銃が伝説のように恐ろしいものだとしても、夜になれば土地勘のあるものに勝るはずない。誰もがそう思っていただろう。
奴ら以外は。
私の二人の妻と二人の娘は同じ家に住んでいた。何か起きたら林に逃げこめ、私が迎えに行くまで村に戻るな。と告げておいた。
薄暮になったころに、クマザサさんが川へと降りた。私が同伴した。
「俺たちは商人から情報を得ている。ここの長は老人だ」
「彼は二か月前に死んだ。いまは私が頭領だ。あなたたちが望むものは分かる。食料と奴隷と女。なに一つ渡さない。その理由を知るために、我々の偉大な村を見ることを許す。ただし十名までだ」
男たちから笑いが起きた。
「俺たちが将軍に捧げるのは、この村すべてだ。だが今日だけは従ってやる。それでも村に入るのは三十人のうち十五人だ」
ランプを先頭に、クマザサさんと男たちが村へと戻った。
残った男たちは焚き火を起こした。私とブルーミーほか十名は彼らの見張り番として川原に残った。我々全員が武装していたが、彼らも当然だと思っただろう。半鐘とともに襲撃する手はずなど知る由なく、彼らから笑い声も聞こえた。
私は男たちを見つめながら配下へ告げた。
「いいか、全員を殺す必要はない。とにかく矢を尽きるまで射ち、逃げる。村への道の例の曲がり角二か所で迎撃を繰り返す。それで奴らの半数以上は戦闘不能になる」
単純な作戦だが、この村の男たちが鍛えられた残酷な戦士であることを知らぬ者には有効だと思った。
雨は土砂降りになり、奴らはテントに避難した。川原の上士一団は何食わぬ顔で奴らの見張りを続けた。これで私たちの音は掻き消される。家を燃やすほどの炎が起こせるとも思わないだろう。
半鐘が鳴ったと伝令が駆け下りてきた。私たちは即座に襲撃した。奴らの悲鳴が聞こえた。すぐに銃声が連続して、配下の一人が踊るように倒れた。私たちは村へと逃げた。君たちも演習に参加したと思うが、兵を伏す地点で追ってくる奴らを待ちかまえた。
だが、奴らは現れなかった。奴らは冷静だった。混乱していなかった。
村から伝令が下りてきた。
「襲撃が失敗。奴らは壁に穴を開けて逃げだした」
喘ぎながら告げた。
私は下卑た言葉を吐き捨てた。夜襲を指揮した者への侮蔑と恨みを隠せなかった。
それから殺戮は朝まで続いた。
「銃一丁で脅すのか?」私は言った。
「全員が持っている」
男が懐から拳銃をだした。そして空へと撃った。「腐るほどあると言っても、いまはまだ貴重品だ。だから平和に終わらせたい」
他の者も銃を見せた。にやけた者もいれば神妙な顔の者もいた。
「何故にある?」
私は尋ねてしまった。何故に過去の銃が数十丁も私の目の前にある?
