065 アイオイ親方の尋問の物語
文字数 2,136文字
ヤイチゴとサジーも器をコンクリートに置く。エントランス前での静かな食事が終わった。
「昨夜ツヅミグサから、ヤイチゴがいた村の話やアイオイ親方の物語を聞かせてもらった。それでこの話を思いだしたんだ。爺さんから聞いたもので、アイオイ親方が平地から抜けだしたあとのことだ」
ブルーミーが語りだす。
***
アイオイ親方たちは大きな台地に村を作った。そこには古い大きな村があったから、横着な親方はそれを使いまわした。新しい村は賑やかで、亡霊たちは三日でいなくなった。連中はうるさいのが苦手なんだ。この村も牛がいて犬もいれば亡霊はとても――お頭、もう脱線しませんから心配なさらずに。
親方の村は、形だけ西の王子様に従っていた。
「王子様。私たちの村は貧しすぎます。ずっと貧しいままかもしれません」
そう言って親方は奴隷も貢物も差しださなかった。王子様は気にいらなかった。なので監視を続けた。
ある日、西の王子様が若者を連れてきた。ひょろりと背高く白い肌、茶色い髪をしていた……。えーと、シロガネが気を害す話かもな。平気? ならば続けるよ。
「アイオイひさしぶりだな。私には村が着々と繁栄しているように見える」
「これでですか! 冬に餓死者が出るかどうかの瀬戸際ですよ」
「ほんまかいな! 冬まで耐えられるとは、いまの世では充分すぎるぞ。知っているだろうが、裕福な村からは奴隷と食料を徴収する」
村人たちが鍬などの農具を持ってアイオイ親方の後ろに集まってきた。王子様をにらむ。
こんな村滅ぼしてやろうかと王子様は思った。そしたら何も手に入らない。
「私も薄情ではない。秋まで待とう。それまでは、お前は上士頭と行動を共にしてはいけない。謀反の恐れがあるからだ」
王子様が言う上士頭とはミブハヤトルのことだ。彼がいるから親方の悪だくみが成功するのを、王子様は知っていた。
続いて王子様は従者を親方に紹介した。
「この若者は遠くから来て身寄りのない者だ。カンサと呼んでいる。彼を村に住まわせろ。そしてカンサは見張りだ。彼から私に報告が届くからおとなしくするようにな」
白い肌で青い目の若者を置いて、西の王子様は西に帰られた。
やれやれと、アイオイ親方はため息をついた。
「カンサです。私は、この国の言葉が少し苦手です」
灌木のように痩せた若者が自己紹介した。
「家族は?」
「死にました。私は、もっと寒い島から来ました。そこは嵐の終着地です。春と秋がなくなり作物が育たず、みんな飢え死にました」
親方は不憫に思った。
「一緒に畑を耕そう」
親方がカンサの肩を叩く。
でもカンサは働かなかった。親方の後をつきまとうだけだった。夜も親方の家で寝た。
「私は監査です。王子様に報告することが義務です」
若いカンサが気丈に言うけど、ひとりのときに異国の言葉で泣いているのを親方は知っていた。だから邪険にできなかった。もちろん追いだしたりしたら、それこそ西の王子様に攻められるだけだ。
夏の日の夕暮れ、ひさしぶりに親方は一人になれた。そうなると逆に気になる。カンサを探すと、彼は紙を持って畑を巡っていた。
「収穫高を計算しているのです。どれだけ王子様に献上できるか決めるのです。村人が死なない分は残しておきますね」
親方は母親に似て目がよかった。その数字を盗み見て、カンサが離れた畑に行ったすきに、ミブハヤトルに報告する。
「まずいですよ。王子には半分以下で報告しています」
親方より年長のミブハヤトルが腕を組む。「しかも王子はこの村に向かっているらしい」
「そうです。王子は明日ここに来られます」
知らぬ間に背後にカンサがいた。「あなたたちが会っていたことも含めて、しっかりと報告させていただきます」
こんな奴、いまだったら吊るしているよな。でも西の王子様は絶頂で、この島すべてを支配するほどだった。カンサがカブで死んでもアイオイ親方の責任になり、村が滅ぼされかねなかった。
翌日。親方は西の王子様を出迎えた。
「アイオイ。私が来たのはだな、この近くに砦を築く必要ができたからだ。カンサの情報をもとに、この村からも人員をだしてもらいたい」
「それがその王子様」
カンサが面目なさげに言う。「私が計算した資料がヤギに喰われてしまいました。なので数日お待ちください」
カンサが親方をにらむ。ヤギというのは牛の仲間で貴重な紙が食料だったから、それが無くなると同時に絶滅した。この辺りでヤギを飼っていたのはアイオイ親方だけだった。
「紙を見せて歩けばヤギは我慢できません。それより王子様。砦はどこに築かれるのですか? 私もぜひ見たいです」
親方は王子様とともに古い町へと降りる。……ここに砦だと? 奴隷は何人必要だ? 奴隷は何人病死する?
