060 真の災いをもたらすのは
文字数 1,892文字
犬たちは夕食を遠巻きに見ていたので、何人かが熊の肉を分けてやった。こいつらは人を区別するようだ。熊を狩ったハシバミ、カツラ、シロガネの行動を常に意識している。いまは骨をしゃぶっている。
「僕たちを追った犬ではないな。もっと汚くて痩せていた」
ブルーミーが上士仲間であったシロガネに言う。
「そいつらまで来ないだろうな。ハシバミの意見に従えば、ここは犬だらけになる。俺たちの食い分も寝床もなくなるぞ」
そう言ってカツラが焚き火に枝をくべる。火に目を向けたまま「雨になりそうだ。そろそろ始めてくれ」
ヒイラギがうなずく。語り始める。
***
君たちが逃走した翌朝には四十名ほどの追跡隊が結成された。破壊された橋を発見して、そこで引き返した。ライデンボク頭領も、それ以上追わせなかった。命がけでする必要はない。ただし戻ってきた者は逮捕しろ、首謀者は見せしめにしろ。とのことだった。
若衆から大量の逃亡者。そして若者の予言。村では噂になった。盗賊が襲ってくる。地震と豪雨が同時に来る。カブ……。いつもどこかで怯えている物事より悲惨なことが起きるとは、誰も思えなかっただろう。
ヤナギさん(特権階級の重鎮)と私は、ライデンボク頭領に呼ばれた。頭領は言った。
「千里眼や占いのほとんどはペテンだ。私も何人か見たが、力が足りず別の方法で富を得たい者、ただ単純に目立ちたい者ばかりだった。連中の声に耳を傾けるのは得策ではない」
それを聞き私はうなずいた。その通りだと思った。頭領は話を続けた。
「でも、たまに、不思議な力を持つ奴が現れる。あの子どもが本物かは知らないが、さきを見ることができる者はいる。その予言通りに多くの人が死ぬだろう。病、飢餓、天災、なんでだか知らない。しかし、それを避ける道があるか? 逃げたところで、更なる災いが待っている。しかも、ここは大きな村だ。この人数が村を捨てられると思うか?
みなが力を合わせて迫りくる困難に立ち向かう。それが最善だよ。そして、この村は大きい。どんな困難にも滅びることはない」
「そもそも、その子どもが目立ちたがりかもしれないですしね。――僕は霊が見える。そんなことを言う子を、それこそよく見かけます」
現実主義者のヤナギさんが笑った。「その通りならば、この星は生者より亡者が闊歩しないとおかしい」
*
「僕のは予言なんて大げさなものではない。だけど、でっちあげでもなかった」
大きな瞳を炎に照らされながら、誰とも目を合わさずに、ゴセントがつぶやく。「いままで感じたことない恐怖と不安。カブのときも、台風のときも、感じなかったものだった。暗闇の中で悲鳴を上げるしかないような……」
「それほどの恐怖はデンキ様でも起こせない」
ヒイラギが言う。「それを作れるのは人間だけだよ。話を続けようか」
*
雨の中の昼近く、彼らが村を訪ねてきた。二艘の舟で上流から来た。二十名ほどだった。半鐘が鳴り、上士と男衆がすべて召集された。西と東で二隊に別れて待機させた。頭領から私に指示が届いた。私はニワトコたちを従えて、川へと降りた。
「俺たちはエブラハラの北部から来た。つまり荒くれ者だらけの場所からだが、平和裏に進めたい。長に面会させてくれ」
やってきた一人がビニールの合羽を着たままで言った。
その髭だらけの男の背は低くかったが、おそらくシロガネと同じ肌だったと思う。目が青かったからな。私は他の者も観察した。彼らは商人ではない。盗賊でもない。おそらく私たちと同類だ。この村でいう上士、すなわち戦士だ。
「この村は六名以上を招くことはしない。頭領がよそ者と話す機会も作らない。用件は、ここで私が聞こう」
私は当然そう答えた。村の掟だからな。
男は、その答えが戻ってくるのを知っていたかのようだった。
「ここは大きい村だな。五百人以上いる。そんな村は滅多にない」
男は話題を変えた。「でも文明を知らないだろ。俺たちの仲間になると、それを知ることができる。――おい、見せてやれ」
一人がやってきた。細長いものを持っていた。私はそれを知っていた。猟銃、もしくはライフルだ。昔の人間ならば怯えたかもしれないが、私は知っていた。もはやそれは無用の長物だ。錆びてないのか? まだ弾はあるのか? たっぷりと?
