106 十八歳の乙女たち

文字数 2,756文字

 カツラは心身ともに強靭で、センチメンタルなど糞くらえな部類に属していた。それでもこの詩は心に響いた。喝采せずにいられなかった。

「君がイラクサだよな」

 カツラは一人に目を向ける。やっぱりきれいな娘だなと率直に感じる。でも目が気にいらない。横柄な眼差し。キハルのわがままな眼差しのがかわいい。

「ボロ布を着ていようが、あなたは上士ですね。どこから配属されてきたかなど興味ありません」
 イラクサは露骨に警戒の目を向ける。「秋の収穫が終われば私たちは若年組を卒業します。でも結婚相手を選ぶ権利は私たちにもあるはずです。少なくとも過去の文明ではそうだったと聞きます」

 うわあ。この女は俺には無理だ。やさしいシロガネさんかサジー向きだ。

「その権利なら俺にだってあるさ。それで君の名は?」
 カツラは媚びもせずに、イラクサの隣に声かける。

「セーナです」

 ちょっと小柄で肩までの黒髪おかっぱの娘が、目を逸らしながら答える。……縞模様のもんぺだと?

「その服は?」
「冬に自分で染めました。文明活動の一環です」

 喋りたくないようで素気ない。でも桜色の細い布を頭に巻いていたりとお洒落だ。このおとなしげでかわいい娘はハシバミに似合うかな。でもあいつにはキハルをもらってもらわないとな。

「言い忘れたけど、俺は新参者だ。昨日まで放浪者だった。なので君の名前も教えてくれ」
「…………です」

 小柄で茶色い髪の娘が、怯えたように小声で答える。聞き取れなかったけど構わない。この薄茶色の肌の女の子は、ゴセント、アコン……意外にベロニカやコウリンあたりとか。これくらいは妄想を楽しんでもいいだろ。

「ふうん。それで、君は?」

 最後に、詠唱していた娘へと声かける。その人は振り返る。くりっとした瞳で見上げてくる。
 後ろで一つに結んだ黒髪。おろせば肩よりちょっと長いかも。背高くて、すらっとした目鼻立ち、もんぺの下のさらしでは押さえきれない胸もとの大きな膨らみ……別格じゃないか。俺の嫁の第一候補だ。

 でも彼女は名乗ろうとしない。非難と憎しみを隠そうとせずににらんでくる。この子には似合わない表情なのに。
 俺だって支配階級は大嫌いだぜと、カツラは言いそうになる。それほどまでに、この子の目つきは真面目で一直線だ――。ふいにカツラは身震いしかける。この眼差しは、俺の腹を貫いた銃弾のようだ。

「私の名前はツユミです」
 彼女はいきなり答える。

「え?」

 カツラは声を漏らしてしまう。この器量良しが、ヒイラギが言っていたかわいい(・・・・)若年長なのか。
 たしかに美人だけど、想像とあまりに違う。もっと快活で飛び跳ねるような娘を想像していた。だけど射貫く眼差し。敵として見つめられると怖いほど……。
 カツラは気づく。囚われたヒイラギたちは、彼女の同士だった。だから俺へと違う目を向けていた。……それは今よりも優しいものだったに決まっている。

 こほんこほんと、イラクサが大袈裟に咳払いした。

「粉が舞っているようで失礼しました。今朝は製粉も精米もしていないのにです。ならば何故ここに四人もいると問い詰めたいのならば、不具合が発生していないか巡回していたからとお答えします。それもたった今終了しました。製塩に応用できるかの確認は後日です」
 イラクサが挑むように告げて「もう宿舎に戻ってよろしいでしょうか? それとも上士であるあなたが立ち去りますか?」

「え? ああ、朝飯をどうぞ」

 いきなりの攻撃的な言葉に、カツラはまごついた答えしか返せなかった。
 それではと四人が去っていく。

「こいつはでっかいうすのろだ」とイラクサがぎりぎり聞こえる声で笑った。

「なるほどね。根性があるのは一人はいるってことだ」
 カツラは愉快そうに一歳下の乙女たちを見送る。「製塩か……。塩と油だって欲しいけど、少なくても、あの強くてきれいでおっかない二人とバクラバだけは丘陵へと連れていく」

 カツラは女子たちの数十メートル後を歩きだす。しばらくして、タニシを煮詰めたような匂いが漂いだす。エブラハラは朝食もまともそうだ。腹が鳴る。

 ***

「夕立が五日も来ない。生まれて初めての乾いた夏だ」
 食堂で同席したマヨラナという同年代の上士が言う。「見張りは楽しくないよな。女の子と一緒に田んぼに入りたい」

「まったくだ」とカツラも答える。
 将軍の意向だろうが見張りなど糞くらえだ。それを明け透けに口にする、火傷の痕を負った男に好意を抱いてしまう。けれど、

「大火傷するまえは北地区にいた。ラン群長のもと、梅雨になる前に大急ぎの遠征にでかけた。奴隷が死にすぎて最後は俺らも舟を担いだ。しかもでかい村に騙されて、俺はこんな顔になった。仕返しで少なくとも二十人は殺してやったけどな」

 そこが生まれ育った村のことかもしれない。細かく質問できるはずない。そもそも、そこを逃げだした俺が関与できるはずない。
 こいつはいい奴かもしれないけど人殺しに慣れ過ぎている。しかもだ。

「遠征でも大哨戒でもまた行きたいな。命がひりひりして見張りよりは楽しい。銃が暴発してもこれ以上ひどい顔になりようがないし」

 自分の命さえも大事にしていない。ここのどこがユートピアなんだ。刹那的すぎる。

「バクラバの話を聞いたか?」
 カツラの名前を尋ねることなく、マヨラナがまた語りだす。「あいつは上士だった。しかし冬の遠征から帰ってきたら妻も子供もみんなカブでいなくなっていた。骸は住みかごと燃やされていた」

「普通だな。よく聞く話だ」
 カツラが麦飯をかきこみながら言う。

「まあな。それでバクラバは使えない男になった。戦士でなくなったので農役を任された。……不平不満など何もない面をしていたらしい。なのにいきなり逃げだした。しかも見張りを二人倒して、銃を奪った。そして山へと逃げた。
でもそこまでだった。バクラバはセキチク群長に追跡された。一日半で追いつかれ、エブラハラに連れ戻された。重罪過ぎて、逆にすぐに殺されなかった。奴にとって幸か不幸か知らないけどね」

「セキチクさんは痕跡探しが上手なのか?」
 カツラは話しの流れに関係なきことを尋ねる。

「将軍さえも一目置いている。彼こそエブラハラの誇りだ」
 マヨラナが自分のことのように胸を張る。
「四人の侵入者。それに先日の峠の向こうの一団。そいつらは、セキチク群長に追われていたら今ごろ首だけで並んでいただろうね。……南のセキチク群長と北のラン群長。この二人こそクロジソ将軍に頼りにされている。じきに、あの人は間違いなく本来の仕事に戻る。追跡だ。東の境でうろつく奴らの痕跡を探りだし、追いつめるだろう」

「楽しそうだな。そのときは俺も参加させてもらおう」

 俺たちは想像以上に有名人だな。カツラの強い胃袋さえもちょっと締めつけられた。
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