097 侵入者

文字数 2,195文字

「なぜそう思った?」ハシバミが尋ねる。

「吠えないから」
 ゴセントも戻ってきて素気なく告げる。ランプの灯りを消して「僕は、あの犬に危険を感じない。でも僕だって何度も腹を壊した」

 ハシバミは考える。野犬ならば問題ない。(精神的に)たくましくなったツユクサも、もはや狙われないだろう。でもエブラハラの飼い犬だったら厄介だ。なぜならば怖いのは犬じゃないから。

「武装して待機。コウリンとアコンは荷物をまとめて。ツユクサとゴセントと僕で見てくる」

 ハシバミは弓と槍を手に立ちあがる。

 ***

「あの犬はキツネを追っていた。ここで僕とツユクサと鉢合わせた。さっと切り返して去っていった」
 アスファルトの道への分岐でゴセントが言う。

「二人とも肩を貸して」

 ハシバミは並んだ小柄な二人の肩に手を乗せる。そこから木の枝へと体を持ち上げる。
 四メートル上から眺めれば、街道らしき場所に明かりが見えた。しかも五つ。

「最低五人が暗くなっても行動している。それをみんなに報告してきて」

「親方。そいつらはこちらに向かっているの?」
 ツユクサが緊張した声をだす。

「そんな気配はする。明かりも消すように伝えて」

 弟とツユクサが月明かりだけでサイト地へと戻る。
 ハシバミは樹上から灯火の観察を続ける。人の声は届かない。犬の吠え声もしない。でも明らかにこちらに近づいている。藪の中で見え隠れする。

「まいったな」

 ハシバミは木から飛び降りる。みんなのもとへと急ぐ。

 *

「彼らがやってくる理由は、ミカヅキがここに着地したからに決まっている」
 クロイミがやけに冷静に告げる。こうなることが分かっていたかのようにだ。
「ユドノぐらい賢い犬ならば、飼い主に人がいると教えようとする。でも犬は人の言葉を話せない。人も犬の言葉が分からない。だからまだ安全だ。笛など鳴らさずに落ち着いて判断できるゴセントが番でよかった」

「エブラハラからかな?」ハシバミの問いに。

「峠の砦からだと思うけど、友好的であるはずない。夜に来るのは、奴らは自信があるからだ。やっぱりここは将軍の土地だ」

「まいったな」

 ハシバミは頭を掻く。息を潜めようが、十一人に気づかぬ者のが少ないだろう。朝になれば確実に僕たちの存在を知られてしまう。空飛ぶ飛行機と関連付けられる。
 それだけならまだましだ。逃げたところで追跡されて水舟丘陵の存在が露見する。でも逃げないと戦闘になる。銃を持つ五人とだ。えぐられたような太ももの痛みはまだ消えない。

 ならば先んじて襲撃して口をふさぐ。いや僕たちは人殺しではない。でも僕はすでに人を――

 がさがさと藪を漕ぎながら、ランプの灯りがすぐ横を通り過ぎていった。ハシバミは何が起きたか一瞬判断できなかった。

「いまのは誰だ?」ようやく尋ねる。

「カツラっぽい」
 ゴセントが驚いたように答える。「接触しようとしているのかも」

「侵入者を私たちから遠ざけるためにか? ならば私も加勢しよう」
 シロガネもやってきた。

「ふざけるなよ」
 ハシバミが毒づく。「呼び寄せるだけだ。カツラが愚かすぎる」

 そもそも侵入者は僕たちだ。銃を突きつけられたらどうする? 傷つくか捕まるかのどちらかだ。カツラはもう見えない。人の声もしない。暗闇と虫の鳴き声だけ。
 しばらくして銃声が聞こえた。続いて悲鳴も聞こえた。すぐに静かになる。

「ああデンキ様」
 ツヅミグサが地団駄を踏む。

「ハシバミ。私は行く。間に合わないとしてもだ」
 シロガネがランプに火を灯そうとする。

「待機だ」
「それだとカツラが」
「駄目だ。従え」

 ハシバミはきっぱり告げたあとに矢筒を肩からおろす。矢の先にトリカブトの粘液をつける……五人ならば五本。傷つけるだけでいい。ひと晩苦しみエブラハラには戻れない。仲間のためならば、あの物語の帽子の男になってやる。僕たちが死ぬのは終わりの前だ。

 しばらくして藪を掻き分ける音が近づいてきた。

「誰だ」

 ハシバミは矢をつがえながら言う。この距離ならば銃だろうと相討ちだ。どちらか生き延びるならば、間違いなく僕だ。

「俺だ」
 カツラが藪から転がるように出てきた。「きっと大丈夫だ」と息を整えながら言う。

「悲鳴が聞こえた。君は怪我したのでは……撃たれたのではないか?」
 ブルーミーがまごついたように言う。

「してない。元気なままだ」
 カツラが手を横にひろげる。「ははは、さっきよりも元気だ。さあ急ごうぜ。道で陣を敷こう」

「黙っていろ」
 ハシバミがカツラのもとへと歩む。「君の自殺行為で僕もみんなも混乱したままだ。これまでに愚かな行為を何度も見た。でもこれ以上に馬鹿げたものを知らない」

「全員そろったよお。忘れ物もたぶんない」
 コウリンが空気を読まずにベロニカとともに現れる。

「ハシバミ。カツラの言ったとおりにしよう。道へと向かおう」
 ゴセントが進言する。「もちろん湖のほとりに戻ってもいい。でも動かないと、みんながまいってくる」

 まいっているのは僕だよ。長であるのに状況をまったく把握できない。

「わかったよ。道へ登ろう」
 ハシバミは、ベロニカからリュックサックを受け取りながら言う。「カツラが先頭だ。しんがりはゴセント……矢を三本預けておく。液はあとで器に戻すから気をつけて扱って」

 一列縦隊になった十一人。照らす月はまだ登らない。誰もが黙ったままだから、ダムの反対側の鹿の鳴き声さえ聞こえた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み