025 シェルター

文字数 1,757文字

 ハンノキでシジュウカラがさえずっている。
 十一人は盆地を見おろす高台まで降りてきた。盆地は茶色く、踏み込むのを躊躇させた。

「カツラとコウリンが猫とネズミを捕まえた。どっちも穴の中にいた。それと、小川でベロニカたちが魚を獲ろうとしてアコンが落ちた。またびしょ濡れになって、シロガネが笑った」

 シロツメクサの土手でうたた寝していたハシバミへと、ツユクサが報告に来た。
 濡れた服が温まり心地よかったのに、起きあがるとまたひんやりする。太陽だけが熱い。

「よりによってあの二人かよ。ちっこい獲物なんか、コウリンとカツラだけで平らげる」
 隣で寝転ぶツヅミグサがぼやく。

 ツグミが負けじとさえずりだした。

「小高くてゆるやか。水害の跡も見当たらない。ここに腰をおろしてもよくないかな」
 ツヅミグサがのんびり言う。「掘っ立て小屋ならば十一人いればすぐに建てられる。雨が近い気もするし」

 ハシバミはゴセントを見る。弟はなにか言いたげだったがタンポポを摘むのに専念した。シロツメクサのクローバー同様に夕食の副菜になる。主菜は何になるだろう。

「僕はまだ進むべきだと思うけど、ゴセントはどう感じる?」

「僕だって何度もお腹をこわしたことがある。何でも見えるわけではないよ。……みんなが望むようにやってよ」
 ゴセントがためらいがちに言う。

 ハシバミは立ちあがる。細長い盆地を挟んで向かい合う丘陵地帯。あそこは山の上から見えた。でもここは近すぎて、霧や林に隠されていて、ゴセントにも見えなかった。
 向かいの丘までどれくらいかかるだろうか。旅など初体験だから距離感がつかめないけど、一日ではたどり着けないだろう。ここで休んで様子を見るべきかもな。

 *

「昔の村の跡があった。近づきはしなかった」
 偵察から戻ってきたクロイミが言う。

「鹿がいた。近づきやしなかったけどな」
 同行したサジーがにやりと笑う。

 一番の狩りの名手のこの笑みが意味することは、捕らえて夕飯にできそうだという意味。

「今日はここで野営だな」
 報告を聞きに来たカツラが槍を持つ。「俺とサジーとシロガネで行く。呼子笛を鳴らすのが一回は所在確認の合図。二回はこっちに人を寄こせ、もしくは戻ってこい。三回以上は緊急事態だからな」

 三人のハンターがそれぞれ弓と槍を持って丘を下っていく。ハシバミはカツラから長刀を預けられた。シロガネは刀も持っていく。使い道があればいいけど。

「僕らは廃村を偵察しよう。安全が確認できたら使えるものがないか探そう」
 ハシバミは残ったメンバーに提案する。

「網に釣り針、鍋に鍬」ツヅミグサが歌うように言う。「釘にノコギリ、笠やビニール。着替えと女の子」

香辛料(スパイス)も欲しいな。僕はハーブから作れるよお」

 コウリンがのんびり付け足す。のんびりした彼らが、冬厳しいこの地で防寒着がないことに気付くのはもう少し後だ。

 八人はカツラたちと反対側へと丘を下る。

 *

 荒らされていない昔の村があるはずなく、ここも然りだった。残るのは焼けたコンクリート。無政府状態になった当初の痕跡だ。
 二組に分かれて調べてみる。ハシバミ組はゴセントとツユクサとコウリン。めぼしいものは見当たらない。坂の道は土砂で埋もれている。夏場は川になるようで、樹木は茂っていない。
 村を見下ろす高台に風雨が避けられそうな廃墟があった。コンクリート製の四角い建物。
 土と草から顔をだす車の屋根を利用して、コウリンと一緒に二階から侵入する。慣れた仕草で火打石でランプに火を灯す。

「シェルターだあ」コウリンが喜びの声を漏らす。
「ああ。人はだいぶ前にいなくなったな」ハシバミが返す。

 生き延びた人間が生活していた痕跡が残っている。槍、釣り竿。大きいリュックサックは劣化しているけど、さらに生き延びるための道具がそこにはあった。
 二人は一階へと降りる。一つの部屋に、生き延びられなかった人たちが寄り添っていた。大人二人と子供一人の人骨。布団らしき布は腐っている。

「カブかな?」コウリンが口と鼻を布で覆う。

「知るはずないだろ。そうだとしても、もう感染しない」
 ハシバミはぶっきらぼうに答える。「みんなを呼ぼう。この人たちに使えるものを譲ってもらう」

 ハシバミとコウリンは、動物に荒らされることなかった骸へと両手を合わせる。
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