063 てんでこんこ
文字数 2,329文字
私たちは、村のある岸へと再び泳いだ。奴らの舟がひとつ残っていた。見張りが二人。私たちは森から村へと入った。村人たちは死体の処理をさせられていた。
私たちも加わる振りをした。家族を探すためにだ。
妻たちは見つからない。でも娘の死体を見つけた。七歳の姉は銃弾を受けたらしく、五歳の妹にはまだ矢が刺さっていた。
「私は立ち去る」
ブルーミーだけに告げた。娘がいないのならば、私は薄情にも妻たちを見捨てた。
「僕も行きます」
彼も家族を探すのをやめた。
てんでこんこ。東にあったはずの村々では、その言葉が伝えられたらしい……。歪曲だと罵るがいい! おのれの命だけが大事な二人は、再び川を泳いで渡った。森へと消えた。
*
「村に戻っていながら何を言いやがる。薄情であるものか」
カツラがうつむいたまま言った。「生き延びたのはデンキ様の導きだ。奥さんと再会できなかったのもきっと導きだ。……理由は分からんがな」
「敵は五人だけ残った。五人だけ。でも僕たちの武器は小刀のみ。銃や爆弾に勝ちようがなかった」
ブルーミーも地面を見たままだ。「お頭、どうにもならなかったですよ。見つかれば殺された。村に残ればいずれ殺された。見つからなかったこそが導きでした」
「娘さんは残念に思う。かわいい姉妹だったな」
シロガネはヒイラギを見つめる。「でもあなたは、あの子たちとまた巡りあえる。平和な時間と場所でだ」
「もちろんだとも」
ヒイラギは耐えている。うつむかない。「あと少しだけ話させてくれ。村から離れて、レストラの廃墟に逃げた。そこでホソバウンラン、ハコベと合流した。どちらもひどい傷だった。とくにハコベは……よくここまで歩けたものだ。川を渡れたものだ」
*
ようやく息をつけた。同時に後悔と自己嫌悪が押し寄せてきた。
「村に戻りますか?」ホソバウンランに聞かれた。
「いや。戻れない」それだけ告げた。
ホソバウンランが槍や最低眼の小物を持つぐらいだった。四人は追手を恐れながら川を渡った。そこで固まって野宿した。おそらく君たちと同じだっただろう。
翌朝、体中が傷だらけなのに気づいた。食料もない。四人は歩きだした。ハコベが、おかしなことを言いだした。目だけをぎょろりとさせて、うなされながら歩いていた。おそらく私も同じだった。なぜだかカツラのことを何度も思いだした。彼を逮捕しようとしたことを思いだした。カツラに謝らないといけない。そればかり考えていた。
「カツラたちを追ってくれ」
先頭を歩くブルーミーに何度も言った。
村の男たちが武器を持って道を塞いでいた。傍らに犬どもがいた。私たちが無力なのを知ると道を開けてくれた。犬が数匹距離を開けて追ってきたが、気づいたらいなくなった。
ハイウェイに上がろうとして、ブルーミーが下の道で君たちの跡を見つけた。
「休ませてくれ」
どこかで槍をなくしたホソバウンランが座りこんだ。その間に、私とブルーミーは食えるものを探した。戻ってくると、ホソバウンランは死んでいた。私たちは彼へ手を合わせるだけで出発した。
道は踏み跡になり山へと続いた。大人数が最近歩いた跡だ。もう引き戻すことはできない。そこからは地獄の有様だった。私たちはハコベのペースに合わせて歩いた。彼もじきに動かなくなると感づいていた――。正直に話そう。お荷物が減るように、彼が死ぬのを待っていた。だが彼は頑張った。
「置いていかないでください」
正気に戻ると必ずそう告げた。
尾根から沢にくだり、君たちの歩いた跡が不鮮明になった。崖に行く手を妨げられた。ブルーミーが途方に暮れた。
「自分ならばここを登る」
私は茨の斜面を突き上げた。ブルーミーが再び痕跡を見つけた。三人はゆるくて広い尾根を下っていった。
