135 盗賊ではない……
文字数 2,253文字
そこの奴隷だった人たちから聞いている。ナトハン家が持つ銃はひとつだけ。長が持つライフル銃だけだ。それを奪うのは、僕たちが正義だからだ……。それを奪うだと? どうやって?
僕が囮になり、俊敏なツヅミグサが背後から長を襲う。そして奪う。
目的地が近づくにつれて、愚かな考えだと気づく。でも他に何がある。ライフル銃で遠くからクロジソ将軍を射殺する。
成功するはずないと誰もが思うだろう。でも僕には分かる。あり得ないから成功する。ツヅミグサが引き金って奴を引く。目をつぶれば浮かぶ。将軍の鉄の帽子を銃弾が貫くところを。驚愕の面で倒れてそのまま動かなくなるところを。
犬が尋常でなく吠えだした。人の声もした。
ナトハン家にたどり着く前に感づかれた。沢から離れた時点で早くも失敗だ。さあ引き返そう。誰もがそう思う。でもハシバミには分かっていた。襲撃は成功する。
女の子を人質にする。もちろん傷つけない。銃と交換するだけ。
「今夜は月明かりがない。撃たれる恐れはない」
ハシバミは続行を宣言する。手ぶらで帰れるはずない。僕の考えは妄執ではない。
「下りは登りと違う。ランプがないと辛い。追いつかれるよ。……僕には君たちを死なせない責任がある」
クロイミは進もうとしない。
ハシバミは黙ったままのツヅミグサを見る。彼は勇気という勇気をかき集め、長からの指示を待っていた。僕が一声かければ、その褐色の肌は夜明けとともに村へと勝利を届けるだろう。
……そしてみんな死ぬ。
虐殺。
エブラハラの男たちも道連れだ。僕は生き延びる。抜け目ない僕と数人は血まみれで生き延びる。
でもだよ……
「一分だけ考えさせて」とハシバミは岩に座る。
「何を?」ツヅミグサが立ったまま尋ねる。
ハシバミは返事しない。ただ考える。
いま僕は境目にいる。
僕は盗賊程度の度胸とずる賢さを持った長で、残虐を厭わない男だろうか。それとも、みんなを平和とささやかな幸せへ導く、洞察力と天分に恵まれた指導者であるか。選べるとしたら、どちらを選ぶ?
決まっているだろ。
ゴセントが僕に伝えたかったこと。それは盗賊なんかでない。
「僕が話しあう」
ハシバミは再び立ち上がる。「長と長同士でだ。銃を貸してくれと頼んでみる。違うな。銃を持って村に来てくれと頭を下げる」
「冗談だよね」ツヅミグサが笑う。
「本気だよ」ハシバミも笑い返す。
「ハシバミ……いかれすぎだよ。まだ奪う方がましだ」
クロイミは何度も首を横に振る。「僕らは彼らから多くを奪った。殺されるだけだ」
「殺すよりはずっといい。君たちは急いで戻るべきだ」
ハシバミは一人で藪を抜ける。侵入者がみずから呼子笛を鳴らす。犬がさらに吠える。
「間抜け長め。二度も置いていけるはずないだろ」
追いかけてきたツヅミグサが肩をつかむ。「村に戻り降伏しよう。俺は奴隷になろうが生き延びてやる。長もだ」
「でもカツラは許されない。だからやるしかない。こうなったらハシバミに賭けるしかない」
クロイミが背後から告げる。「射程のある武器の恐さは誰もが知っている。それが戦場を制するものなのは間違いない。……いつかキハルが帰ってくる場所を残すために、ナトハン家の男たちを説得しよう」
「クロイミありがとう。でも行くのは僕だけだ」
ハシバミはツヅミグサの手をどかす。明かりもないまま闇を歩く。また笛を鳴らす。
真っ暗闇。長がいないだけで単なる影さえ不安を掻き立てる。
「どうするのだよ」ツヅミグサが聞く。
「ハシバミに任せて僕たちは村に帰る。明け方までに戻り、遊軍として力になる」
クロイミが沢を下りだす。段差を踏み外し、あわや頭を岩にぶつけかける。