男は私の目を見て笑った。
「上質な油で手入れしなおしたものだ。そして弾は腐るほどある」
男が向こう岸へと銃を構える。雷が鳴った。枝が二つ落ちて川へと流れていった。
「ここでキャンプをさせてもらう。明日の正午に丘を登る。それまでに長に会わせろ」
最初の男が言った。「俺たちは平和を望んでいる」
「僕たちを追った犬ではないな。もっと汚くて痩せていた」
ブルーミーが上士仲間であったシロガネに言う。
「そいつらまで来ないだろうな。ハシバミの意見に従えば、ここは犬だらけになる。俺たちの食い分も寝床もなくなるぞ」
そう言ってカツラが焚き火に枝をくべる。火に目を向けたまま「雨になりそうだ。そろそろ始めてくれ」
ヒイラギがうなずく。語り始める。
***
君たちが逃走した翌朝には四十名ほどの追跡隊が結成された。破壊された橋を発見して、そこで引き返した。ライデンボク頭領も、それ以上追わせなかった。命がけでする必要はない。ただし戻ってきた者は逮捕しろ、首謀者は見せしめにしろ。とのことだった。
若衆から大量の逃亡者。そして若者の予言。村では噂になった。盗賊が襲ってくる。地震と豪雨が同時に来る。カブ……。いつもどこかで怯えている物事より悲惨なことが起きるとは、誰も思えなかっただろう。
ヤナギさん(特権階級の重鎮)と私は、ライデンボク頭領に呼ばれた。頭領は言った。
「千里眼や占いのほとんどはペテンだ。私も何人か見たが、力が足りず別の方法で富を得たい者、ただ単純に目立ちたい者ばかりだった。連中の声に耳を傾けるのは得策ではない」
それを聞き私はうなずいた。その通りだと思った。頭領は話を続けた。
「でも、たまに、不思議な力を持つ奴が現れる。あの子どもが本物かは知らないが、さきを見ることができる者はいる。その予言通りに多くの人が死ぬだろう。病、飢餓、天災、なんでだか知らない。しかし、それを避ける道があるか? 逃げたところで、更なる災いが待っている。しかも、ここは大きな村だ。この人数が村を捨てられると思うか?
みなが力を合わせて迫りくる困難に立ち向かう。それが最善だよ。そして、この村は大きい。どんな困難にも滅びることはない」
「そもそも、その子どもが目立ちたがりかもしれないですしね。――僕は霊が見える。そんなことを言う子を、それこそよく見かけます」
現実主義者のヤナギさんが笑った。「その通りならば、この星は生者より亡者が闊歩しないとおかしい」
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「僕のは予言なんて大げさなものではない。だけど、でっちあげでもなかった」
大きな瞳を炎に照らされながら、誰とも目を合わさずに、ゴセントがつぶやく。「いままで感じたことない恐怖と不安。カブのときも、台風のときも、感じなかったものだった。暗闇の中で悲鳴を上げるしかないような……」
「それほどの恐怖はデンキ様でも起こせない」
ヒイラギが言う。「それを作れるのは人間だけだよ。話を続けようか」
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雨の中の昼近く、彼らが村を訪ねてきた。二艘の舟で上流から来た。二十名ほどだった。半鐘が鳴り、上士と男衆がすべて召集された。西と東で二隊に別れて待機させた。頭領から私に指示が届いた。私はニワトコたちを従えて、川へと降りた。
「俺たちはエブラハラの北部から来た。つまり荒くれ者だらけの場所からだが、平和裏に進めたい。長に面会させてくれ」
やってきた一人がビニールの合羽を着たままで言った。
その髭だらけの男の背は低くかったが、おそらくシロガネと同じ肌だったと思う。目が青かったからな。私は他の者も観察した。彼らは商人ではない。盗賊でもない。おそらく私たちと同類だ。この村でいう上士、すなわち戦士だ。
「この村は六名以上を招くことはしない。頭領がよそ者と話す機会も作らない。用件は、ここで私が聞こう」
私は当然そう答えた。村の掟だからな。
男は、その答えが戻ってくるのを知っていたかのようだった。
「ここは大きい村だな。五百人以上いる。そんな村は滅多にない」
男は話題を変えた。「でも文明を知らないだろ。俺たちの仲間になると、それを知ることができる。――おい、見せてやれ」
一人がやってきた。細長いものを持っていた。私はそれを知っていた。猟銃、もしくはライフルだ。昔の人間ならば怯えたかもしれないが、私は知っていた。もはやそれは無用の長物だ。錆びてないのか? まだ弾はあるのか? たっぷりと?
男は私の目を見て笑った。
「上質な油で手入れしなおしたものだ。そして弾は腐るほどある」
男が向こう岸へと銃を構える。雷が鳴った。枝が二つ落ちて川へと流れていった。
「ここでキャンプをさせてもらう。明日の正午に丘を登る。それまでに長に会わせろ」
最初の男が言った。「俺たちは平和を望んでいる」