昔の村があった。君たちの跡をたどると、生きている村にでた。避けようとも思ったが、君たちはここに腰を据えたかもしれない。
「カツラという男を知らないか?」
なのでそう尋ねた。
「奴らならば盆地の向こうの丘に向かった。あいつらの仲間ならば――」
男たちが武器を持って襲ってきた。私たちは逃げられたが、ハコベがつまずいて捕らえられた。悲鳴が聞こえた。ここまで生き延びた彼は、あの丘の者たち同様に人に殺された。
*
「恥ずべきことだ。しかし彼らを許してほしい」
ヤイチゴが頭を下げる。
ヒイラギはしばらく彼を見ていたが、やがてうなずいた。
「そこからの旅が一番苦しかった。ハイウェイに巣食う盗賊どもは、荷物もない放浪者に興味を示さなかった。小刀を取り上げただけだった。ロウソクは残してくれた。……そして平地の横断。私の意識はなくなった。ただ歩くだけになった。ブルーミーがいなければ、ここにたどり着けなかっただろう」
「足跡は後ろに、冗談は前に」
ブルーミーが笑う。「盗賊の村、犬の群れ、腐った水。なんでも笑い話にしてやった。それに乗っかって、僕らはこの丘を目指した」
「だが犬どもに襲われた。撃退したが……その辺りから娘が見えるようになった。妻も見えだした。頭領もヤナギさんもホソバウンランもハコベも……。私を呼んでいると感じた。私こそ、そちらに行くべきと感じた。陰麓の黒屍が、私に寄り添い歩いていた」
ヒイラギが十二人を見渡す。
「気づいたら、清潔な廃墟で寝ていた。まともな食事を恵んでもらえた。これが私たちにどれほどのものか、分かってくれるだろうか。
カツラよ。君を逮捕しようとしたのは、いまの私ではない。ずっと昔にどこかの村にいた別の人間だ」
焚き火が十四人を照らす。
「どうでもいいや。俺たち十二人だって村を見捨てた連中だ」
やがてカツラがぼそり言う。「いまここにいる奴は、みんな生きている。それで充分だ」
私たちも加わる振りをした。家族を探すためにだ。
妻たちは見つからない。でも娘の死体を見つけた。七歳の姉は銃弾を受けたらしく、五歳の妹にはまだ矢が刺さっていた。
「私は立ち去る」
ブルーミーだけに告げた。娘がいないのならば、私は薄情にも妻たちを見捨てた。
「僕も行きます」
彼も家族を探すのをやめた。
てんでこんこ。東にあったはずの村々では、その言葉が伝えられたらしい……。歪曲だと罵るがいい! おのれの命だけが大事な二人は、再び川を泳いで渡った。森へと消えた。
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「村に戻っていながら何を言いやがる。薄情であるものか」
カツラがうつむいたまま言った。「生き延びたのはデンキ様の導きだ。奥さんと再会できなかったのもきっと導きだ。……理由は分からんがな」
「敵は五人だけ残った。五人だけ。でも僕たちの武器は小刀のみ。銃や爆弾に勝ちようがなかった」
ブルーミーも地面を見たままだ。「お頭、どうにもならなかったですよ。見つかれば殺された。村に残ればいずれ殺された。見つからなかったこそが導きでした」
「娘さんは残念に思う。かわいい姉妹だったな」
シロガネはヒイラギを見つめる。「でもあなたは、あの子たちとまた巡りあえる。平和な時間と場所でだ」
「もちろんだとも」
ヒイラギは耐えている。うつむかない。「あと少しだけ話させてくれ。村から離れて、レストラの廃墟に逃げた。そこでホソバウンラン、ハコベと合流した。どちらもひどい傷だった。とくにハコベは……よくここまで歩けたものだ。川を渡れたものだ」
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ようやく息をつけた。同時に後悔と自己嫌悪が押し寄せてきた。
「村に戻りますか?」ホソバウンランに聞かれた。
