075 ゴセントのご神託

文字数 2,121文字

「実際にその町は将軍の土地なのかな。それを真っ先に確認する必要がある。危険という意味でだよ」
 クロイミが、みんなではなく真横に座るハシバミへ進言する。

「キハルが言うのだからそうだろ。あの子は空の戦士だ。嗅覚を持っているに決まっている」
 カツラがクロイミをにらむ。

「あの子は戦士じゃないよ」
 ヒイラギが言ったあとにみんなを見渡す。「たしかにそれを調べる必要はあるな。ちょっと遠いが偵察に行くのはどうだろう?」

 風も出てきて雨がガラスを叩く。コウリンが牛の面倒を見るために立つ。

「危険すぎないかな。近くの小さい村。そこから始めるべき」
 ツヅミグサがハシバミへと言う。

「僕の考えだと」
 クロイミもハシバミへと述べる。「近くと仲良くする必要はないかも。遠くて力あるところと友だち(・・・)になる」

「どうして?」

 ハシバミは率直に尋ねる。犬と一緒に見張るとサジーが立つ。

「サジーありがとう。あとで僕も行くよ。……その村だって調べる必要があるかもね」

 クロイミは言葉を濁す。長と二人だけで話そうと暗に匂わす。
 彼が漠然と思い浮かべた遠交近攻は、村の方向を決めかねないものだった。いまの僕たちには不要だなと、本人が脳内でまとめる。

 程よい降りだったから、梅雨のさなかの遅い日没まで働きとおした。シロガネやブルーミーに意見を述べる気配はない。ベロニカはあくびをかみ殺している。アコンは露骨にあくびする。

「ハシバミ親方」とツユクサが片手をあげる。「村には足りないものがたっぷりあるのだから、悩む必要ないよね。干し肉をいっぱい作って、どっちの村にも行くべきだよ。ゴセントもそう思うよね」

 ツユクサの楽観論が、全員を現実に戻した。交易するには差しだすものが必要。僕たちは梅雨になってから満腹になっていない。ひもじい日のが多い。

「弟くんはどう思う?」
 黙ったままのゴセントへと、カツラも尋ねる。

「難しい話を振らないでほしい」
 ゴセントがカツラを見つめかえす。「僕には分からない。兄が決断するべきだと思う」

 これが弟のご神託か。ならば答えはでている。

「エブラハラに行ってみよう。ただし交易じゃない。偵察だ」
 ハシバミがみんなへと告げる。「近くの村も訪ねよう。こっちは情報交換だ」

 反論がでるとしたらクロイミかヤイチゴ……。どちらも黙ったままだった。

「近い村は避けるべきだ。とくにハシバミは」
 弟が口を開く。

 こいつは……。任せると言っておきながら、後から口をだす。もったいぶって自分の言葉を劇的にする。だからキハルに小さい親方なんて呼ばれるんだ。

「分かった。ゴセントの意見を尊重する」
 ハシバミは苦々しい思いを声にださない。「クロイミ。何人をエブラハラへと向かわせるべきかな」

「四人」
 参謀が親指だけを畳み即答する。「ハシバミは当然行かせない。カツラとシロガネも村に残るべきかな。交易が目的じゃないから、牛を連れていく必要ない」

 ひんやりとした。クロイミはその旅に危険を感じている。だから村に大事なものを送ろうとしない。

「カツラはともかくハシバミは行っちゃ駄目だね。長はどっしり構えないとな」
 ツヅミグサも追随する。

「分かっているよ。そもそも僕は上士でなかったから、その類に不慣れだ。適任は(言いだしっぺの)ヒイラギだと思う」

「任せてくれ」
 ヒイラギが強くうなずく。立ちあがる。「残りの三人は私に決めさせてほしいが、シロガネは連れていきたい」

「私は頼まれて引き下がりはしない」
 シロガネも立ち上がる。

 仕方ないねと、クロイミが小声で言う。

「サジーにも頼もう。カツラは立たなくていい。お前には村を守ってもらう。できればあと二人お願いしたいが……、ブルーミーはあきらめてヤイチゴに同行してもらいたい」

「私ですか?」
 ヤイチゴが驚いた顔で見つめかえす。「ぜひとも力になります。いや、力になる」
 彼も立ち上がる。

 この人選にはハシバミも頭が下がる思いだった。ライデンボクの村の出自でないよそ者に機会を与えた。どうしても肩身が狭かったヤイチゴは喜びを隠せないでいる。

「お頭が僕を選ばないのは残念だけど、戻ってくるまでに頭の家を建てておきますよ。でもサジーの代わりにツユクサが丸太を運ぶので、大きい家は期待しないでください」
「ブルーミー。お前も私に敬語だったな」
「これだけは勘弁してください。なんならハシバミ親方にも丁寧にお話かけさせていただき存じますよ。コウ殿とリン殿にもね」

 みんなに合わせてハシバミも笑う。笑いながらゴセントを見る。弟だけが笑っていなかった。

 ***

 二日後に四人は雨の中を旅立った。ハチの巣にあった昔の地図に、キハルがアバウトすぎるルートを書きこみ渡してある。雨がやみミカヅキが充電されれば空から誘導する手はずになっているから、誰も文句は言わない。
 自信に満ちたヒイラギを先頭に四人はブナ林に消えた。

「あとは彼らとアイオイ親方に任せよう」
 ハシバミが村へと戻りながらカツラに言う。「空からの次は地面。なにを持ち帰るかな?」

「なんだって持ってくるがいいさ。そして村をでかくする。俺はかみさんや子どもたちと暮らす。俺も来年は二十歳だ。所帯を持たないと一人前と呼ばれない」
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