その夜、親方は倒木だらけの林にいく。秘密の場所でミブハヤトルと遅くまで話し合った。
「よし。その作戦で行こう」
アイオイ親方がにやりと笑った。「それに俺の悪だくみを加える」
ミブハヤトルがぎくりとした。
***
ブルーミーが水を飲みひと息つく。こいつは歌うように話せないけど、面白みのある話振りだ。楽しい話がこいつの性にあっているな。
仕事を始めさせる時間だろうけど、ハシバミは彼の物語の続きを待った。
「昨夜ツヅミグサから、ヤイチゴがいた村の話やアイオイ親方の物語を聞かせてもらった。それでこの話を思いだしたんだ。爺さんから聞いたもので、アイオイ親方が平地から抜けだしたあとのことだ」
ブルーミーが語りだす。
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アイオイ親方たちは大きな台地に村を作った。そこには古い大きな村があったから、横着な親方はそれを使いまわした。新しい村は賑やかで、亡霊たちは三日でいなくなった。連中はうるさいのが苦手なんだ。この村も牛がいて犬もいれば亡霊はとても――お頭、もう脱線しませんから心配なさらずに。
親方の村は、形だけ西の王子様に従っていた。
「王子様。私たちの村は貧しすぎます。ずっと貧しいままかもしれません」
そう言って親方は奴隷も貢物も差しださなかった。王子様は気にいらなかった。なので監視を続けた。
ある日、西の王子様が若者を連れてきた。ひょろりと背高く白い肌、茶色い髪をしていた……。えーと、シロガネが気を害す話かもな。平気? ならば続けるよ。
「アイオイひさしぶりだな。私には村が着々と繁栄しているように見える」
「これでですか! 冬に餓死者が出るかどうかの瀬戸際ですよ」
「ほんまかいな! 冬まで耐えられるとは、いまの世では充分すぎるぞ。知っているだろうが、裕福な村からは奴隷と食料を徴収する」
村人たちが鍬などの農具を持ってアイオイ親方の後ろに集まってきた。王子様をにらむ。
こんな村滅ぼしてやろうかと王子様は思った。そしたら何も手に入らない。
「私も薄情ではない。秋まで待とう。それまでは、お前は上士頭と行動を共にしてはいけない。謀反の恐れがあるからだ」
王子様が言う上士頭とはミブハヤトルのことだ。彼がいるから親方の悪だくみが成功するのを、王子様は知っていた。
続いて王子様は従者を親方に紹介した。
「この若者は遠くから来て身寄りのない者だ。カンサと呼んでいる。彼を村に住まわせろ。そしてカンサは見張りだ。彼から私に報告が届くからおとなしくするようにな」
白い肌で青い目の若者を置いて、西の王子様は西に帰られた。
やれやれと、アイオイ親方はため息をついた。
「カンサです。私は、この国の言葉が少し苦手です」
灌木のように痩せた若者が自己紹介した。
「家族は?」
「死にました。私は、もっと寒い島から来ました。そこは嵐の終着地です。春と秋がなくなり作物が育たず、みんな飢え死にました」
親方は不憫に思った。
「一緒に畑を耕そう」
親方がカンサの肩を叩く。
でもカンサは働かなかった。親方の後をつきまとうだけだった。夜も親方の家で寝た。
「私は監査です。王子様に報告することが義務です」
若いカンサが気丈に言うけど、ひとりのときに異国の言葉で泣いているのを親方は知っていた。だから邪険にできなかった。もちろん追いだしたりしたら、それこそ西の王子様に攻められるだけだ。
夏の日の夕暮れ、ひさしぶりに親方は一人になれた。そうなると逆に気になる。カンサを探すと、彼は紙を持って畑を巡っていた。
「収穫高を計算しているのです。どれだけ王子様に献上できるか決めるのです。村人が死なない分は残しておきますね」
親方は母親に似て目がよかった。その数字を盗み見て、カンサが離れた畑に行ったすきに、ミブハヤトルに報告する。
「まずいですよ。王子には半分以下で報告しています」
親方より年長のミブハヤトルが腕を組む。「しかも王子はこの村に向かっているらしい」
「そうです。王子は明日ここに来られます」
知らぬ間に背後にカンサがいた。「あなたたちが会っていたことも含めて、しっかりと報告させていただきます」
こんな奴、いまだったら吊るしているよな。でも西の王子様は絶頂で、この島すべてを支配するほどだった。カンサがカブで死んでもアイオイ親方の責任になり、村が滅ぼされかねなかった。
翌日。親方は西の王子様を出迎えた。
「アイオイ。私が来たのはだな、この近くに砦を築く必要ができたからだ。カンサの情報をもとに、この村からも人員をだしてもらいたい」
「それがその王子様」
カンサが面目なさげに言う。「私が計算した資料がヤギに喰われてしまいました。なので数日お待ちください」
カンサが親方をにらむ。ヤギというのは牛の仲間で貴重な紙が食料だったから、それが無くなると同時に絶滅した。この辺りでヤギを飼っていたのはアイオイ親方だけだった。
「紙を見せて歩けばヤギは我慢できません。それより王子様。砦はどこに築かれるのですか? 私もぜひ見たいです」
親方は王子様とともに古い町へと降りる。……ここに砦だと? 奴隷は何人必要だ? 奴隷は何人病死する?
その夜、親方は倒木だらけの林にいく。秘密の場所でミブハヤトルと遅くまで話し合った。
「よし。その作戦で行こう」
アイオイ親方がにやりと笑った。「それに俺の悪だくみを加える」
ミブハヤトルがぎくりとした。
***
ブルーミーが水を飲みひと息つく。こいつは歌うように話せないけど、面白みのある話振りだ。楽しい話がこいつの性にあっているな。
仕事を始めさせる時間だろうけど、ハシバミは彼の物語の続きを待った。