041 捕囚
文字数 2,063文字
温泉脇の小屋の前に、十人がいた。七人はライデンボクの村から逃げだした若者。二人は捕らえられた男。一人はこの村のヤイチゴ。本人と引き換えに、ヤイチゴの妻ともう一人の女性は村に戻された。
「あった。軟膏だあ」
コウリンが、男たちが携帯した小荷物からプラスチック容器を取りだす。「持ち歩いているわけだし、包帯と一緒の袋だから薬だよ。釣り糸とお酒もあったから持っていくよお」
「頼んだよ。ツユクサもコウリンと一緒にカツラのもとに行ってくれ。そしてクロイミを呼んできて」
そう言って、ハシバミはようやく弓を下ろす。毒矢を泥に突き刺す。「死体の横の茂みに赤い羽根の矢がある。気をつけて回収しといて」
「任せて」
二人は槍を手に道を登る。ハシバミ自身もカツラのもとに行きたいけど、捕らわれたこいつらがいる。融通の利かないシロガネが仕切るのは不安だ。
「山に仲間がいる」
全裸のまま後ろ手に縛られた男が必死に言う。腕に刺青を入れている。シンプルな二重丸。
「十人だ。全員が銃を持っている。お前らは皆殺しだ」
もう一人が腫れた目で笑う。こちらは縛られるのに抵抗したため、温泉に顔を突っこまれたりと痛い目に遭った。こいつも同じ場所に同じ刺青。
「同じセリフばかりでうるさいけど事実かな?」
ハシバミはヤイチゴに尋ねる。
「正直に言おう。本当だ。だが私たちが教えない限り、彼らは知りようがない」
「霧」ゴセントがつぶやく。「なぜ山から降りてこない?」
たしかに三人だけ村に来て、残りが劣悪な環境に留まる理由が分からない。僕たちだったら、それこそみんなで温泉につかりホテルで休む。
「監視のために決まっているだろ」
転がされた男が会話に割りこむ。「……何も知らないのか?」
ハシバミはため息をつきかける。指摘されるまでもなく何も知らない。
「おい。これの撃ち方を教えろ」
ベロニカが短銃を手にして歩いてきた。
「よ、よせ。こっちに向けるな。……頼むからやめてくれ」
男たちの悲鳴を聞いて、ベロニカは笑いながらさらに近寄る。
「芋虫みたいだな」
逃れようとする一人をアコンが槍でつつく。
「ベロニカ、やめたほうがいい。クロイミが確認してからだ」
それからハシバミは転がる男たちを再び見おろす。「仲間のもとに戻りたいならば、ここへ何をしに来たのかを教えろ。そして、この村が僕たちを歓迎した理由もだ」
「それは……」ヤイチゴが口ごもる。
「俺たちが来たわけは、硫黄の受け取り。それを牛と一緒に運ばせるため、村人を男女二人ずつ連れ帰るためだ。この村の連中は、お前たちを身代わりにしようとした」
腫れてない面の男が必死に言う。
「違う。この村を立て直すために彼らが必要だった。ハシバミ君、信じてくれ」
どっちの言葉を信じるかと言えば、男たちだ。バオチュンファたちは僕たちを売ろうとした。
「硫黄とは何だ?」シロガネが尋ねる。
「この温泉の匂いのもとだ。それから火薬を作れる。それがあれば銃から弾を撃てる。爆薬も作れる」
ヤイチゴがうつむいたまま答える。
カヤクって何だ? バクヤクって何だ? 知らないことが多すぎる。
「それだけだと無理だが、俺たちに聞いても無駄だ。作り方は知らない。教えられるはずがない」
顔を腫らした男が笑う。
こんな問答に意味があるだろうかと、ハシバミは思う。あるに決まっている。でも、それよりも大事なのは、僕たちに必要なのは、なによりもカツラの命だ。
「やっぱり僕もカツラの傷を見にいく。クロイミが来るから、尋問はあいつに任せる。聞きだすために手荒く扱っていい」
それからハシバミは赤い羽根の矢を泥から引き抜く。
「お前たちは若いのに肝が据わっている。俺たちの仲間になれ。将軍にお目通しが叶うまで、対等に扱ってやる。この村の用心棒よりは、いい話だと思うけどな。
なあヤイチゴ、この村は滅びるぜ。とびきり惨忍にな」
「僕たちの村と同じにか?」
アコンが暗い目を向ける。「五人に一人しか生き延びなかった」
「お、脅すのは俺たちだ。これ以上俺たちのどちらかを痛めつけたら――」
「心配するな。僕たちはお前たちを殺さない」
ハシバミはそれだけ言ってまた坂道を登る。
*
弓を構えながらゆっくり歩く。村の気配にびくびくしながら、クロイミがやってきた。
「静かすぎて怖いよ。誰もいないみたい」
クロイミが立ち止まり言う。「カツラはずっと歩けないかもしれない」
クロイミらしい遠回しな言い方。
「それを決めるのはカツラだよ」
ハシバミもちょっとだけ立ちどまる。
「クロイミが必要と感じたことをすべて聞きだしてほしい。ゴセントが感じたこともだ。口が堅いならば、ベロニカたちに手伝って もらえ。――まずは奴らにこう伝えて。お前たちの荷物はすべていただく。だけど、僕たち はお前たちの命を奪わない」