「陸将の倉庫って話を知っているか?」
場を仕切っていた小柄の男が笑った。「その物語の続きだ。いまの日を夢見て、弾が尽きた銃をかき集めた少年がいたらしい。親方は咎めたけどデンキ様は認められた。人間がいつの日か文明を取り戻すためにだ」
この村に伝わる物語と正反対のものだった。
雨足は強まる一方だ。全員を残して、私だけが村に戻った。
村の主たる者が神社に集まった。六人ほどいただろうか。エブラハラの噂を知る者はいたが、銃の所有は誰もが初耳だった。いま思えば、あの丘はカブを恐れて閉ざされすぎていたかもな。
私からの報告を聞いても、ライデンボク頭領はしばらく黙ったままだった。
「彼らの要求は私に会うことだね」
やがて言った。「この村を譲れ。彼らの本当の望みはそれだろう。従うはずないが、私たちの被害は最小限にしたい」
神社の中は昼でも薄暗い。四方と中央のロウソクに照らされた面会の間に沈黙がおとずれた。頭領の言葉が意味するのを誰もが理解した。徹底抗戦かつ騙し討ち。
「上士頭。奴らの長をここに呼びだせるか?」
クマザサさんに聞かれた。
「連中は頭領が川に降りてくることを望んでいた。……仕切っている者は長には見えなかった。せいぜい私と同じ立場だと思う」
率直に答えた。
「決めた。クマザサが私の真似をしなさい。怯えを隠した不遜な態度を装い、彼らが望む平和というものを進めなさい。そして彼らの半数を村に引きこむ。若衆の宿舎――西の宿舎がいいな。そこを寝床に提供しよう。
夜になったら焼き討ちしろ。同時に川原の残りを襲撃する」
「どうでしょう。それこそ彼らが若衆でもない限り、うまくいくとは思えません」
ヤナギさんが口を開いた。
奴らと接した私も同感だったが、発言権はなかった。意見も求められなかった。
「ああいう輩は我慢できないものだ。すぐに村へとやってくる。女と畑にちょっかいをだす。それは、私の威厳を落とすことになる」
「親父、俺はうまくいくと思う」
頭領の息子が口を開いた。「宿舎を燃やすのは俺が指揮する。川原で寝る馬鹿どもを襲うのはヒイラギにやらせよう。できたら数人を生かしておきたい。銃の手入れってのを吐かせたい」
頭領の前であの男の意見を、誰も否定できない。ヤナギさんがちいさく首を振っただけだ。数十人の武装した男をだます。失敗すれば、多くの犠牲が生ずる。
そうだとしても、最終的には私たちが勝つと思っていた。人数が違う。地の利も違う。銃が伝説のように恐ろしいものだとしても、夜になれば土地勘のあるものに勝るはずない。誰もがそう思っていただろう。
奴ら以外は。
私の二人の妻と二人の娘は同じ家に住んでいた。何か起きたら林に逃げこめ、私が迎えに行くまで村に戻るな。と告げておいた。
薄暮になったころに、クマザサさんが川へと降りた。私が同伴した。
「俺たちは商人から情報を得ている。ここの長は老人だ」
「彼は二か月前に死んだ。いまは私が頭領だ。あなたたちが望むものは分かる。食料と奴隷と女。なに一つ渡さない。その理由を知るために、我々の偉大な村を見ることを許す。ただし十名までだ」
男たちから笑いが起きた。
「俺たちが将軍に捧げるのは、この村すべてだ。だが今日だけは従ってやる。それでも村に入るのは三十人のうち十五人だ」
ランプを先頭に、クマザサさんと男たちが村へと戻った。
残った男たちは焚き火を起こした。私とブルーミーほか十名は彼らの見張り番として川原に残った。我々全員が武装していたが、彼らも当然だと思っただろう。半鐘とともに襲撃する手はずなど知る由なく、彼らから笑い声も聞こえた。
私は男たちを見つめながら配下へ告げた。
「いいか、全員を殺す必要はない。とにかく矢を尽きるまで射ち、逃げる。村への道の例の曲がり角二か所で迎撃を繰り返す。それで奴らの半数以上は戦闘不能になる」
単純な作戦だが、この村の男たちが鍛えられた残酷な戦士であることを知らぬ者には有効だと思った。
雨は土砂降りになり、奴らはテントに避難した。川原の上士一団は何食わぬ顔で奴らの見張りを続けた。これで私たちの音は掻き消される。家を燃やすほどの炎が起こせるとも思わないだろう。
半鐘が鳴ったと伝令が駆け下りてきた。私たちは即座に襲撃した。奴らの悲鳴が聞こえた。すぐに銃声が連続して、配下の一人が踊るように倒れた。私たちは村へと逃げた。君たちも演習に参加したと思うが、兵を伏す地点で追ってくる奴らを待ちかまえた。
だが、奴らは現れなかった。奴らは冷静だった。混乱していなかった。
村から伝令が下りてきた。
「襲撃が失敗。奴らは壁に穴を開けて逃げだした」
喘ぎながら告げた。
私は下卑た言葉を吐き捨てた。夜襲を指揮した者への侮蔑と恨みを隠せなかった。
それから殺戮は朝まで続いた。