082 盗賊ではない

文字数 2,065文字

 ゴセントの言葉に従い、ハシバミは前線にでない。誰もそれを咎めなかった。彼は長だから後方に控えて当然だ。明かりを消して沢に潜む。やがて聞こえた。

「行くぞ!」

 カツラのその一声ほど犬たちを奮わせるものはない。狩りの始まりだ。ユドノとハグロが駆けだす。


 獲物はニワトリどもだな。騒げ、騒げ。羽根をまき散らせ。
 人に飼われた仲間が一頭いる。人の匂いもする。かまうものか。私たちに勝てるものなどいない。とりわけカツラと呼ばれる大男。ははは、首を縄で結ばれていやがる。怯えて主人を呼んでいやがる。
 騒げ、騒げ。カツラと呼ばれる大男。ユドノと呼ばれだした私。私たちは屈強な狩人だ、ずる賢い盗っ人だ、一糸乱れぬ一団だ。


 ツヅミグサはベロニカやコウリンとともに母屋を見張る。……首筋を這うのは虫じゃないな。トカゲ? ナメクジ? 通り道に寝ころぶ俺が邪魔なんだろ。ツヅミグサは藪に伏せた姿勢で二階建ての大きな家を見る。
 いずれ俺たちの村にもでっかい家が建つだろうか。過去の遺物なんかじゃなく、繁栄の象徴。そこには長が住む――。玄関が開きランプがふたつでてきた。

「ツヅミグサ、上」隣のベロニカがささやく。

 二階にもランプが灯った。古い民家から取り外し装着しなおしたサッシ窓が開く。

バーン

 火花も見えた。

「まだ威嚇だ」

 ツヅミグサは(おのの)きながらもつぶやく。犬への脅しだけで終わってくれ。奴隷小屋に注意を向けるなよ。クロイミの考えだと、どさくさに逃げられないようにヨツバたちを外にだすはずないらしいが。

「ユドノとハグロはまだ逃げないの」
 別の茂みにいるコウリンがつぶやく。「おろかだなあ。ガッサンが寂しくなるよ。カツラは何をやっているんだよお」

 *

「こっちに来るな。ハシバミのもとに戻れ」
 カツラがハグロを蹴り飛ばす。

 犬たちに人の言葉が分かるはずないけど、体罰の効果はてきめんで二匹はカツラとクロイミのもとを去る。二人は奴隷小屋の前にいた。窓はなく外側から鎖で閉められている。クロイミが昼間に観察済だ。
 糞尿の匂いが漂う。奴隷小屋は便所から数メートルしか離れていなかった。

「まだ帰すなよ。ユドノたちはニワトリ小屋で騒ぎを続けてよ」

 僕たちの代わりに撃たれてよ……。クロイミの犬たちへの声は、二発目の銃声でかき消される。

「弾を無駄に使いすぎている。良くない状況だ」
 クロイミがカツラに言う。

「たっぷり弾があろうと夜に当てられるはずない。逃げれば俺たちの勝ち……。いいものを見つけた。これはもらって帰る」

 カツラが立ち上がる。丸太に立てかけられた大きな斧を持つ。小屋に映る巨体のシルエットがより恐ろしいものになる。包んだままの長刀をクロイミに預けて、入口へと声かける。

「君たちは静かだな。こんな狭いところに六人もいるのか? いま開けてやるが、そこからは一目散だからな」

 カツラが斧を振り下ろす。奴隷小屋の入り口の鎖を断ち、勢いあまりドアも押し倒す。充満した臭いがあふれる。

「ハシバミ親方の村の者だ。すぐに発とう」
 クロイミが真っ暗な小屋の中へと言う。

「俺はニシツゲ。君たちの話はホシクサから聞いている。俺たちはここを出ない。子どもたちもだ」

 その声は小屋の隅から聞こえた。数人が固まっているかのようだった。

「ふざけるな。俺たちは――」
「カツラ静かに。来たい人だけでいいと思う」

 クロイミがカツラの罵声を抑える。足弱の子どもを置いていける絶好の口実ができた。犬も犠牲。子も犠牲。冷徹な軍師は、愚かな作戦において仲間の命だけを考える。

「私は行きます。ホシグサも連れていく。子どもたちも、ローリーも」

 女性が一人入口へ寄ってきた。芯のある声。この人がヨツバとクロイミは思う。

「僕は行きたくない。君たちは盗賊かもしれない。僕らはここよりももっとひどい目に遭わされる」
 おどおどした声がした。

「お前がローリーか? 意気地なしめ。俺たちが盗賊だったら、まずはナトハン家を襲撃するだろ。手間をかけているのだからこれ以上煩わせるな」
「誰かいるのか?」

 外から声がして、全員が静まる。クロイミが闇へと弓を構える。

「ジングウさんだ」

 子どもが安堵の声を漏らす。静かにとホシグサの声が続く。

「見張りが三人いる。ジングウって野郎がここに来たら、そいつらが背後から矢と槍で脅す(・・)
 カツラが声を潜める。「行くぞ。来たい奴だけだ」

「……たしかに盗賊じゃないな。村では子どもたちも大事にしてくれるのか? だったら一緒に行く。君たちの力になる」
 男の影が立ち上がった。

「もちろんだ。さあ来い」

「私はヨツバです。私も力になる」
 女性が最初にでてきた。

 続いて男が子どもを抱えてくる。男の子の手を引いてホシグサも現れる。

「ローリーは残るの? だったらさようなら」
 ヨツバが小屋へと声かける。

「ぼ、僕も行く。置いていかないで」
 華奢な男も転がるように出てくる。

「隠密にね」

 クロイミが弓を構えたまま立ちあがる。
 暗闇にランプがふたつ見えた。
 犬たちの吠え声が復活する。それに合わせてランプも揺れる。
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