102 傷痕

文字数 2,375文字

「このでかぶつ(・・・・)はエブラハラを探していたそうです。つまり、自分からここへやってきました」

 セキチク群長がクロジソ将軍へと告げる。
 その横で大男は将軍を値踏みするように見つめていた。

「名前は?」将軍が尋ねる。
「俺の名ならジライヤ」とカツラが答える。
「敬語を使え。牛野郎」セキチクが言う。

「牛? 子どもの頃からそう呼ばれた」
 カツラが惨忍に笑う。「そいつらがどうなったか知りたいか?」

 さすがに肝が据わっているな。挑発したつもりなのに、この三人は顔色を変えない。

「私が知りたいのは、お前がここへ何をしにきたかだ」
 将軍が尋ねる。

「エブラハラに入れてもらうため」
 カツラが怖いままの笑みで将軍を見る。

 これには、クロジソでも困惑してしまった。笑いながらここを訪ねてくるものがいるとは思っていなかった。傘下を希望するだけならば、たまに盗賊団などでいるにはいる。が、奴らは怯えながら顔をだした。

「上士になりたい」
 将軍たちが黙ったままなのでカツラがさらに言う。「ここはユートピアなのだろ?」

 ……なるほどなと将軍は気づく。くだらない男だ。だが危険でもある。いまここで処刑しておくべきだ。

「ジライヤ殿は何ができる?」パセル群長が尋ねる。

「見ての通りだ。戦えて狩りができて、物語も語れるし、それを台無しにもできる」

「この二人相手にも戦えるのか?」

 クロジソ将軍が片手を耳の横へ曲げながら尋ねる。指先で昔の薬莢をふたつ転がしているが、それは処刑の合図だった。背後の護衛たちは態度を変えない。「不要だ」との言葉による執行の合図を待っている。同時にこの大男は銃弾をたっぷり授かる。

「何人相手でも戦える。銃を使われなければね」
 そう言ってカツラが汚れた上着をめくる。「またもや腹に穴を開けられたくないからな」

 盛りあがった肉に塞がれているけど、指さきほどの丸い傷。脇腹にはまぎれもない銃創があった。
 エブラハラの男たちに沈黙が漂う。将軍もじっと見つめてしまう。

「貴様は我々が滅ぼした村の生き残りか?」
 セキチク群長が懐に手を入れる。

「俺は遠い村からやってきた。あんたらが知らない村からだ」
 カツラは平然と答える。「撃たれたのは二か月ほど前かな。相手をしてくれたのは三人だった。おかげで俺は一人で傷を癒すはめになった」

「……そいつらの名前はハマナスやサカキではなかったか?」
 パセルが低い声で尋ねる。

 ハシバミが倒したのは一人だけなのに、二人の名を挙げた。つまり三人とも、バオチュンファの村に行ったきり所在不明なのだろう。
 カツラは背中に冷たい汗を感じた。さあ山場だぜ。不敵にいくしかない。

「名前など知らないし、そいつらの顔も忘れた。少なくとも一人はやっちまったかもしれないが、俺こそ死にかけた。だからお互い様だ」

「そんなことは気にしなくていい」

 将軍はそう言って、ようやく傷痕から目をはずす。宙ぶらりんになったままの手をおろす。
 ジライヤと言う名の大男の言い分は、銃を持つ三人と戦いになり、引き分け以上で終わらせた。撃たれたが回復した。事実ならば、くだらない男ではない。

「その者たちから聞いたのだな。ここがユートピアだと」

 下っ端が言いそうな台詞だ。ここはまだ理想郷ではない。鉄を溶かし銃を作れる日までは、ユートピアなどと僭称できない。

「俺の生まれた村は病で滅びた。群れるのは嫌いだから盗賊は性に合わない。だけど、この村は楽しいかもしれない。だから俺は来た」

 嘘は半分しか言ってないとカツラは思う。群れるのは性に合わない。だけどハシバミの村は楽しい。

 カツラは二人の群長が自分を見ていると感じた。おかしいことに、クロジソ将軍もセキチクとパセルに見られていると感じていた。
 人は足りない。有能な人材から摩耗して消える。
 ゆえに将軍は決断する。

「私たちの村は新参者には労働を担ってもらう決まりがある。だがジライヤには特例を授ける。君をセキチク群長に預けてみよう」

「私が見ますよ」とパセル群長が笑う。「どっちにしろ押しつけられそうですから」
 
「よろしく頼むわ」
 セキチク群長は笑わない。まだカツラを探るように眺めていた。

「以上だ」

 解散の合図。クロジソ将軍はすでに大男の新参者に興味なさそうだった。

 ***

「すぐに銃を持ってもらうことになる。あれこそがエブラハラの象徴だからな。だが、あれは色んな意味で危険だ」

 並んで歩くパセル群長が言う。黒髪で口ひげを携えている。彼の背丈はハシバミぐらいだが体格は圧倒している。二人が喧嘩になれば、俺らの長は簡単に投げ飛ばされるだろう。

「だろうな」とカツラは答える。
 危険の意味を充分に知っている。そして、その証である腹の弾痕を、最初に晒せと秀才君は言った。

『それは潜入の弱点だけど、そうすることにより強みに変わる』

 たしかにそうだったみたいだ。

「しかし君たちは俺を怖れないな」
 カツラが率直に言う。

「怖がる必要があるのか?」
 パセルが笑いながら新参の大男を見上げる。

「説明が足りなかった。エブラハラはよそ者を怖れないのか? カブは平気なのか?」

「それか。怖がっていたら何も進まない。流行してから対策すればいい。将軍の方針だ。……慣れてくると顔を覆った連中が滑稽に見えてくる。そうは言っても遠征の際は警戒すべきだな」

「なるほどね。参考になったよ、ありがとう」

 ここはよその村と違うなと、カツラはあらためて感じた。もしかしたら……命の価値が他所より低いのかも。俺はそんなところに潜りこんでしまったのか?

「夜になったらジライヤにマーキングをする」
 パセル群長が言う。

「そりゃなんだ?」
「腕に刺青を入れてもらう。エブラハラの男である証だ。逃れられない証だ」
「楽しそうだな」

 ここは一筋縄ではいかないぞ。ユートピアへの潜入を果たしたカツラは心で呟いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み