035 陸将の倉庫の話

文字数 1,693文字

 アイオイ親方たちが最初の村から逃げた後の話だ。
 親方のせいであるはずないけど、みんなはすっかり運に見放されていた。敵に追われた親方たちは平地で過ごす羽目になった。山を抜けた川が五筋になり、地面はぐちゃぐちゃで、昔の町から毎晩死霊がさまよいだす。最悪の場所だった。
 しかも親方は、例の件で西の王子に目をつけられていた。この話は有名だし長いけど、要は西の町がこの国を一つに戻そうとした。でも親方は従わなかったどころか、その町の王子をこけにした。ところがデンキ様は生意気な親方を困らせるために、西の王子様がすることを黙認した。なのでアイオイ親方に助けはなくなった。周りの村からも見捨てられた。

「王子様、そろそろ水に流してください。ここには畑も作れないし、痩せた犬しかいません。村の連中から病人がでますよ」
 さすがの親方も泣きを入れた。

「あかん。お前は村人を違う方向に導く。お前は信用できない。みなと行動をともに出来るまでは、そこにいるがいい」
 西の王子様はお答えになった。

「だったら私たちはここにずっといないとなりませんよ。村人を奴隷になんてできるはずないですから。……うーん、どうでしょう、私が熊を退治したらお赦しになるってのは」
「いやだめだ。それはお前の得意分野だろ。アイオイ、お前は一人でも熊を倒せる」

 熊ってのは、山にいっぱいいた大きな生き物だ。木の実と畑がなくなりいなくなったけど、アイオイ親方が最初にいた村にはすごく大きくて凶暴な熊もいたそうだ。

「だったらですね」
 親方はちょっと考える。西の王子様が喜びそうなこと。「陸将の倉庫。あそこの食料を盗んで来たら赦してもらえますか?」

 陸将と言うのは、西の王子様と対立していた国の王様だ。兵士は獰猛で武器も強く、人々を力で服従させていた。まあアイオイ親方はどちらの言いなりにもならなかったわけだけどね。
 西の王子様はひとしきり腹を抱えて笑った。

「やってみろ」と涙をこすりながら言う。「そしたら、私たちはもうお前に関与しない。好きな場所で好きに暮らすがいい。だが、お前は陸将の兵士に殺される。この世から生意気で強情な馬鹿――すまんすまん、強情な男が消えるだけだ」

 西の王子様が笑うのも当然で、陸将はたんまりとスパイを抱えていた。針子商人のヨナもそうだった。焼け落ちた村を漁っていたそいつに、王子様との話を聞かれてしまった。ヨナは急いで陸将に報告へ行った。

「陸将、アイオイの村が企んでおりますぞ。倉庫を襲撃するつもりですぞ」

 陸将はお付きの者たちを連れて、倉庫の確認に向かった。それを初めて見たヨナは腰を抜かした。それはひとつの村よりも大きかった。しかも倉庫を中心にさらに巨大な村が築かれていた。

「この倉庫は私の財産だ。これがある限りデンキ様も私を滅ぼせぬ」
 陸将はヨナに言い「村をなくした放浪者どもに奪われるはずがない。だが、見張りを倍に増やそう。今後は中身の管理も私がする。よいか、厳重に進めろ」

「了解しました閣下」と兵士たちは敬礼をした。



「親方、いきなりはだめですよ。偵察に行きましょう」

 上士頭であるミブハヤトルがアイオイ親方に進言した。親方は信頼のおける者たちとともに、倉庫を裏山から覗きにいった。
 兵士の数が倍に増えていた。しかも品物の出し入れさえもチェックしていた。見慣れない者は素性も調べられているようで、棒で叩かれる者もいた。
 親方とミブハヤトルは弱り果てて村に帰った。

「さてさて、陸将からふんだくってきたものはどこにあるかね?」
 西の王子様がわざわざからかいに来た。

「もう少し待ってくださいよ」
 アイオイ親方はぶっきらぼうに返す。

 ***

 ツヅミグサが一息入れる。
 ハシバミも聞き入ってしまった。満足しながら、村の人たちの様子を眺める。聞くのに堪えられないように、そわそわもぞもぞしていた……。
 ツヅミグサも気づいたようで、ハシバミにどうしたものかと目を向けてきた。

「なかなかの話だった」ヤイチゴが手を叩こうとした。

「この話は、ここからが楽しいのです。ツヅミグサ続けろよ」
 ハシバミはぶっきらぼうに返す。かまうものか。
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