「いや。戻れない」それだけ告げた。
ホソバウンランが槍や最低眼の小物を持つぐらいだった。四人は追手を恐れながら川を渡った。そこで固まって野宿した。おそらく君たちと同じだっただろう。
翌朝、体中が傷だらけなのに気づいた。食料もない。四人は歩きだした。ハコベが、おかしなことを言いだした。目だけをぎょろりとさせて、うなされながら歩いていた。おそらく私も同じだった。なぜだかカツラのことを何度も思いだした。彼を逮捕しようとしたことを思いだした。カツラに謝らないといけない。そればかり考えていた。
「カツラたちを追ってくれ」
先頭を歩くブルーミーに何度も言った。
村の男たちが武器を持って道を塞いでいた。傍らに犬どもがいた。私たちが無力なのを知ると道を開けてくれた。犬が数匹距離を開けて追ってきたが、気づいたらいなくなった。
ハイウェイに上がろうとして、ブルーミーが下の道で君たちの跡を見つけた。
「休ませてくれ」
どこかで槍をなくしたホソバウンランが座りこんだ。その間に、私とブルーミーは食えるものを探した。戻ってくると、ホソバウンランは死んでいた。私たちは彼へ手を合わせるだけで出発した。
道は踏み跡になり山へと続いた。大人数が最近歩いた跡だ。もう引き戻すことはできない。そこからは地獄の有様だった。私たちはハコベのペースに合わせて歩いた。彼もじきに動かなくなると感づいていた――。正直に話そう。お荷物が減るように、彼が死ぬのを待っていた。だが彼は頑張った。
「置いていかないでください」
正気に戻ると必ずそう告げた。
尾根から沢にくだり、君たちの歩いた跡が不鮮明になった。崖に行く手を妨げられた。ブルーミーが途方に暮れた。
「自分ならばここを登る」
私は茨の斜面を突き上げた。ブルーミーが再び痕跡を見つけた。三人はゆるくて広い尾根を下っていった。
昔の村があった。君たちの跡をたどると、生きている村にでた。避けようとも思ったが、君たちはここに腰を据えたかもしれない。
「カツラという男を知らないか?」
なのでそう尋ねた。
「奴らならば盆地の向こうの丘に向かった。あいつらの仲間ならば――」
男たちが武器を持って襲ってきた。私たちは逃げられたが、ハコベがつまずいて捕らえられた。悲鳴が聞こえた。ここまで生き延びた彼は、あの丘の者たち同様に人に殺された。
*
「恥ずべきことだ。しかし彼らを許してほしい」
ヤイチゴが頭を下げる。
ヒイラギはしばらく彼を見ていたが、やがてうなずいた。
「そこからの旅が一番苦しかった。ハイウェイに巣食う盗賊どもは、荷物もない放浪者に興味を示さなかった。小刀を取り上げただけだった。ロウソクは残してくれた。……そして平地の横断。私の意識はなくなった。ただ歩くだけになった。ブルーミーがいなければ、ここにたどり着けなかっただろう」
「足跡は後ろに、冗談は前に」
ブルーミーが笑う。「盗賊の村、犬の群れ、腐った水。なんでも笑い話にしてやった。それに乗っかって、僕らはこの丘を目指した」
「だが犬どもに襲われた。撃退したが……その辺りから娘が見えるようになった。妻も見えだした。頭領もヤナギさんもホソバウンランもハコベも……。私を呼んでいると感じた。私こそ、そちらに行くべきと感じた。陰麓の黒屍が、私に寄り添い歩いていた」
ヒイラギが十二人を見渡す。
「気づいたら、清潔な廃墟で寝ていた。まともな食事を恵んでもらえた。これが私たちにどれほどのものか、分かってくれるだろうか。
カツラよ。君を逮捕しようとしたのは、いまの私ではない。ずっと昔にどこかの村にいた別の人間だ」
焚き火が十四人を照らす。
「どうでもいいや。俺たち十二人だって村を見捨てた連中だ」
やがてカツラがぼそり言う。「いまここにいる奴は、みんな生きている。それで充分だ」