021 若い森の若い人たち
文字数 1,866文字
この国の昔の森は、からっとした杉の植林、神秘的なブナ林、紅葉……。
その頃でも、山道を離れれば灌木や藪だらけではあった。でも、巨大地震の四年後に列島を縦断した、最大瞬間風速が120キロを超える、台風という名の超特大竜巻により、高木の多くが倒れて朽ちた。
新しく育った森は背の低い照葉樹が主なのに、下草が生い茂り陰湿だった。
ハシバミたちは、そんな森に迷い込んでしまった。
「上をめざそう。尾根から稜線にでる。ゴセントもそれのがまだ いいと言っている」
引き返すと言う意見が多数を占める中で、ハシバミは主張した。
一行は再び歩きだす。先頭はカツラ。続いてハシバミ。みんな口数は少ない。しかも、ついに雨が降ってきた。あっという間に全員がびしょ濡れになる。
斜面の突き上げがようやく終わり尾根上にでても、状況はさほど変わらなかった。倒木と岩と藪と茨とダニと藪蚊。それと雨。笠を持って来たのは半数だけ。蓑を持参したのはクロイミだけ。空は暗くなっていく。
「今日はここで休もう。そして狩りを試みよう」
雨音に負けぬように、背後でシロガネが叫んだ。
鞍部状のスペースで下草の上からテントをひろげる。荷物を優先すると、人はやはり四人しか入れない。無理やり、ツユクサとコウリン、アコン、ベロニカ、サジー、クロイミが中で休む。
ハシバミとゴセントは外で見張りをし、シロガネとカツラとツヅミグサが鹿を求めて森に消えた。
サジーは行こうとしなかった。
「こんな場所にいるはずないだろ。いるのは、近くに草っ原がある森だ。ここにはイノシシさえいない」
十七歳の黒人の予言通り、三人は獲物を引きずり帰ってこなかった。その代わり、蛇を二匹捕まえた。しかも一匹は1メートルもあるアオダイショウ。
「今日の食事当番は俺とクロイミだ。きれいにさばいてやるさ。コウリンには尾頭付きだ」
サジーがにやりとする。
コウリンはうずくまったまま返事しない。
夜になっても雨は降り続く。布製テントに四人、シダの葉で作ったテントもどきの下に四人が寝る。交互に三人が番をする。
濡れた体は体力を消耗する。隣で寝るツヅミグサが盛大にくしゃみをする。ハシバミはシダの葉の下で震えながら眠る。
*
日の出前に雨はやんだ。でも藪をかき分けるだけで、川に入ると同じほど濡れるだろう。だとしても進まないとならない。
ハシバミは、最後の見張り番を倒木に座りながら勤める。雨音がなくなり、遠くで鹿の鳴き声がした。
明るくなると同時に、テントからコウリンがのそりと出てきた。きょろきょろと周囲を見渡し、ハシバミに気づく。
「ハ、ハシバミおはよう。雨がやんでよかったね」
コウリンが貼りついたような笑みでやってくる。
おずおずと人目を忍ぶような態度……。こいつはカブにかかったのか? いや、咳はしていない。それでも警戒したきつい目で見てしまう。
「じ、じつはだね、ハシバミ……」
コウリンは目を逸らす。「なんていうか、僕は――い、いや、僕たちはこんな旅を続けられないんだ。なあ?」
テントからベロニカとアコンもでてきた。どもりがちなコウリンに期待の目を向けている。でも沈黙が流れる。
「コウリン、僕が言おうか?」ベロニカが口を開く。
「い、いや大丈夫。――僕たちはもうたくさんだ」
コウリンが間の抜けた口調を隠すように大声をだす。
「僕もたくさんだよ」ハシバミが答える。「もう少し続くかな。その先で、みんなゆっくり休める」
「僕はいま休みたい。ハイウェイを選ばなかったのは愚かな判断だったと思う」
ベロニカがきっぱりと言う。
「どんどん悪くなっている。このままだと誰かが歩けなくなる。こんな場所で」
アコンも暗い目を向ける。
ハシバミは思わず睨みかえしてしまった。こいつらは付いてきているだけなのに、偉そうな意見ばかり述べやがって。
でも怒りを飲み込む。
「この森もいずれ抜ける。道にでくわすかもしれない。そしたらみんな元気が戻るよ」
ハシバミは努めて明るく言う。
「永遠に続くかもしれないだろ」
三対一になり、コウリンも強気になった。「僕らは君があの村より素晴らしいところに導くとは思えなくなった。だって、ハイウェイとかも知らなかったのだろ?」
「僕らは戻るべきだと思う」
アコンがコウリンの隣に並ぶ。「とりあえずハイウェイまででもいい。……僕はゴセントが間違っていたと思う」
とりあえずだと? 本当の望みはライデンボクの村に逃げ帰りたいのか?