「大丈夫か? 道まではゆっくりな」
ツヅミグサがクロイミを起こす。「その間に策って奴を考えてくれよ。みんなを救う策」
「分かった」とだけクロイミは答える。
策ならばある。物語にでてきそうな荒唐無稽な奴がある。おそらくそれに頼ることになるだろう……ぶっつけ本番。無理すぎる。絶対に成功しない。だったら考えろ。
ハシバミが戻らないなんて考えない。二度と帰ってこないなどあり得ない。親方が将軍へ引導を渡す。それを見届けるための策を考えろ。
クロイミは額のひっかき傷に唾をつける。
***
ハシバミだけが藪を分ける。
僕はもっと考えないといけない。ナトハン家の爺さんよりも偏屈な弟が、銃に頼るはずない。それを僕に告げるはずない。
でも助けてもらうにはライフル銃が必要だ。ナトハン家の男にエブラハラの男たちを殺してくれと……。
弱者である僕らはずっと強がってきた。それと同じことを頼めばいい。
畑の匂いがする。うらやましいな。僕たちもいずれ作ってやる。そのために、また笛を鳴らす。無害であることを伝える。弱いけど強い笛の音。
「誰だ?」と、やがて声がした。
「僕は話すためにうかがった。頼みたいことがある」
ハシバミが答える。
威嚇の銃声は聞こえない。犬の吠え声だけ。
ハシバミはさらにナトハン家へと近づく。藪から覗く。
彼らもランプを持っていない。狙われないためだ。
「どこにいる?」
声だけがした。でも、うっすらとした人影。ハシバミの視力だから気づける。
「撃たないでくれ」
ハシバミは両手を上げて広場へと出る。同時に狂ったような獣の吠え声。鎖からはずされた犬に飛びかかられて地面に転がる。
「川上の者だな。許されると思うか?」
男があざけるように言う。「無理だよ」
頭を思いきり蹴られたあとに、首に槍の穂先を当てられる。
僕が囮になり、俊敏なツヅミグサが背後から長を襲う。そして奪う。
目的地が近づくにつれて、愚かな考えだと気づく。でも他に何がある。ライフル銃で遠くからクロジソ将軍を射殺する。
成功するはずないと誰もが思うだろう。でも僕には分かる。あり得ないから成功する。ツヅミグサが引き金って奴を引く。目をつぶれば浮かぶ。将軍の鉄の帽子を銃弾が貫くところを。驚愕の面で倒れてそのまま動かなくなるところを。
犬が尋常でなく吠えだした。人の声もした。
ナトハン家にたどり着く前に感づかれた。沢から離れた時点で早くも失敗だ。さあ引き返そう。誰もがそう思う。でもハシバミには分かっていた。襲撃は成功する。
女の子を人質にする。もちろん傷つけない。銃と交換するだけ。
「今夜は月明かりがない。撃たれる恐れはない」
ハシバミは続行を宣言する。手ぶらで帰れるはずない。僕の考えは妄執ではない。
「下りは登りと違う。ランプがないと辛い。追いつかれるよ。……僕には君たちを死なせない責任がある」
クロイミは進もうとしない。
ハシバミは黙ったままのツヅミグサを見る。彼は勇気という勇気をかき集め、長からの指示を待っていた。僕が一声かければ、その褐色の肌は夜明けとともに村へと勝利を届けるだろう。
……そしてみんな死ぬ。
虐殺。
エブラハラの男たちも道連れだ。僕は生き延びる。抜け目ない僕と数人は血まみれで生き延びる。
でもだよ……
「一分だけ考えさせて」とハシバミは岩に座る。
「何を?」ツヅミグサが立ったまま尋ねる。
ハシバミは返事しない。ただ考える。
いま僕は境目にいる。
僕は盗賊程度の度胸とずる賢さを持った長で、残虐を厭わない男だろうか。それとも、みんなを平和とささやかな幸せへ導く、洞察力と天分に恵まれた指導者であるか。選べるとしたら、どちらを選ぶ?
