048 山中の平坦地
文字数 1,815文字
盆地側から見た丘は独立して見えたが、実際は裏山へと続く小ピークの連なりだった。十二人はアスファルトの跡を歩く。民家の痕跡はない。途中から完全な藪となり頂上を目指す。獣道をたどる。
「古い林だ。台風を避けてきた場所だね」クロイミが言う。
「でも村の跡がない。沢もない」ハシバミが答える。
「僕らの村には井戸があった」ベロニカが言う。
「俺たちが子どものときに井戸掘りにチャレンジしたよな」サジーが言う。
上士たちの見張りのもと、それぞれの父親たちはかなり深く掘ったけど、水はでなかった。穴は梅雨になり崩壊した。
「ここでは畑が作れない」ヤイチゴが言う。
「牛も育てられないかもお」コウリンも言う。
「分かった」とハシバミが荷物を下ろす。「丘陵は横に広がっている。ここで二チームに別れて探ろう。荷物と牛の番はカツラとコウリンと……サジー。僕と行動するのはゴセント、ヤイチゴ、アコン。それで行こう」
「サジーに俺も守らせるつもりか?」
カツラがにらんでくる。「俺は自分の体を守れるし、荷物も守れる。牛にたかる虻を追い払うのにコウリンだけいればいい」
ハシバミはカツラを見る。歩くのに精いっぱいのくせに強がっている。それでも数人の盗賊ならば、なおも太刀打ちできそうだ。コウリンだって逞しくなった。
「分かったよ。何かあれば笛を鳴らせ。銃で脅せ」
ハシバミたち五人は稜線上を歩きだす。先頭はサジー。
***
「こっちははずれだな」
サジーが振り返る。さらに傾斜がきつくなった。それでも進むと土砂崩れの跡が待ちかまえていた。稜線上からえぐれている。
「引き返そう」
ハシバミが向きを戻す。水筒が空になっている。近くに沢がないと麓まで降りないとならない。
「上を目指そう」ゴセントが主張する。「横じゃなくて奥を見てみよう」
まだ時間はあるから探検は続けられる。でも、やはりカツラたちが心配だ。
「僕とゴセントだけでもう少し行ってみる」
ハシバミは残りの三人に告げる。
「私も行こう」
ヤイチゴが言う。年齢もほかと違う彼は、一員として認められるのに必死だ。三日間の行程でも伝わってきた。
「俺とアコンだけ戻るぜ」
でこぼこの背丈の二人が林に消える。
*
沢の音がした。ハシバミたちは稜線から五メートルほど下る。喉を潤してから地形を見る。水量に比べて沢の幅は広くない。深くえぐられてもいない。下流は知らないけど、この時点では鉄砲水が発生した形跡はひどくない。
「これだけでも価値がある。だけど狭い。開けた場所がいい」
ヤイチゴが顔を洗ったあとに言う。
「うん。ハシバミ先を急ごう。僕たちを呼んでいる気がする」
ゴセントが稜線に戻る。
稜線がゆるやかに不鮮明になってきたので、枝に布を巻いて進む。いきなり昔の痕跡が現れた。百年ほどの若い林。でも意図的に平坦にされている。おおきい池もある。
「畑だったのかな」ハシバミがつぶやく。
「そうだろうね。でも民家の跡がないな。もう少し探ってみるか?」ヤイチゴが言う。
三人は十五メートル背丈の疎林の中をゆるやかに下る。これだったら開墾できるな。すぐにアスファルトの小道の痕跡に出くわした。たどれば、緑に隠れるようにコンクリート製の大きな建物が見えた。
「誰かいるか?」
ハシバミが弓を構える。ゴセントがはったりの銃を持つ。
「私が行こう」とヤイチゴが建物へ近づく。遠目にもへっぴり腰。人の気配はなさそうだと、しばらくして大声が返ってきた。
「だったら戻ってきて」
三人だけで屋内まで調べられるはずない。でもおそらく人はいない。
それから三人は高台に登る。山中のゴルフ場であった場所を見おろす。川が見えた。こちらは荒れた痕跡があるが、この平坦な高台には危害を及ぼさない。おとなしい時期ならば格好の水場だ。
「段々畑だったにしては合理的な作りではないけど、人の手が入っていたのは間違いない。上も緩やかだし崩落の恐れはないんじゃないのかな」
ハシバミは弟に言う。
「僕を呼んでいたのはここかな?」
ゴセントが小首を傾げる。「ちょっと自信がないけど、みんなを連れて来るべきだと思う」
*
「牛を連れてこれるかな」
ハシバミが来た道へ戻りながら言う。
「荷物を空にしてやろう」ゴセントが言う。
「それでも歩けないならば」ヤイチゴが言う。「ここまでを感謝しながら食べてあげよう」
