012 アイオイ親方の恵みの物語

文字数 1,945文字

 昔、デンキ様はこの世界を作った。星が光るのも太陽が熱いのもデンキ様のおかげなんだ。デンキ様は地球上も明かりだらけにして、夜がない町もあった。クルマが走っていたのも、遠くの人と話ができたのも、みんなデンキ様の力によるものだった。


 ロウソクのか細すぎる光の中で、ツヅミグサが明るい声色で歌うように語る。


 でも昔の人間はデンキ様の怒りを買った。デンキ様の力を悪用したのがばれたからだ。おかげで世の中は病と干ばつ、大雨と戦争、地震と雷だらけになってしまった。
 今だってひどいけど、昔はもっとひどかった。デンキ様は氷でできた島も溶かし、この星に百万人もいた人間はほとんどが死んでしまった。でも生き延びた。俺たちのご先祖様がだ。その一人がアイオイ親方だったのさ。

 アイオイ親方は冬のように寒かった場所に村を作った。親方は勇気と忍耐だけが取り柄の人だけど、知恵ある友や力ある友が集いだした。盗賊なんか簡単に追い払えた。するとたくさんの人が逃げてきて、村はどんどん大きくなった。
 デンキ様はすごく怒っていたので、人間がまた増えるのを許したくなかった。だからアイオイ親方に言った。

「アイオイよ、お前が人の数をもとに戻すつもりならば、この私が抑えるぞ。この言葉を忘れるな」

 親方はきょとんとしたあとに言いかえす。

「デンキ様、人間は強いのです。ほかの生き物よりもはるかにずっと妻や子や仲間への愛に満ちています。そりゃ増えてしまいますよ。もちろんデンキ様も愛しています。なんで放っておいてください」

 デンキ様ならば、ここでアイオイ親方を殺すこともできただろう。でも、ちょっとからかうことにした。

「お前の村以外にも、この星にはたくさん村がある。パネルのお詫びに、それぞれの長を呼び、願いをひとつ叶えることにしよう。お前も来るがいい」

 デンキ様を称えその力を増すために、昔の人間は黒いパネルを太陽に向けて作った。デンキ様も最初は喜んだが、人間は作り過ぎて森がなくなり山はパネルだらけになってしまった。その重さで山が崩れたりした。デンキ様はそのことを言ったんだ。

 さて、それぞれの村の長たちはさっそくデンキ様のもとにうかがった。

「あなた様のお力をもう一度」
「世界を明るくしてください」
「デンキ様の力があれば何でもできます」

 長たちは、いずれも昔のようにデンキ様の力に満ちあふれた世界を求めた。デンキ様は頼まれたとおりにその力を再び授けた。そしたらどうだろう。村は夜も明るくなった。遠い村と話しができるようになった。あの錆びてネズミのねぐらになったクルマも、また動くようになった。
 でも、それらの村は繰り返す羽目になった。その力に続いて、戦争や台風がやってきた。どの村も滅んでしまった。

 デンキ様がいくら待ってもアイオイ親方は尋ねてこなかった。なので、デンキ様は親方の村に行くことにした。真夏の昼間だったけど、デンキ様には関係なかった。
 村の畑で、アイオイ親方は穴に頭から突っ込んで昼寝していた。

「アイオイ、お前だけが私のもとに来なかったぞ。そこで何をしている?」
「ああデンキ様。私は朝から畑に水をかけていました。かけるそばから蒸発して、気づいたら昼になってしまいました。今日はとりわけ暑い。急いで穴を掘って水を溜めてプールにしました。ここは涼しいですがあいにく尻が入りません。なのでデンキ様は私の尻にお話しください」



 村の若者たちは、誰もがこの話を聞いていた。すきま風に凍える冬の夜や、真夏に木陰の(おとなしい)渓流に足を浸しながら聞いていた。
 ツヅミグサの話しぶりは上手で、疲れ果てたツユクサでさえも聞き入っていた。誰もが、デンキ様に失礼ながらも、なぜか愛されて罰せられないアイオイ親方になりきっていた。



 こいつは面白い奴だなと、デンキ様は思った。

「お前にも私の力を授けてやろう」

「いいえ、結構です」親方は言った。「代わりに梅雨と夏をもう少しソフトにしてください。あと台風も。畑が流されない程度でいいので」

 これにはデンキ様も困ってしまった。さすがのデンキ様でも雨には勝てないからだ。

「ではこうしよう」
 デンキ様はアイオイ親方の尻を叩いた。「お前たちには不屈を恵んでやる。これからも戦や病は続くだろう。だが、お前たちが本来持つ知恵と力と勇気。あきらめることなければ、人間は生き延びてやり直せられる。お前の村が滅びることは決してない」

 それを聞いて、アイオイ親方はがっかりした。梅雨や戦が続くのならば当然だ。でも、俺たちが滅びないと確約されただけでもいいや。
 じきに夕立がざあっと降って涼しくなれば、子どもたちは表で遊ぶだろう。親方はその風景を見るのが大好きだったから、それをいつまでも見れると約束してくれたのだから。
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