036 陸将の倉庫の話(2)
文字数 1,983文字
アイオイ親方は側近でもあるミブハヤトルに相談した。大雨が降り続いたので、ふたりは三日三晩同じ小屋で話し合った。うまくいきそうな作戦が仕上がった。
陸将の倉庫がある村は、丘の頂上が公園というものになっていて、晴れた日には子どもたちが遊んでいた。ミブハヤトルは子どもに変装してそこに紛れこんだ。兵士だらけだったけど、女の子に化けた彼に誰も不審の目を向けなかった。ミブハヤトルは夜になると茂みに隠れて寝て、翌朝また子どもたちと一緒に遊んだ。仲良しの友だちもできた。一緒に昼寝した。
その日の夕方に、ミブハヤトルは友達たちと一緒に村に入った。見張りの兵士は気づきもしなかった。ミブハヤトルは村の片隅で夜明けを待ち構えていた。
そしてくすんだ太陽とともに、女の子の姿で倉庫へと近づいた――。
「親方、とても無理ですよ。変装した僕に銃を向けました」
平地に戻ったミブハヤトルがアイオイ親方に報告した。「なんていう約束を王子と交わしたのですか。早くここから抜けださないと、梅雨に入りますよ」
「仕方ないな。だったら悪知恵を使うか」
親方が言うので、ミブハヤトルはぎくりとした。
アイオイ親方が悪だくみをするとろくなことにならない。多くの物語で知っているから、本来ならここでくすりと笑いが起きる。でも、村人たちはそわそわしたままだ。ツヅミグサは語り続ける。
「難民に紛れて村に入ろう。そして倉庫に侵入する」
「親方、無理です」
「陸将たちに腐った料理を食べさせて、腹をこわさせる。その隙に倉庫を荒らす」
「親方、絶対に無理です」
「そして、空の民の助けを借りて逃げる」
「親方、彼らは陸将の手下ですよ」
「ではこうしよう。まず――」
親方は言いだすと聞かないので、ミブハヤトルはあきらめた。
「分かりました。でも僕と二人だけでですよ。みんなを道連れにしません」
翌朝、ミブハヤトルは妻に別れの言葉を残して寝床をでた。アイオイ親方は小さい娘を抱き上げ、大きい息子には「母を守れ」と言い残した。親方の母が平地のはずれまで見送ってくれた。
雨中の難民の群れは、古い町の死霊たちほどに恐ろしかった。親方はわざと体と衣服を汚して、そこに加わった。
兵士たちは難民を陸将の村に入れようとしなかった。
「けがらわしい輩どもめ。ここに貴様らに恵む餌はない」
陸将の大声が聞こえた。
兵士たちが難民へと銃を打ちだした。おおきいクルマが動きだして、難民を轢きだした。
「やめよう、やめよう」
親方が両手をあげて、クルマの前に立った。「陸将さん、これは陰麓の黒屍のごとき仕打ちだ。いや彼よりも無慈悲だ」
「誰かと思ったらアイオイか」陸将が笑った。「捕まえろ」
兵士たちが襲ってきた。アイオイ親方は倒木だらけの森へと逃げた。難民たちも一緒に逃げだした。
「逃げるのは俺だけだ」
「私たちだって殺されたくない」
「だったらお前たちだけ逃げろ。俺は戦う」
アイオイ親方は今度は一人で大きいクルマに立ちはだかる。すると、すがりつくだけだった難民たちが、親方のあとに続いた。
「うおおおお」
難民たちの雄叫びは雷のようだった。氾濫した川のように兵士たちへと向かう。
ズドオオオオン!
雨が降っていないのに、本当の雷が落ちた。しかも倉庫へだ。
「やばい」アイオイ親方は蒼くなった。燃える倉庫へ向かう。「ミブハヤトル大丈夫か」
アイオイ親方が難民たちに紛れて騒ぎを起こしたすきに、ミブハヤトルが倉庫に忍びこむ作戦。雷はデンキ様の分身だ。きっと姑息な親方たちに天罰を喰らわしたと、みんなは思った。
「親方、雷のおかげで倉庫の入り口が開きました。でも食料なんてなかったです」
ミブハヤトルは煤だらけだけど元気だった。「武器だけでした」
倉庫に行けば食料がたっぷりある。そんな噂が流れていたので、難民たちは親方を追っていた。彼らはみんながっかりした。
「これを西の王子様に渡そう。それで手を打ってもらう」
アイオイ親方は難民たちに声かける。「みんなも手伝ってくれ。強突く張りな王子様には、俺たちを平地から解放してもらわぬ代わりに、みんなに食事を配ってもらう」
難民たちが倉庫から武器をだす。斧や銃を握った何千人の集団に兵士たちは逃げだした。陸将は空へと逃れたけど、雷が当たり墜落した。人々を殺したから、デンキ様の怒りを買ったのだ。
「王子様。陸将から奪った武器です。一緒に難民を引き渡しますので、腹いっぱいにしてやってください」
「約束とまったく違うでないか。何ひとつ認めない」
親方を突き放した西の王子様へと、武装した難民たちがにじり寄る。
「……分かった。お前の村人が丘に戻るのを許そう。その代わり、こいつらの世話はお前が見ろ」
ほなさいならと、西の王子様は西へと帰られた。
