008 村を選ばなかった二人

文字数 1,683文字

「僕が連れてきたのは彼だけだ」

 やってきたクロイミが背後の男にランプを手渡す。闇に浮かぶ黒い顔……サジーじゃないか!

「来てくれるとは思わなかった。だから声をかけなかった」
「ついさっき決めたばかりだ。昨日までは思いもしなかった、ははは」
「そりゃ僕もだよ」

 ハシバミは冗談ぽく笑う黒人の大男と握手する。
 サジーの年はハシバミのひとつ下だけど、子どものころから常に背丈で負けていた。力仕事でも。彼がいれば少なくともカツラの独裁はなくなる。しかも手には槍。肩には弓をかけている。ハシバミの武器は鉈だけなのに……リュックサックの中で厳重に包んであるあれを除けば。

「サジーは若衆が終わるなり上士になれるよな?」ツヅミグサが言う。

「さあな。だが奴らの下っ端にはなりたくない。……母と妹を連れていきたかった。二人ともここに残ることを選んだ」

 サジーの父親は上士だったが盗賊団との戦いで亡くなった。英雄の妻ということで、母親は優遇されている。やがて彼は特権階級に加われるかもしれないのに。
 村をでるのは女の子のためかなと、ハシバミは思う。半年前。仲よくしていた同じ肌の女の子が、特権階級出身上士の三人目の妻となった。嫁ぐために家をでるその子を、サジーは麦畑からずっと見ていた。

「七人か。後はカツラが誰を何人連れて来るか」

 クロイミが意味ありげにハシバミを見る。上士たちから不穏な空気を感じる。それを伝えたいのだろう。

「これはハシバミに預ける」サジーから弓矢を渡される。「東西の若衆で一番上手だものな。ウサギを仕留めたのを覚えているぜ。そういや食料は?」
 暗闇で白い歯が笑う。

「麦を十二人五日分、干し肉と塩を宿舎の台所から拝借した。ゴセントとツユクサが持っている。テントも雨漏れするのが一つだけあって、コウリンと僕が背負っている。サジーも手伝ってくれないか」

「もちろん。豪勢な食事にありつけそうだしな」サジーが口笛を吹く。

 *

「舟番は増えていない。でも急ぐべきかも」

 ツヅミグサとサジーが偵察から戻ってきた。ちょうどその時、ランプの灯が村への道に沿って揺れながら近づいてきた。

「遅くなって悪かったな。そのくせ一人しか見つけられなかった」

 カツラが背後にいる男の顔をランプで照らす。
 彼ならば村の誰もが知っているだろう。銀色の髪に白い肌。背高くてバランスとれた戦士の体。特権階級出身の若い上士、シロガネだ。ハシバミの二つ上だから二十歳。物静かで、若衆へ見下した目を向けない人。

「シロガネさん、僕はハシバミです。それと弟のゴセント」
 ハシバミは背筋を伸ばす。上士への態度を取ってしまった。

「君が発案者だね。そして、その子が予言をしたんだ」
 シロガネは青い瞳を優しく向ける。「丘をでれば、とてつもない苦難が待っている。でも力を合わせて立ち向かおう」

 なんとみんなへ一礼した。肩には弓。腰に刀。

「おそらくシロガネが村へ一番頭に来ている」
 カツラが言う。「髪の毛のこと、肌の色のこと、母親のこと。特権の連中や上士の連中が影で馬鹿にしても、ちゃんと本人の耳には入る。それで二十五歳のクソ上士をぶん殴って謹慎中だ」

 シロガネの母と姉は両方ともライデンボク頭領の息子のもの。村の公然の秘密だ。父は階級と引き換えに妻と娘を売ったと。
 若衆でも話の種にはなっていたが、今後は口にださないようにしないとならない。空気が読めないコウリンが心配だけど、一二回殴られれば分かるだろう。

 現時点では尊重されているゴセントはともかく、ツユクサも殴られないようにみんなから守らないとならない。ご法度だけど、男のくせに男へ気を持つ奴がいる。いないとは思うけど、二人をそれからも守らないとな。

「サジーじゃないか! 一気に楽しくなったぜ」
 カツラが左手のひらに右拳を当てる。「合計九名? チビが二人に、利口者とデブと生意気なツヅミグサか。そしてハシバミ、サジー、俺にシロガネ。いいメンバーだと思うぜ。さっそく出かけるぞ」

 自分が仕切るのが当然のように、カツラが先頭でランプを照らす。槍は持っていない。代わりに長刀を担いでいた。
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