043 支配する立場

文字数 1,960文字

「縫っただと?」
 民家の入り口前に転がされた男が本気の面で驚嘆している。「仲間になれ。あいつを殺したことなど許す」

「将軍は強い戦士を求めている。喜んで受けいれられる」

 もう一人も喘ぐように言う。先ほどよりも目も鼻も腫れている。さらに殴られたようだがハシバミが命じたのだから仕方ない。

 ハシバミはそれに答えずにゴセントへ尋ねる。
「こいつらが霧の正体か?」

「僕は震えるだけだった。霧を断ち切ったのは君だ。それでも言わせてもらえるならば、濃くて黒い霧はさらに立ち籠めた。この村ではない。僕らにだ」
「……ふうん」

 もう少し勇ましい言葉が欲しかった。部屋の奥からカツラのうめき声がする。コウリンと村の年配の女性に看病させている。外ではアコンとベロニカが見張りをしている。
 日差しは強いけど、スズメたちは畑の上を遊ぶように飛んでいる。ひなのために虫を取っているならば、あいつらこそ必至だ。僕らほどに懸命だ。でも、これからすべきことはふたつだけ。カツラの回復を待つ。それと真相を知ること。

「バオチュンファさん。クロイミが彼らから一通り聞いた。村を代表してあなたの口から聞きたい」

「いまさら何をだね」

「人を害せず、人に害されず――。僕たちは人扱いされていなかったみたいだね」

 ハシバミの言葉にバオチュンファは黙りこむ。

「それでもカツラが治るまでは、この村に居させてもらう」
 シロガネがカツラの長刀を布にくるみながら言う。「ルールは私たちが決める」

「銃は三つ。弾は百個。三人で百人倒せる」

 ツヅミグサが、これ見よがしに黒光りする短銃を弄ぶ。
 昔の武器を再利用。トリガーと安全装置。油。薬きょう。
 クロイミは、言い渋る男たちの断片的な言葉から仕組みを理解したようだ。弾は石炭というものを燃やして作る。その弾は抜いてあるから、いまの銃は危険ではない。それを知っているのは僕たちだけ。

「ならば私は必要でない。君たちにお任せます」

 バオチュンファが立ち去ろうとする。ハシバミは引き留めない。村へ登る後ろ姿も見送らない。

「これは何だっけ? 紙に包んで燃やすらしいが」
 サジーは、薬草をいぶしたものを入れた容器を持っていた。

「た、煙草だ。将軍が褒美で配るものだ」
 男たちは巨漢の黒人であるサジーを畏怖している。「昔の人間はそれを吸って肺を鍛えた。カブに勝てるようになるらしいが、眉唾だ。臭いし息が切れるから俺は吸わん。古い連中はそんなのを吸っていたから滅びたんだ」

「彼らの村の名はエブラハラ」
 クロイミが好奇心の結果を伝えてくる。「そこでは紙を作れるらしい。漉くと言ったかな。でも文字を読めない人がほとんどだって。この人たちは村の出身じゃないから当然無学。僕たちでもまじめに勉強したのは、僕とハシバミぐらいだけどね」

 俺だって読めるとツヅミグサが言う。昼が近づき気温が上がる。五月だから当然だ。今年の梅雨はいつからだろう。

「言ったと思うけど、僕たちは君らを吊るさない。首も並べない」
 ハシバミが裸で縛られたままの男たちに告げる。「だから教えて欲しい。将軍は大きい村を見つけたのか? 丘のすぐ下に川が流れる村。そこを襲おうとしているのか?」

「俺たちは八百人もいる。そして俺たちは上士でもない。情報など入るはずない」
 殴られていない男が言う。「女や子供を入れれば三千人を超えるがな。それでも文明を取りもどすには、エブラハラは小さすぎるとさ。戦士が――若い男が常に足りない。お前たちは優遇される。女を選び放題だ。ユートピアだぜ」

「ユートピア? それって何ですか?」ツユクサが尋ねる。

「お前みたいなかわいいおチビちゃんも襲われずに、逆に女の子を襲える世界だよ!」
 殴られ過ぎた男が叫ぶ。「ハマナス、こいつらの目を見ろよ。どうせこいつらはそそのかす。俺たちは殺される。媚びるな、あきらめろ。あっちの世界で、こいつらを陰麓の黒屍の手下に紹介するだけだ」

「そいつを蹴るなよ」
 ハシバミはみんなに言う。「……ツユクサがさっき言っていたことを思いだした。カツラが撃たれたとき、バオチュンファが何か言ったよね?」

「ええハシバミ。銃の音がして僕はまっさきに動いた。かわいそうなカツラ――」
「そこはいい。するとバオチュンファが?」
「あの人は言った。『誰かが撃たれた。だが、そいつは見捨てろ。抵抗するなとハシバミに伝えろ。お前たちは丘でもどこでも行くがいい。そこで口をつぐんで、鹿を襲って生きていろ』」
「殺してやる」

 地の底からのような喘ぎ声がした。血にまみれた衣服のままでカツラがよろよろと部屋から出てきた。コウリンが持っていた槍を支えにしている。

「殺してやる」

 カツラが繰り返す。誰もがすくみあがる。その顔は、古い町の悪鬼どころか黒屍の手下さえ逃げだすほどに恐ろしかった。
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