ハシバミはベロニカが槍を持っていることに気づく。ホソバウンランを背後から刺した槍を。
その頃でも、山道を離れれば灌木や藪だらけではあった。でも、巨大地震の四年後に列島を縦断した、最大瞬間風速が120キロを超える、台風という名の超特大竜巻により、高木の多くが倒れて朽ちた。
新しく育った森は背の低い照葉樹が主なのに、下草が生い茂り陰湿だった。
ハシバミたちは、そんな森に迷い込んでしまった。
「上をめざそう。尾根から稜線にでる。ゴセントもそれのが
引き返すと言う意見が多数を占める中で、ハシバミは主張した。
一行は再び歩きだす。先頭はカツラ。続いてハシバミ。みんな口数は少ない。しかも、ついに雨が降ってきた。あっという間に全員がびしょ濡れになる。
斜面の突き上げがようやく終わり尾根上にでても、状況はさほど変わらなかった。倒木と岩と藪と茨とダニと藪蚊。それと雨。笠を持って来たのは半数だけ。蓑を持参したのはクロイミだけ。空は暗くなっていく。
「今日はここで休もう。そして狩りを試みよう」
雨音に負けぬように、背後でシロガネが叫んだ。
鞍部状のスペースで下草の上からテントをひろげる。荷物を優先すると、人はやはり四人しか入れない。無理やり、ツユクサとコウリン、アコン、ベロニカ、サジー、クロイミが中で休む。
ハシバミとゴセントは外で見張りをし、シロガネとカツラとツヅミグサが鹿を求めて森に消えた。
サジーは行こうとしなかった。
「こんな場所にいるはずないだろ。いるのは、近くに草っ原がある森だ。ここにはイノシシさえいない」
十七歳の黒人の予言通り、三人は獲物を引きずり帰ってこなかった。その代わり、蛇を二匹捕まえた。しかも一匹は1メートルもあるアオダイショウ。
「今日の食事当番は俺とクロイミだ。きれいにさばいてやるさ。コウリンには尾頭付きだ」
サジーがにやりとする。
コウリンはうずくまったまま返事しない。
夜になっても雨は降り続く。布製テントに四人、シダの葉で作ったテントもどきの下に四人が寝る。交互に三人が番をする。
濡れた体は体力を消耗する。隣で寝るツヅミグサが盛大にくしゃみをする。ハシバミはシダの葉の下で震えながら眠る。
*
日の出前に雨はやんだ。でも藪をかき分けるだけで、川に入ると同じほど濡れるだろう。だとしても進まないとならない。
ハシバミは、最後の見張り番を倒木に座りながら勤める。雨音がなくなり、遠くで鹿の鳴き声がした。
明るくなると同時に、テントからコウリンがのそりと出てきた。きょろきょろと周囲を見渡し、ハシバミに気づく。
「ハ、ハシバミおはよう。雨がやんでよかったね」
コウリンが貼りついたような笑みでやってくる。
おずおずと人目を忍ぶような態度……。こいつはカブにかかったのか? いや、咳はしていない。それでも警戒したきつい目で見てしまう。
「じ、じつはだね、ハシバミ……」
コウリンは目を逸らす。「なんていうか、僕は――い、いや、僕たちはこんな旅を続けられないんだ。なあ?」
テントからベロニカとアコンもでてきた。どもりがちなコウリンに期待の目を向けている。でも沈黙が流れる。
「コウリン、僕が言おうか?」ベロニカが口を開く。
「い、いや大丈夫。――僕たちはもうたくさんだ」
コウリンが間の抜けた口調を隠すように大声をだす。
「僕もたくさんだよ」ハシバミが答える。「もう少し続くかな。その先で、みんなゆっくり休める」
「僕はいま休みたい。ハイウェイを選ばなかったのは愚かな判断だったと思う」
ベロニカがきっぱりと言う。
「どんどん悪くなっている。このままだと誰かが歩けなくなる。こんな場所で」
アコンも暗い目を向ける。
ハシバミは思わず睨みかえしてしまった。こいつらは付いてきているだけなのに、偉そうな意見ばかり述べやがって。
でも怒りを飲み込む。
「この森もいずれ抜ける。道にでくわすかもしれない。そしたらみんな元気が戻るよ」
ハシバミは努めて明るく言う。
「永遠に続くかもしれないだろ」
三対一になり、コウリンも強気になった。「僕らは君があの村より素晴らしいところに導くとは思えなくなった。だって、ハイウェイとかも知らなかったのだろ?」
「僕らは戻るべきだと思う」
アコンがコウリンの隣に並ぶ。「とりあえずハイウェイまででもいい。……僕はゴセントが間違っていたと思う」
とりあえずだと? 本当の望みはライデンボクの村に逃げ帰りたいのか?
ハシバミはベロニカが槍を持っていることに気づく。ホソバウンランを背後から刺した槍を。