088 田園

文字数 2,255文字

 冒険譚などこりごりだと、カツラは聞き流している。ヒイラギはかまわず語り続ける。どこかでコルリが優雅に縄張りを主張している。

 *

 三人は明らかに戦士なうえに銃を持つ。抵抗できるはずない。私たち四人は三人に挟まれて平地を進んだ。やけに立派な道になった。アスファルトの道をもとにしているが整備されていて、七人が並んで歩ける道だった。そりゃ君たちがミカヅキを運ぶために作った道よりは狭いが、切り株など残っていなかった。
 ユートピアが見えてきた。それは昔話にでてくる田園だった。

「米か?」

 私は思わず彼らに聞いてしまった。

「知っているのか? でかい村の出自だな」

 彼らの一人はクロイミのように賢そうだった。私たちの発する言葉をひとつひとつ吟味しているようだった。ちなみに残りの一人はカツラほどにでかく、もう一人は年配だが強壮な面だった。

 シロガネたちはその光景に言葉を失った。水を張った田が延々と連なっていた。多くの人が働いているのも見えた。彼女らも私たちに興味を示していた。そう彼女ら(・・・)だ。

「そいつらは?」
 農民の見張りらしき男が寄ってきた。

「ここを訪ねてきたみたいだが、俺たちは詰所に運ぶだけだ。尋問は奴らに任せる」
「それはそれは、こいつらは幸運を背負ってきたな。今日は将軍が来られている。いきなりお目通しじゃねえか」
「こんなはずれに何故?」
「俺らが知るはずねえだろ。ちなみにクマツヅラさんはいない。こいつらには幸運が土砂降りだ」

 私たちを連れてきた三人は、ボロ布みたいな身なりを整えだした。終わると「歩け」とサジーの頭を銃で小突いた。態度が急変したので、私たち誰もが心中不安になっていただろう。

 歩きやすい道なのでペースが上がっていった。清潔な水と土と草の匂いがいつまでも続いた。人は百人は見かけただろう。引かれた牛ともすれ違った。昔の家やクルマは田園地帯に見かけなかった。意図的に片付けたと思えた。

 じきに村へたどり着いた。田畑を見おろす高台に数十件のみすぼらしい新しい家。さらにそれを見おろす位置に昔の建造物があった。周囲には、昔の細長い墓石がバリケードみたいに幾重も組まれていた。

「ここが詰所だ。ご覧のように、もとは寺だな」

 私たちはそこへ連行された。縄で縛られなくても従った。あの夜に銃の怖さを、私は叩きこまれていた。ヤイチゴは青い顔だったが気丈に振る舞っていた。シロガネは不服そうだった。サジーは……彼の肌の色から感情を読み取るのは難しいが、口笛を吹いたりした。
 奴らも余裕を取り戻して、そんな若い黒人大男を楽しげに見ていた。

「さっきは悪かったな。吸うか?」

 サジーは断ったが、煙草を勧めたりさえした。……正直に言って、短い道中で奴らはそこまで(・・・・)悪鬼ではないと感じてしまっていた。
 しかし、それは間違いだった。詰所で私たちを迎えたのは、古い鳥居に吊るされて腐乱した屍三体だった。ひとつは子どもだった。真下のコンクリートのひび割れには、黒い液体が溜まっていた。

「どんどん臭くなるな。この家族はエブラハラから逃げようとしたので、自然に落ちるまでぶら下げている。熟した果物みたいに落っこちたら、同じグループの者どもが片付ける。そいつらの責任だからな」
「お前たちは逃げるなよ。誰も後片づけしねえから、骨になっても下がったままだ」
「さあお目通りだ」

 私たちは親子の死体の下をくぐり、中庭に入った。そこでようやく武器を没収された。長いこと待たされてから入口で全裸にされた。そうそう足も洗わされた。
 私たちを連れてきた奴らは中に入らなかった。屋内には靴を脱いだ戦士が十人以上いた。私たち一人一人を左右に挟み乱暴に奥へと引っ張っていった。サジーが「自分の足で歩ける」と言い、銃で顔を殴られた。かわいそうに、彼の頬はあのように裂けてしまった。

 横に開くドアを開けると、クロジソ将軍が大きな地図を見ていた。将軍はだな、シロガネと同じ肌と目の色だった。そしてカツラよりでかかった。土の色と草の色が混ざった昔の服を着ていた。茶色い髭をたっぷりと携えていたが刈りこんでもいた。鼻は高く目は落ちくぼんでいて、そこから発する眼光に私の肝は縮みあがった。

「危険な匂いがする者どもだな」

 将軍は私たちを見て言った。その声にも私たちは震えた。ついで私はカツラやハシバミがいなくてよかったと思った。私たちにすらそう感じるなら、その二人を見たらどう思うだろうかと。

「群長は誰がいたかな? セキチクを呼んでこい」

 将軍が配下に命じた。すぐにヤイチゴと同じくらいの年の男が現れた。筋肉質な黄色い肌。快活な瞳。抜け目ない瞳。

「セキチク群長に命じる。こいつらがどこから来たか、何の目的で偉大な土地に近づいたかなど興味はない。躾をしっかりすれば使える連中だ。貴様に任せる」

「ムシナシ群長とともに、ただちに取りかかります」

 クロジソ将軍との謁見は幸いにもこれだけで終わった。



「君たちを捕囚として扱う」
 着替え直す私たちを見ながらセキチク群長が笑う。「だがな、エブラハラはでかい。戦士はいくらでも必要だ。それを束ねる上士もね。……君たちをちょっとだけ案内してやる。それから尋問されて、それぞれの処遇が決まるだろう。言っている意味は分かるかい? 将軍と同じ肌の人」

「いいえ、まったく」シロガネが答えた。

「もう少しだけ四人一緒にいられるって意味さ。将軍は俺に押しつけたけど、俺は君たちをムシナシに押しつける。彼を探しに行こう」

 それから私たちは田園に連れだされた。
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