決まっているだろ。
ゴセントが僕に伝えたかったこと。それは盗賊なんかでない。
「僕が話しあう」
ハシバミは再び立ち上がる。「長と長同士でだ。銃を貸してくれと頼んでみる。違うな。銃を持って村に来てくれと頭を下げる」
「冗談だよね」ツヅミグサが笑う。
「本気だよ」ハシバミも笑い返す。
「ハシバミ……いかれすぎだよ。まだ奪う方がましだ」
クロイミは何度も首を横に振る。「僕らは彼らから多くを奪った。殺されるだけだ」
「殺すよりはずっといい。君たちは急いで戻るべきだ」
ハシバミは一人で藪を抜ける。侵入者がみずから呼子笛を鳴らす。犬がさらに吠える。
「間抜け長め。二度も置いていけるはずないだろ」
追いかけてきたツヅミグサが肩をつかむ。「村に戻り降伏しよう。俺は奴隷になろうが生き延びてやる。長もだ」
「でもカツラは許されない。だからやるしかない。こうなったらハシバミに賭けるしかない」
クロイミが背後から告げる。「射程のある武器の恐さは誰もが知っている。それが戦場を制するものなのは間違いない。……いつかキハルが帰ってくる場所を残すために、ナトハン家の男たちを説得しよう」
「クロイミありがとう。でも行くのは僕だけだ」
ハシバミはツヅミグサの手をどかす。明かりもないまま闇を歩く。また笛を鳴らす。
真っ暗闇。長がいないだけで単なる影さえ不安を掻き立てる。
「どうするのだよ」ツヅミグサが聞く。
「ハシバミに任せて僕たちは村に帰る。明け方までに戻り、遊軍として力になる」
クロイミが沢を下りだす。段差を踏み外し、あわや頭を岩にぶつけかける。
「大丈夫か? 道まではゆっくりな」
ツヅミグサがクロイミを起こす。「その間に策って奴を考えてくれよ。みんなを救う策」
「分かった」とだけクロイミは答える。
策ならばある。物語にでてきそうな荒唐無稽な奴がある。おそらくそれに頼ることになるだろう……ぶっつけ本番。無理すぎる。絶対に成功しない。だったら考えろ。
ハシバミが戻らないなんて考えない。二度と帰ってこないなどあり得ない。親方が将軍へ引導を渡す。それを見届けるための策を考えろ。
クロイミは額のひっかき傷に唾をつける。
***
ハシバミだけが藪を分ける。
僕はもっと考えないといけない。ナトハン家の爺さんよりも偏屈な弟が、銃に頼るはずない。それを僕に告げるはずない。
でも助けてもらうにはライフル銃が必要だ。ナトハン家の男にエブラハラの男たちを殺してくれと……。
弱者である僕らはずっと強がってきた。それと同じことを頼めばいい。
畑の匂いがする。うらやましいな。僕たちもいずれ作ってやる。そのために、また笛を鳴らす。無害であることを伝える。弱いけど強い笛の音。
「誰だ?」と、やがて声がした。
「僕は話すためにうかがった。頼みたいことがある」
ハシバミが答える。
威嚇の銃声は聞こえない。犬の吠え声だけ。
ハシバミはさらにナトハン家へと近づく。藪から覗く。
彼らもランプを持っていない。狙われないためだ。
「どこにいる?」
声だけがした。でも、うっすらとした人影。ハシバミの視力だから気づける。
「撃たないでくれ」
ハシバミは両手を上げて広場へと出る。同時に狂ったような獣の吠え声。鎖からはずされた犬に飛びかかられて地面に転がる。
「川上の者だな。許されると思うか?」
男があざけるように言う。「無理だよ」
頭を思いきり蹴られたあとに、首に槍の穂先を当てられる。