051 旅の終わり

文字数 2,220文字

 十二人と牛たちは池のほとりに集っていた。林の上は青空のままだ。

「つまりハシバミは、あのきれいな廃墟を利用したいと思っているんだね」
 ゴセントが兄をじっと見る。「遺物を使い、君たちは楽をして生きる道を選ぶ。それがなくなったらどうするのだろう? 好きにすればいい。僕は廃墟で寝ないし過ごさない」

 冗談半分でツヅミグサたちと話したとおりに返事が戻ると思わなかった。

「ならば俺も外で寝る。俺は弟くんの言葉に従う」
 手負いのカツラまでが言いだした。

「安全を考えよう。ゴセントやカツラもはったりで銃を持つだろ? あそこならそのまま砦に使える。どちらも同じことだよ」
 ハシバミが答える。ちょっと詭弁だったかな。

「てっぺんから森まで見渡せるしな。鹿だって見つけられるかも」
 ツヅミグサが付け足す。

「そこで鹿を見つけても、追う前に逃げられる」
 サジーが真面目に答える。「しかし……」と言いかけてやめる。矢を受けた肩をさする。

 シロガネの日時計だともう十六時だ。五月だから暮れだすには時間がある。かといって結論は早いほどいい。

「ゴセントはどこで寝るの?」ツユクサが尋ねる。

「ここで寝る。明日から開墾を始める。倒した木で家を建てる」

 お前ひとりでできるはずないだろ。全員からそんな空気が漂う。

「分かった、こうしよう」ハシバミがみなに言う。「あの建物は夜になると魔物が現れるかもしれない。閉じこめられて出られないかもしれない。だからひと晩は野営を続けて様子を見よう。でも、あそこで寝たい人はご自由にどうぞ」

「ゴセントに尋ねたい。ここに村を作る。そう考えていいのだな」
 シロガネが聞く。

「僕たちを呼んでいたのはここに間違いない。でも霧が……いや、どうにもならない。シロガネ、ここが永住の地だと思う」

「分かった。では私は、この地での最初の夕飯を調達しよう。まだ魚は学んでないから入れ食いだろう」

 シロガネが釣り竿とバケツを持って林を降りていく。ヤイチゴとアコンがついていく。

「見通しを良くしないとね。まずは伐採。根っこを引き抜く。一週間で林を半分にする」
 クロイミが言う。

「まずは寝床だよ」ハシバミが答える。「テントを立てよう。濡れて困る荷物は建物に移す。ゴセント、それぐらいはいいよね? それとサジー、肩を見せてごらん」

 サジーの傷は膿みだしていたので、焼酎を垂らす。黒人の若者は大げさに悲鳴をあげた。男たちの荷物にあった、山への差し入れのためらしきアルコールも残りは三瓶。飲むわけにはいかないし、そもそも匂いでむせるほど度数が高すぎる。誰も作り方を知るはずない。



 焚き火を囲んで十二人は魚がメインの夕餉を食べる。駐車場跡地にクサイチゴの群落があったので、根こそぎ実を採る。麦飯はあと二回食べたら終わる。

 ***

 カツラとサジーを抜かした十人が交代で番をする。ハシバミはクロイミと組む。駐車場ゲートの横に座り、焚き火に小枝をくべる。パチパチとやさしい音。

「ランプの油も補充しないとね」

 クロイミが言う。……菜種油。新しい村に交易商人は現れないよな。だったら自給するしかないけど、どうやって作るのだろう。アブラナは生まれた村でも栽培していなかった。

「僕たちは知らないことが多い。それを考えると不安になる」
 ハシバミは側近にだけ率直に伝える。

「ゴセントが危惧しているのもそれだと思う。ここからは新しいことを始めないといけない。遺物に頼るでなく、新しいものを作る。ゴセントは正しいけど……極端すぎる」

 ふいにハシバミはクロシソ将軍の話を思いだした。銃を作りだすのが文明。たしかにそうかもしれない。どっちにしろ、僕たちには何年かかろうが無理だ。……町の名はエブラハラと言っていた。そこは弾を作れるほどなのだから、きっと油の心配などしないのだろうな。明日の食料の心配だって。冬への不安だって。

「クロイミはいろいろ考えだせるからな。君が教えてくれないと、僕らは弟の意味深な言葉に右往左往するだけだ」

「でもハシバミは先頭に立ってくれる。真っ先に危険を冒す。僕らはみんな見てきた。……これで僕らの旅は終わったんだよね。僕の意見は、あの建物は利用する。でも、忌むべき場所でないにしても、あの村のホテル同様に住まいにはしない。やがて、僕たちは自分の住まいを作るべきだ。そうしないと」

 そこでクロイミが口ごもる。

「君が一番賢いんだ。思ったこと何だって僕に教えて欲しい」

 その言葉を聞き、クロイミがあらためてハシバミを見る。

「僕が言いたいのは、まだ先の話かもしれない。でも早ければ早いほどいい。それは」
 クロイミが照れたような顔をする。
「家族が住む家を作る。それが集まらないと村にはならない。だけど男だけでは家族は作れない。……ツヅミグサじゃないけど、やがては女の子が必要だよ。あの子たちにしかできないことは、たっぷりとあるしね」

 鹿が鳴いている。ふくろうも。ずっと遠くでホトトギスも。この時期にしては珍しく星空だ。星たちに照らされそうなほど。

「そうだね」
 ハシバミはそれだけ答える。そりゃ何より必要だ。かと言って、山に転がっているものではない。「それは次の次の次ぐらいかな。まずは伐採だ」

「それとゴセントの説得」クロイミが笑う。「とにかく考え方を新しくしないと、ここには長くいられないね」

 呼子笛が聞こえたので、クロイミも一度鳴らす。林から次の見張り番がもつランプの灯りが近づいてきた。
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