殺すか生かすか決めるのは、この村だ。ハシバミは村を抜けて丘を下る。カツラが歩けなければ、この村に滞在しないとならない。その時間が長いほど、きっと僕たちは死に近づく。盗賊まがいな行為を命じたことを恥じるどころでない。
「あった。軟膏だあ」
コウリンが、男たちが携帯した小荷物からプラスチック容器を取りだす。「持ち歩いているわけだし、包帯と一緒の袋だから薬だよ。釣り糸とお酒もあったから持っていくよお」
「頼んだよ。ツユクサもコウリンと一緒にカツラのもとに行ってくれ。そしてクロイミを呼んできて」
そう言って、ハシバミはようやく弓を下ろす。毒矢を泥に突き刺す。「死体の横の茂みに赤い羽根の矢がある。気をつけて回収しといて」
「任せて」
二人は槍を手に道を登る。ハシバミ自身もカツラのもとに行きたいけど、捕らわれたこいつらがいる。融通の利かないシロガネが仕切るのは不安だ。
「山に仲間がいる」
全裸のまま後ろ手に縛られた男が必死に言う。腕に刺青を入れている。シンプルな二重丸。
「十人だ。全員が銃を持っている。お前らは皆殺しだ」
もう一人が腫れた目で笑う。こちらは縛られるのに抵抗したため、温泉に顔を突っこまれたりと痛い目に遭った。こいつも同じ場所に同じ刺青。
「同じセリフばかりでうるさいけど事実かな?」
ハシバミはヤイチゴに尋ねる。
「正直に言おう。本当だ。だが私たちが教えない限り、彼らは知りようがない」
「霧」ゴセントがつぶやく。「なぜ山から降りてこない?」
たしかに三人だけ村に来て、残りが劣悪な環境に留まる理由が分からない。僕たちだったら、それこそみんなで温泉につかりホテルで休む。
「監視のために決まっているだろ」
転がされた男が会話に割りこむ。「……何も知らないのか?」
ハシバミはため息をつきかける。指摘されるまでもなく何も知らない。
「おい。これの撃ち方を教えろ」
ベロニカが短銃を手にして歩いてきた。
「よ、よせ。こっちに向けるな。……頼むからやめてくれ」
男たちの悲鳴を聞いて、ベロニカは笑いながらさらに近寄る。
「芋虫みたいだな」
逃れようとする一人をアコンが槍でつつく。
「ベロニカ、やめたほうがいい。クロイミが確認してからだ」
それからハシバミは転がる男たちを再び見おろす。「仲間のもとに戻りたいならば、ここへ何をしに来たのかを教えろ。そして、この村が僕たちを歓迎した理由もだ」
「それは……」ヤイチゴが口ごもる。
「俺たちが来たわけは、硫黄の受け取り。それを牛と一緒に運ばせるため、村人を男女二人ずつ連れ帰るためだ。この村の連中は、お前たちを身代わりにしようとした」
腫れてない面の男が必死に言う。
「違う。この村を立て直すために彼らが必要だった。ハシバミ君、信じてくれ」
どっちの言葉を信じるかと言えば、男たちだ。バオチュンファたちは僕たちを売ろうとした。
「硫黄とは何だ?」シロガネが尋ねる。
「この温泉の匂いのもとだ。それから火薬を作れる。それがあれば銃から弾を撃てる。爆薬も作れる」
ヤイチゴがうつむいたまま答える。
カヤクって何だ? バクヤクって何だ? 知らないことが多すぎる。
「それだけだと無理だが、俺たちに聞いても無駄だ。作り方は知らない。教えられるはずがない」
顔を腫らした男が笑う。
こんな問答に意味があるだろうかと、ハシバミは思う。あるに決まっている。でも、それよりも大事なのは、僕たちに必要なのは、なによりもカツラの命だ。
「やっぱり僕もカツラの傷を見にいく。クロイミが来るから、尋問はあいつに任せる。聞きだすために手荒く扱っていい」
それからハシバミは赤い羽根の矢を泥から引き抜く。
「お前たちは若いのに肝が据わっている。俺たちの仲間になれ。将軍にお目通しが叶うまで、対等に扱ってやる。この村の用心棒よりは、いい話だと思うけどな。
なあヤイチゴ、この村は滅びるぜ。とびきり惨忍にな」
「僕たちの村と同じにか?」
アコンが暗い目を向ける。「五人に一人しか生き延びなかった」
「お、脅すのは俺たちだ。これ以上俺たちのどちらかを痛めつけたら――」
「心配するな。僕たちはお前たちを殺さない」
ハシバミはそれだけ言ってまた坂道を登る。
*
弓を構えながらゆっくり歩く。村の気配にびくびくしながら、クロイミがやってきた。
「静かすぎて怖いよ。誰もいないみたい」
クロイミが立ち止まり言う。「カツラはずっと歩けないかもしれない」
クロイミらしい遠回しな言い方。
「それを決めるのはカツラだよ」
ハシバミもちょっとだけ立ちどまる。
「クロイミが必要と感じたことをすべて聞きだしてほしい。ゴセントが感じたこともだ。口が堅いならば、ベロニカたちに
殺すか生かすか決めるのは、この村だ。ハシバミは村を抜けて丘を下る。カツラが歩けなければ、この村に滞在しないとならない。その時間が長いほど、きっと僕たちは死に近づく。盗賊まがいな行為を命じたことを恥じるどころでない。