030 友好的接触

文字数 2,043文字

「昔は巨大な堤で暴れを防いだそうです。それが直されることなく川はさらに凶暴になり、平原は泥と石に埋まりました。そう聞いています」

 岩で囲まれた乳白色の湯の中で、バオチュンファが上半身を雨に当てながら語る。

「この島国は掟に基づき形だけでも戦から中立していました。それは恨まれもして称えられもしたそうです。私たちの祖先は大きい国からここへ逃げてきたと伝えられてます。そこは戦で消滅しました。放射能(ファンシェアシン)というカブよりも恐ろしきものを用いた国があったそうです。その国も砂漠になったと聞きます」

「昔話にでてくるミサイルのことかな? この国の大きい町も地震とそれで消えた。アイオイ親方は熊がいるような場所にいたから助かった」

 クロイミは顔を真っ赤にしながらも、年長の男の話に聞き入っている。ハシバミも興味深く聞いていたけど、さすがに我慢できない。

「僕もでます」と温泉から抜けだす。
 これで湯に残っているのは、クロイミとコウリンと三人の村の民だけ。

「たしかに肌がつるつるする。君たちも入りなよ」
「もちろん。風呂だ、風呂だ!」

 ハシバミと入れ替わりに、槍を持っていたアコンとベロニカが服を脱ぐ。ツヅミグサも脱ぐなり飛びこみ「あちー」と悲鳴をあげる。武装しなおしたサジーたちが笑う。
 雨はまだ降り続いている。着替えは荷物と一緒に置いてきたから、ハシバミは濡れて匂う服をまた着る。着替えもどうせびしょ濡れだろうし。穴の開いていないビニール袋が欲しいな。

「ゴセントも入ればいいのに」まだピンク色の肌のツユクサが言う。
「僕はいい」ゴセントはそれだけ言う。

 ***

 肌と髪だけ清潔になったハシバミたちは、村に案内される。傾斜がきつい丘の九十九折れのアスファルトの残骸。昔の集落を再利用した村。廃墟がそのまま残っていたりするが、木造のみすぼらしい家のが目立つ。畑はあちこちに作られていた。麦、芋、麦、芋、蕎麦……知らないものも植えられている。

「意外にでかい村だな」カツラがひそりと言う。
「でも人の気配が少ない」シロガネが周囲を見わたす。
「女の子の気配もね」ツヅミグサが付け足す。
「その話題はやめておけ」ハシバミがきつく言う。ここまではうまくやっているのだから。

「こちらにどうぞ」

 十一人は、案内の若者に連れてこられた建造物を見上げる。鉄筋コンクリート製の四角い巨大建造物。玄関や窓とかは割れている。中は暗闇。

「ずっと昔からホテルと呼ばれているってさ。意味は知らない」
 若者が入口のランプを灯す。

 十一人は緊張しながら一列に廊下を歩く。先頭はハシバミ。最後尾はサジー。
 バイキング会場であったかもしれない大広間は畳でも木造でもなかったから、いまだ清潔に利用できた。男性と女性が、彼らを立ったままで待っていた。
 男は三十歳ぐらいで顔半分を隠している。女性も布で口鼻を覆っているから年齢が分かりづらいが目もとは綺麗だ。バオチュンファはいない。

「僕はハシバミ。あなたは長ではないですね?」
 4メートルほど距離を開けてハシバミが尋ねる。違うに決まっている。不用心過ぎる。「まずは挨拶に行きたい。全員とは言わない。僕とツユクサだけでもいい」

「ハシバミがグループの長ですか?」男は質問で返す。

「僕たちは村を逃げだして、これだけの人数しかいない。僕と弟が言い出しことだから、ここまでは僕が中心に引っ張ってきた。でも、長なんて存在ではない」

「私たちの村も同様です。長はいない。責任者もいない。それぞれが責任を果たす。君たちを見つけたのはバオチュンファで、連れてこようと提案したのもバオチュンファだ。だから彼が責任を果たした。そして君たちを案内するのは私の責任だ」

「統率する者がいない村などあるはずない」

 弟のぼそりとした声がずっと後ろから聞こえた。意に介せずに男がハシバミたちへと寄ってくる。

「私はヤイチゴ。祖父の母国の言葉だとツァオメイ。妻はファウメイ=ツィング。ガビチョウのさえずりという意味らしい」

 紹介された女が会釈して、ハシバミたちの横をすり抜けて室外に去る。いい匂いがして、何人かが露骨に目で追う。ヤイチゴが咳ばらいをする。

「君たちは遠くから来たと聞いている。さぞ疲れているだろう。この部屋は広すぎるかもしれないが、よろしければ使ってくれ。仲間で固まっていれば心配も少なくて済むだろう」

 そう言うとヤイチゴはハシバミへと手を差しだす。握手に躊躇したハシバミを見て、ヤイチゴは手を戻す。

「食事もしばらくは分けてあげよう。――条件はひとつだけ。この村の住人になること。悪い話ではないから、みんなで考えてくれ」

「村の民に? 僕らが?」ハシバミの声は裏返ってしまった。

「そうだ。とりあえずは体を休ませてくれ」

 ヤイチゴも仲間を横をすり抜けて部屋から去っていく。彼からもよい香りがした。

「君たちの荷物を林から運んでおいた」
 入れ替わりに案内の男が顔を覗かせる。「村入り口の小屋にまとめてある。ここに入れるにはびしょびしょすぎるからね」
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