020 生きている人の痕跡

文字数 1,695文字

 ハイウェイの下の踏み跡を辿れば、二分ほどで非常階段に着いた。
 ハシバミたちはやや腰を引きながら急な螺旋階段を登る。おもいきり壊れているところは、壁に張りついて渡る。カツラがいなかったら引き返していた。他の三人は先頭で臆することない大男をすこし恨んだ。

 空が広がり、天上のコンクリートの大地に立つ。ハイウェイには亀裂を中心に背の低い雑草が茂り、左右へと広大な道を連ねていた。

「これは自然じゃない」ハシバミはつぶやく。「ここはクルマのための道だね」

「だろうね。人間が歩くにはでかすぎる」
 そう言ってカツラは竹筒から水を飲む。

「それでも大きすぎないか。クルマが横に八つぐらい並びそうだ」
 シロガネは弓を手にする。

「昔はクルマだらけだったのかもね」
 クロイミが答える。「ここがいっぱいになるくらいに」

 見渡しても人は見当たらなかった。四人は山側へとしばらく行ってみることにする。
 裂け目から生える植物も雑草ぐらいで、たしかに歩きやすい。しかも小高いから見通しもいい。ここからならば、十一人が腰をおろせる丘を見つけられるかもしれない。

「下見はこれくらいでいいだろ」
 先頭のカツラが振り返る。「俺はこの道がそこまで危なくないと思う。残りの七人も呼ぶか?」

 当然のようにハシバミへ尋ねてくる。

「シロガネはどう思う?」ハシバミは意見を求める。即断できるはずない。

「人と出会ったとしても、私たちは男が十一人。犬のいた村のように、私たちを恐れるグループのが多いと思うが……」
 シロガネも言葉を濁す。

 そんな時のためのクロイミ――。彼は、橋げたのときのようにまた一人で動いていた。センターの柵から反対側の車線を眺めている。何かを見つけて、慌てて三人のもとに戻ってくる。

「カツラはここが危険じゃないと言ったね」
 クロイミは不快感露わに言う。「僕は危険に違いないと思う。あっちを見てきな」

 三人は柵から反対側を覗く。

「……まだ最近だな」カツラが顔をしかめる。

「ああ。数時間前かもしれない」
 シロガネの白い肌が紅潮する。

 彼らより年上の男性三人と老いた女性一人の遺体があった。しかも、いずれも後ろ手に縛られているようだった。空の上なのに、ネズミがうろつきだしている。

「急いでみんなのもとに戻ろう」
 ハシバミはゆっくりと歩きだす。「ここは下を横ぎるだけにしよう。一刻も早く離れたい」

 ***

 しばらく進むと大規模な崖がアスファルトの道を飲み込んでいた。土砂崩れの跡はずっと先まで続いている。台風の仕業だ。
 カモシカが二頭、ハシバミたちを馬鹿にしたように眺めている。弓矢など届かないし、当たったとしても回収できない。足を滑らせて下に落ちるだけだ。

「しっかりした踏み跡があったぞ。続いていそうだ」

 コースマネージでツヅミグサのグループが報告する。
 ハシバミたちはハンノキが主な林へと入る。ここは雨の通り道だな。五月だというのに踏み跡は泥でぐちゃぐちゃだ。草鞋が埋まる。そんな悪路も次第に不鮮明になっていく。低木に蔓だの茨が絡んで歩きづらい。
 先頭を行くカツラとシロガネのペースが落ちる。

「ダニに刺された」後方でベロニカがぼやく。
「おそらくヒルもいるだろうな」すぐ後ろでサジーもぼやく。
「無理して取るなよ。夜になった火炙りにしてやろう」励ますハシバミの腕にもマダニが膨らんでいた。

 木の洞に建築中のスズメバチの巣があって、コウリンとアコンとゴセントが刺された。ベロニカが蛇を捕まえた。
 先頭の二人が立ち止まる。カツラがお手上げのポーズをする。

「僕とサジーで探しに行く」ハシバミがみんなへと告げる。「今日の火種当番はベロニカだったよね。ダニを退治して待っていて」

「蛇も(あぶ)ろうよ。たまには昼飯が食いたい」コウリンが言う。

 *

 すぐに藪からサジーが黒い顔をだす。

「とてもじゃないが見つけられない。全員で手分けして探すか」

「いや、それも危険だ。はぐれる奴がでる」
 でかいシダの葉をかき分けて、ハシバミが答える。「それに、きっとこの道は途絶えた。みんなのところへ戻ろう」

 踏み跡は無くなった。十一人は鬱蒼とした森で進むべき道を失った。
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