三人は枝の布を追いながら林に消える。山中にひそんだ未開の地は、束の間だけ最後の静寂を味わう。
「古い林だ。台風を避けてきた場所だね」クロイミが言う。
「でも村の跡がない。沢もない」ハシバミが答える。
「僕らの村には井戸があった」ベロニカが言う。
「俺たちが子どものときに井戸掘りにチャレンジしたよな」サジーが言う。
上士たちの見張りのもと、それぞれの父親たちはかなり深く掘ったけど、水はでなかった。穴は梅雨になり崩壊した。
「ここでは畑が作れない」ヤイチゴが言う。
「牛も育てられないかもお」コウリンも言う。
「分かった」とハシバミが荷物を下ろす。「丘陵は横に広がっている。ここで二チームに別れて探ろう。荷物と牛の番はカツラとコウリンと……サジー。僕と行動するのはゴセント、ヤイチゴ、アコン。それで行こう」
「サジーに俺も守らせるつもりか?」
カツラがにらんでくる。「俺は自分の体を守れるし、荷物も守れる。牛にたかる虻を追い払うのにコウリンだけいればいい」
ハシバミはカツラを見る。歩くのに精いっぱいのくせに強がっている。それでも数人の盗賊ならば、なおも太刀打ちできそうだ。コウリンだって逞しくなった。
「分かったよ。何かあれば笛を鳴らせ。銃で脅せ」
ハシバミたち五人は稜線上を歩きだす。先頭はサジー。
***
「こっちははずれだな」
サジーが振り返る。さらに傾斜がきつくなった。それでも進むと土砂崩れの跡が待ちかまえていた。稜線上からえぐれている。
「引き返そう」
ハシバミが向きを戻す。水筒が空になっている。近くに沢がないと麓まで降りないとならない。
「上を目指そう」ゴセントが主張する。「横じゃなくて奥を見てみよう」
まだ時間はあるから探検は続けられる。でも、やはりカツラたちが心配だ。
「僕とゴセントだけでもう少し行ってみる」
ハシバミは残りの三人に告げる。
「私も行こう」
ヤイチゴが言う。年齢もほかと違う彼は、一員として認められるのに必死だ。三日間の行程でも伝わってきた。
「俺とアコンだけ戻るぜ」
でこぼこの背丈の二人が林に消える。
*
沢の音がした。ハシバミたちは稜線から五メートルほど下る。喉を潤してから地形を見る。水量に比べて沢の幅は広くない。深くえぐられてもいない。下流は知らないけど、この時点では鉄砲水が発生した形跡はひどくない。
「これだけでも価値がある。だけど狭い。開けた場所がいい」
ヤイチゴが顔を洗ったあとに言う。
「うん。ハシバミ先を急ごう。僕たちを呼んでいる気がする」
ゴセントが稜線に戻る。
稜線がゆるやかに不鮮明になってきたので、枝に布を巻いて進む。いきなり昔の痕跡が現れた。百年ほどの若い林。でも意図的に平坦にされている。おおきい池もある。
「畑だったのかな」ハシバミがつぶやく。
「そうだろうね。でも民家の跡がないな。もう少し探ってみるか?」ヤイチゴが言う。
三人は十五メートル背丈の疎林の中をゆるやかに下る。これだったら開墾できるな。すぐにアスファルトの小道の痕跡に出くわした。たどれば、緑に隠れるようにコンクリート製の大きな建物が見えた。
「誰かいるか?」
ハシバミが弓を構える。ゴセントがはったりの銃を持つ。
「私が行こう」とヤイチゴが建物へ近づく。遠目にもへっぴり腰。人の気配はなさそうだと、しばらくして大声が返ってきた。
「だったら戻ってきて」
三人だけで屋内まで調べられるはずない。でもおそらく人はいない。
それから三人は高台に登る。山中のゴルフ場であった場所を見おろす。川が見えた。こちらは荒れた痕跡があるが、この平坦な高台には危害を及ぼさない。おとなしい時期ならば格好の水場だ。
「段々畑だったにしては合理的な作りではないけど、人の手が入っていたのは間違いない。上も緩やかだし崩落の恐れはないんじゃないのかな」
ハシバミは弟に言う。
「僕を呼んでいたのはここかな?」
ゴセントが小首を傾げる。「ちょっと自信がないけど、みんなを連れて来るべきだと思う」
*
「牛を連れてこれるかな」
ハシバミが来た道へ戻りながら言う。
「荷物を空にしてやろう」ゴセントが言う。
「それでも歩けないならば」ヤイチゴが言う。「ここまでを感謝しながら食べてあげよう」
三人は枝の布を追いながら林に消える。山中にひそんだ未開の地は、束の間だけ最後の静寂を味わう。