070 太陽の翼

文字数 2,470文字

 飛行機、ロケット、核。
 戦争が文明を加速させる。人類最後の歴史に記された戦いにおいても然りだった。

 絶望的な気候変動の中で始まった争い。その終局、人間が所有していた核兵器の1%未満が使用された。それはいくつかの大都市を蒸発させて、この星に数年に及ぶ冬を訪れさせた。ようやくの春はひと月だけで、またも長い夏が始まるのだが、その頃には人の数はピークの0.1%未満に減少していた。
 終わってしまった人類の歴史。その六年前から、過去には荒唐無稽に思われた殺人道具が華やかに続々とデビューしていった。
 携帯できる光線銃、ビル内を探る四足歩行の無人虐殺戦車、成層圏の上からのピンポイント爆撃……。人類の叡智の憐れな到達点。いずれもが遺物になった。原子力空母や潜水艦もすでに海へ沈んでいる。

 大戦当初に半島からミサイルが飛んできただけ。しかも目の上のたんこぶだった駐留軍の基地を弱体化してくれた。国民はか細い配給に率先して我慢するけど、この島国は食料と燃料の輸送ルートの確立を名目に――その次の戦いを思惑しだした。その次の世界を支配するべく作られたのが、超高高度を飛ぶ原子力爆撃機二艦。空母を兼ねた存在。それも、もはやない。

 空を飛ぶものが彼らと鳥だけになってからも、その空の化け物は高高度を飛行し続けた。そこに格納された、やはりこの国が憑りつかれたように開発したソーラープレーンはさらに長く存在した。
 政府も国も消滅した後も、空の兵たちは空に居残った。離島に築かれた基地と滑走路は攻撃を免れたけど、この星に巣はそこだけ。しかも鳥と同じで大地を制圧する力はない。ウイルスも怖い。なので征服でなく友好。侵略でなく交易。彼らは空の民と呼ばれるようになった。二艦とも地に堕ちたあとも、ソーラープレーンがある限りはそう呼ばれ続けた。

 日光を漆黒の翼に浴びるだけでエネルギーを蓄えられる。学徒兵でも扱えるほどにメンテナンスが容易。WWⅡ初期ほどにシンプルな構造をコンセプトにした――AIでなく人の力にあえて頼る空の軽騎兵。ドローンより安易に――人の命ほどに安く作れる軽騎兵。原子力爆撃機に四十機が配備されたところですべてが終わった。百年近く過ぎても一台が辛うじて生き延びていた。

 ***

 三人は沢へと降りる。

「ヤタガラスって呼ばれた飛行機。この子はミカヅキって名前。見た目よりすごく軽い。私だと無理だけど、君たちが数人いれば運べるかも」

 キハルが漆黒の胴体をさすりながら言う。

「ちょっと待った。これは鳥だよな。鉄でできた鳥だよな」
 ハシバミがヤタガラスを見下ろしながら言う。

「鉄ではない。融化硬質カーボンとかいうものだから軽い」
「どっちにしろ鳥だ。君はこれで空を飛べるのか?」

 キハルが振り返る。ハシバミの真顔を束の間見つめて目を逸らす。

「壊れてなければ、太陽に当てるだけで飛びたつ。エネルギーを満タンにして、私ぐらいの体重ならば、雨の日でも低空を七時間飛べる。離陸より着陸にエネルギーを消費するけど気にするほどではない」

「よく分かんねえな。でもミカヅキとは洒落た渾名だな」
 カツラがキハルのもとへ行く。漆黒の翼を軽く小突く。「しかし、ここから引き上げるのは大変な作業だぜ。というか、たぶん無理だ」

「村では男五人で運んだ。あなたよりみんな小柄だった」

「ふうん。だったらシロガネとサジーとヤイチゴ、コウリン。それと俺。それだけで運びだせるかな。そしたらお前は空に戻るのか?」

「仲間を探しているの。ソーラープレーンはまだ飛んでいるかもしれない。群れで飛んでいたら加わりたい」

 キハルはカツラの胸もとほどしか背丈はなかった。
 この子はこれに乗り空を飛べるというのか。あり得ないけど、あり得たならば。

「キハル。そいつはカツラという名前だ。僕はハシバミ。そのカラスとカツラが並んでいると、なぜだかカツラのが重そうに感じる」
 ハシバミもキハルの隣まで降りてヤタガラスを見上げる。
「もし空に戻れたならば、僕たちにお礼をしてくれないか? この辺りを空から哨戒してほしい。よその村を探してほしい」

「いいわよ。飛べたらの話だけど」
 キハルがうなずく。

「飛べなかったら俺の嫁になるか?」
 カツラが唐突に言う。

 キハルが身構える。銃を手にしたままだった。

「僕たちの村は十四人。牛が二頭。犬が三匹。でも女性は犬が一匹だけだ」
 ハシバミがすぐ隣の女の子に言う。「牛も犬も人間も真面目な連中だらけ。村に来てもらってもいいけど、よその村を何より探してほしい。――僕はカツラが名前を挙げた奴らを呼んでくる。カツラはさっきの家に戻り、僕たちのことをキハルに教えて待っていて」

 ハシバミは森をでたところで二人と別れる。
 村を探してもらい交易をする。女性で志願者がいたら僕たちの村に来てもらう。男が拒否したら……多少脅すは仕方ないかな。
 キハルが飛べるのが事実ならばだけど。

 *

「あの娘は若すぎるな。どっちにしろ、女一人だけを村に招くのはよろしくない」
 合流するなりシロガネが言う。「村に欲しい女性は、子どもを産んだこともある知恵も知識もある人らしい。ヒイラギとヤイチゴが言っていた」

 それは僕たち世代の意見と正反対だ。それに賛同できるシロガネはやっぱりすごい。

「だったらシロガネがお婆ちゃんをおんぶして連れてきな」
 ハシバミは冗談で言ったのに。

「どこかの村からか? さすがハシバミだな。出産や子育ての力になってもらえる」

 シロガネは勝手に感心して、背筋を伸ばして見張りを続ける。
 この善良な白人を笑えない。僕こそ短絡的だったと気づく。いま必要なのは体格のいい奴らではない。

 ハシバミは川を渡りなおす。ユドノとハグロも対岸にいた。ベロニカが(マムシ)をくすぶった火で炙るのを、三匹とも座って眺めていた。

「僕がしっかり焼いておくから、大至急クロイミとゴセントを連れてきて」
「分かった。尻尾をやるとガッサンにだけ約束してある」

 ベロニカが枝に刺した蛇をハシバミに渡す。槍を手に村へと戻る。知恵ある奴らを呼びにいく。
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