074 不倶戴天
文字数 2,078文字
「エブラハラ?」
ハシバミにはキハルのほくそ笑みの意味が分からなかった。危険だけを感じた。「そこからここまではどれだけかかる?」
「山を越えるけど道の跡がある。一週間はかからないと思う」
遠くはない。
「将軍はあちこちの村を従えようとしているのだろ? さもなければ滅ぼす。ライデンボクの村も。キハルの村も」
カツラが言う。
「すべての村ではない。お爺ちゃんとも長く友好的に接していた。狙われたのは……飛行訓練を見られたから」
「将軍への捧げものがある村が襲われる」
ゴセントがまるで興味なさそうに言う。「ミカヅキ、硫黄、大量の奴隷。さもなければ交易」
「ちっぽけな僕たちだと相手にされないとでも? 僕たちが住んでいた村を滅ぼした奴らだぞ」
ハシバミが告げる。そんなところと仲良くできない。
「私は報告しただけ。どうするかは、みんなで決めて。それか参謀 と腹黒く決めて」
それからキハルは針と糸をとりだす。
「私は自分の服を(脱いで)メンテナンスするからしばらく人を来させないで。親方のもきれいに洗ってきたら、もう少し丁寧に縫ってあげる。代わりにご飯と安全をよろしく」
銃の手入れは知らなかったけど、やっぱり女の子だ。三人は家をでる。
男が狩りをするのを、女は村を維持して待つ。ユートピアだとそんな分け隔てもなくなるのだろうか。ハシバミはなぜか考える……。将軍の広大な土地に興味が湧いている。
「夕方ハチの巣でみんなで話し合おう」
ハシバミは二人に言う。
「キハルは抜きにすべきだな。浮つく奴が現れる」
カツラが言う。ゴセントが首肯する。こっちを覗いていたベロニカとアコンが顔を逸らす。
「そうだね」とハシバミも同意する。
そんなつもりはないのに、長への妬みを感じる時がある。シロガネの言った通りに、女子一人だけだとうまくない。十四家族できるだけ必要かも。
***
十四人は円を描いて座る。今日も山菜と魚のスープだった。味付けを濃くしたい。麦を食べたい。犬が来てから鹿が遠ざかった気もするし。
「そこは本当に連中の村なのか? それこそを知りたい」
ヒイラギが焚き火でサワガニを炙りなおしながら言う。ハチの巣が焼けたカニ臭くなる。
「分からない。一週間の距離も不確かだ。たどり着けないかもしれないけど、上空から案内すると言ってくれた」
食べ終えたハシバミが答える。最近は食事中も口を開くようになった。カブの心配をしなくていいほど水舟丘陵は閉ざされている。
「こっちから接するのか?」
ヤイチゴが間を置いて続ける。「君たちでも銃を持つ数人に勝てない」
「戦うわけではないにしても、そこに行く意味があるのかな」
クロイミが追随する。
「意味ならばある」
ヒイラギが全員を見まわす。「あの娘が言う町――すなわち大きい村には物資があり、さらに物資が必要だ。交易の対象になる。
奴らに私たちがいた村は滅ぼされた。だが、彼らは圧倒的な武力を持ちながら平和 を強調した。焼き討ちした私たちへの報復のさなかも、私が見た限り、蹂躙された女はいない。彼らは盗賊ではない。戦士だった」
「そりゃ端から殺せば何もできないでしょう。ヒイラギさんがなぜ奴どもの肩を持つのか分かりませんが――」
枝で歯の掃除をしていたヤイチゴが口を開く。
「肩などもつものか」
「言い方を誤りました。たしかに彼らは村の根絶やしを望んでいなかった。奴隷のためにです。それはお頭もお分かりでしょうね。関わるべきではない。むしろ避けるべきです」
「避けられると思うのか? いずれこの村も彼らに知れる。私は、空の娘が見つけた町のほとんどがクロジソ将軍の支配下だと思っている」
「ヒイラギは、僕たちも彼の傘下になるのを望んでいる?」
ハシバミがなるべく柔らかく尋ねる。
「なるものか。肉と毛皮を塩や布と交換してもらう。対等にだ。その可能性はある」
ミカヅキのことと、ハシバミは気づく。武力に対抗する武力。だがキハルの祖父の村は屈服している。
「ヒイラギさん、話を戻していいですか」
「ヤイチゴ、私に敬語を使わないでくれ。あなただけだ」
「分かりました。ヒイラギ、たしかに奴どもは掟に沿って行動した。それほどまでに将軍が恐ろしいのだろう。そして、支配した村への掟は苛烈だった。村人の所有物は奴らのもの。それには妻子も含まれていた。奴らは戦士ではない。力を持ちすぎた盗賊だ」
束の間、焚き火の音だけになった。
「いまの世では当然だと思うがな」
娘を二人殺されたヒイラギが答える。妻を奪われたヤイチゴは言い返さない。
ハシバミの予想以上に、年長者二人の議論が主になってしまった。いつもならば横槍を入れるツヅミグサや、他愛ない質問を挟むツユクサも黙ったままだ。
雨足はまた強まっている。雷もなりだした。
「明日は作業できないかもしれない。今夜はとことん話し合おう。みんなの意見を聞きたい」
ハシバミがさりげなく抜け目なく自分が長であることをアピールする。