「やれやれ。それじゃ、みんなででっかい村を作ろうか」
親方が言うと、難民たちが鬨をあげた。
陸将の倉庫がある村は、丘の頂上が公園というものになっていて、晴れた日には子どもたちが遊んでいた。ミブハヤトルは子どもに変装してそこに紛れこんだ。兵士だらけだったけど、女の子に化けた彼に誰も不審の目を向けなかった。ミブハヤトルは夜になると茂みに隠れて寝て、翌朝また子どもたちと一緒に遊んだ。仲良しの友だちもできた。一緒に昼寝した。
その日の夕方に、ミブハヤトルは友達たちと一緒に村に入った。見張りの兵士は気づきもしなかった。ミブハヤトルは村の片隅で夜明けを待ち構えていた。
そしてくすんだ太陽とともに、女の子の姿で倉庫へと近づいた――。
「親方、とても無理ですよ。変装した僕に銃を向けました」
平地に戻ったミブハヤトルがアイオイ親方に報告した。「なんていう約束を王子と交わしたのですか。早くここから抜けださないと、梅雨に入りますよ」
「仕方ないな。だったら悪知恵を使うか」
親方が言うので、ミブハヤトルはぎくりとした。
アイオイ親方が悪だくみをするとろくなことにならない。多くの物語で知っているから、本来ならここでくすりと笑いが起きる。でも、村人たちはそわそわしたままだ。ツヅミグサは語り続ける。
「難民に紛れて村に入ろう。そして倉庫に侵入する」
「親方、無理です」
「陸将たちに腐った料理を食べさせて、腹をこわさせる。その隙に倉庫を荒らす」
「親方、絶対に無理です」
「そして、空の民の助けを借りて逃げる」
「親方、彼らは陸将の手下ですよ」
「ではこうしよう。まず――」
親方は言いだすと聞かないので、ミブハヤトルはあきらめた。
「分かりました。でも僕と二人だけでですよ。みんなを道連れにしません」
翌朝、ミブハヤトルは妻に別れの言葉を残して寝床をでた。アイオイ親方は小さい娘を抱き上げ、大きい息子には「母を守れ」と言い残した。親方の母が平地のはずれまで見送ってくれた。
雨中の難民の群れは、古い町の死霊たちほどに恐ろしかった。親方はわざと体と衣服を汚して、そこに加わった。
兵士たちは難民を陸将の村に入れようとしなかった。
「けがらわしい輩どもめ。ここに貴様らに恵む餌はない」
陸将の大声が聞こえた。
兵士たちが難民へと銃を打ちだした。おおきいクルマが動きだして、難民を轢きだした。
「やめよう、やめよう」
親方が両手をあげて、クルマの前に立った。「陸将さん、これは陰麓の黒屍のごとき仕打ちだ。いや彼よりも無慈悲だ」
「誰かと思ったらアイオイか」陸将が笑った。「捕まえろ」
兵士たちが襲ってきた。アイオイ親方は倒木だらけの森へと逃げた。難民たちも一緒に逃げだした。
「逃げるのは俺だけだ」
「私たちだって殺されたくない」
「だったらお前たちだけ逃げろ。俺は戦う」
アイオイ親方は今度は一人で大きいクルマに立ちはだかる。すると、すがりつくだけだった難民たちが、親方のあとに続いた。
「うおおおお」
難民たちの雄叫びは雷のようだった。氾濫した川のように兵士たちへと向かう。
ズドオオオオン!
雨が降っていないのに、本当の雷が落ちた。しかも倉庫へだ。
「やばい」アイオイ親方は蒼くなった。燃える倉庫へ向かう。「ミブハヤトル大丈夫か」
アイオイ親方が難民たちに紛れて騒ぎを起こしたすきに、ミブハヤトルが倉庫に忍びこむ作戦。雷はデンキ様の分身だ。きっと姑息な親方たちに天罰を喰らわしたと、みんなは思った。
「親方、雷のおかげで倉庫の入り口が開きました。でも食料なんてなかったです」
ミブハヤトルは煤だらけだけど元気だった。「武器だけでした」
倉庫に行けば食料がたっぷりある。そんな噂が流れていたので、難民たちは親方を追っていた。彼らはみんながっかりした。
「これを西の王子様に渡そう。それで手を打ってもらう」
アイオイ親方は難民たちに声かける。「みんなも手伝ってくれ。強突く張りな王子様には、俺たちを平地から解放してもらわぬ代わりに、みんなに食事を配ってもらう」
難民たちが倉庫から武器をだす。斧や銃を握った何千人の集団に兵士たちは逃げだした。陸将は空へと逃れたけど、雷が当たり墜落した。人々を殺したから、デンキ様の怒りを買ったのだ。
「王子様。陸将から奪った武器です。一緒に難民を引き渡しますので、腹いっぱいにしてやってください」
「約束とまったく違うでないか。何ひとつ認めない」
親方を突き放した西の王子様へと、武装した難民たちがにじり寄る。
「……分かった。お前の村人が丘に戻るのを許そう。その代わり、こいつらの世話はお前が見ろ」
ほなさいならと、西の王子様は西へと帰られた。
「やれやれ。それじゃ、みんなででっかい村を作ろうか」
親方が言うと、難民たちが鬨をあげた。