僕は議論に口ださない。弟に聞かせるだけだ。僕の結論は決まっている。ゴセントの神託に従う。
弟はぼんやりと二人の話を聞いていた。
ハシバミにはキハルのほくそ笑みの意味が分からなかった。危険だけを感じた。「そこからここまではどれだけかかる?」
「山を越えるけど道の跡がある。一週間はかからないと思う」
遠くはない。
「将軍はあちこちの村を従えようとしているのだろ? さもなければ滅ぼす。ライデンボクの村も。キハルの村も」
カツラが言う。
「すべての村ではない。お爺ちゃんとも長く友好的に接していた。狙われたのは……飛行訓練を見られたから」
「将軍への捧げものがある村が襲われる」
ゴセントがまるで興味なさそうに言う。「ミカヅキ、硫黄、大量の奴隷。さもなければ交易」
「ちっぽけな僕たちだと相手にされないとでも? 僕たちが住んでいた村を滅ぼした奴らだぞ」
ハシバミが告げる。そんなところと仲良くできない。
「私は報告しただけ。どうするかは、みんなで決めて。それか
それからキハルは針と糸をとりだす。
「私は自分の服を(脱いで)メンテナンスするからしばらく人を来させないで。親方のもきれいに洗ってきたら、もう少し丁寧に縫ってあげる。代わりにご飯と安全をよろしく」
銃の手入れは知らなかったけど、やっぱり女の子だ。三人は家をでる。
男が狩りをするのを、女は村を維持して待つ。ユートピアだとそんな分け隔てもなくなるのだろうか。ハシバミはなぜか考える……。将軍の広大な土地に興味が湧いている。
「夕方ハチの巣でみんなで話し合おう」
ハシバミは二人に言う。
「キハルは抜きにすべきだな。浮つく奴が現れる」
カツラが言う。ゴセントが首肯する。こっちを覗いていたベロニカとアコンが顔を逸らす。
「そうだね」とハシバミも同意する。
そんなつもりはないのに、長への妬みを感じる時がある。シロガネの言った通りに、女子一人だけだとうまくない。十四家族できるだけ必要かも。
***
十四人は円を描いて座る。今日も山菜と魚のスープだった。味付けを濃くしたい。麦を食べたい。犬が来てから鹿が遠ざかった気もするし。
「そこは本当に連中の村なのか? それこそを知りたい」
ヒイラギが焚き火でサワガニを炙りなおしながら言う。ハチの巣が焼けたカニ臭くなる。
「分からない。一週間の距離も不確かだ。たどり着けないかもしれないけど、上空から案内すると言ってくれた」
食べ終えたハシバミが答える。最近は食事中も口を開くようになった。カブの心配をしなくていいほど水舟丘陵は閉ざされている。
「こっちから接するのか?」
ヤイチゴが間を置いて続ける。「君たちでも銃を持つ数人に勝てない」
「戦うわけではないにしても、そこに行く意味があるのかな」
クロイミが追随する。
「意味ならばある」
ヒイラギが全員を見まわす。「あの娘が言う町――すなわち大きい村には物資があり、さらに物資が必要だ。交易の対象になる。
奴らに私たちがいた村は滅ぼされた。だが、彼らは圧倒的な武力を持ちながら
「そりゃ端から殺せば何もできないでしょう。ヒイラギさんがなぜ奴どもの肩を持つのか分かりませんが――」
枝で歯の掃除をしていたヤイチゴが口を開く。
「肩などもつものか」
「言い方を誤りました。たしかに彼らは村の根絶やしを望んでいなかった。奴隷のためにです。それはお頭もお分かりでしょうね。関わるべきではない。むしろ避けるべきです」
「避けられると思うのか? いずれこの村も彼らに知れる。私は、空の娘が見つけた町のほとんどがクロジソ将軍の支配下だと思っている」
「ヒイラギは、僕たちも彼の傘下になるのを望んでいる?」
ハシバミがなるべく柔らかく尋ねる。
「なるものか。肉と毛皮を塩や布と交換してもらう。対等にだ。その可能性はある」
ミカヅキのことと、ハシバミは気づく。武力に対抗する武力。だがキハルの祖父の村は屈服している。
「ヒイラギさん、話を戻していいですか」
「ヤイチゴ、私に敬語を使わないでくれ。あなただけだ」
「分かりました。ヒイラギ、たしかに奴どもは掟に沿って行動した。それほどまでに将軍が恐ろしいのだろう。そして、支配した村への掟は苛烈だった。村人の所有物は奴らのもの。それには妻子も含まれていた。奴らは戦士ではない。力を持ちすぎた盗賊だ」
束の間、焚き火の音だけになった。
「いまの世では当然だと思うがな」
娘を二人殺されたヒイラギが答える。妻を奪われたヤイチゴは言い返さない。
ハシバミの予想以上に、年長者二人の議論が主になってしまった。いつもならば横槍を入れるツヅミグサや、他愛ない質問を挟むツユクサも黙ったままだ。
雨足はまた強まっている。雷もなりだした。
「明日は作業できないかもしれない。今夜はとことん話し合おう。みんなの意見を聞きたい」
ハシバミがさりげなく抜け目なく自分が長であることをアピールする。
僕は議論に口ださない。弟に聞かせるだけだ。僕の結論は決まっている。ゴセントの神託に従う。
弟はぼんやりと二人の話を聞いていた。