125 秋立ちぬ

文字数 2,859文字

 翌朝は雷混じりの土砂降りで、若者たちは()()うの(てい)で村に転がりこんだ。まったくもって雨のせいで、感動的でなく、お互いに照れたりして、なし崩しに日常が始まった。

 ***

 スコールとカンカン照りの繰り返し。誰もが慣れている。それでも真夏は辛い。はやく実りの秋が来ればいいのに。水舟丘陵に畑はないけど。

 男が十六人と女が十一人。子どもが二人。二十九人もの所帯になった水舟丘陵だが、相変わらず狩猟採集が中心だった。男たちはせっせと狩りに出かけ、女たちは木の実をかき集めた。ゴルフ場跡地がじわじわと開墾されていく。水はけ良好。来年には畑ができる。

 蚕どころか木綿も、そもそも機織りの道具がないことに、女たちは動揺したがどうにもならない。しばらくはぼろ布を継ぎ接いで生活だ。屋外で働く男たちは服の損傷が激しいけど、タオルなどの貴重な布類は彼女たちを覆うのに優先させる。……冬は毛皮頼りだな。
 掘っ立て小屋は合計六軒になった。女子が共同生活。男はハチの巣。その第一号であったキハルの家は空き家になる。


 人の多い見送りは不吉だと、キハルは長だけを滑走路に招いた。女子が増えたからか身だしなみに気を使うようになった彼女は、一人だけ長髪もあって、誰よりも美人に思えた。朝日を斜めに受けていれば尚更だ。

「飛べなくてもいい。ここで過ごしなよ」
 ハシバミは最後にもう一度だけ告げる。

「いつか戻ってくるよ。だから、ここの整備を忘れないでね」
 キハルはにっかり笑う。

 ミカヅキの新しいタイヤ()を見つけるという、あてもない旅。

『途中で足がくじけたらどうする?』
 クロイミが強く引き止めた。

『クロイミが迎えに来て』
 キハルは冗談めかして笑うだけだった。

 この女の子こそ強い。あきれるほどに強い。だからきっと帰ってくるだろう。いつの日か。
 キハルが覆面をする。サングラスをかける。

「じゃあね、トモをよろしく」

 風防が手動でおろされる。ミカヅキが風を起こす。空に浮かぶ。あっという間に黒点になり見えなくなる。
 ハシバミは猫を抱えて村へと戻る。

 ***

 まず長が相手を決めてくれ。どうせキハルだろ。

 そんな空気が漂っていたのに、彼女はいなくなってしまった。そもそも、お姫様は友に譲る。ハシバミが選びたいのはセーナだった。

「長となんて無理です。私なんかがなれるはずない。キハル様の帰りをお待ちください」

 逃げる逃げる。
 交際すなわち結婚。長の妻は新しい村を導く女性。真面目な彼女だから、なおさら責任重大に感じたのだろう。

「キハルの相手は決まっている。それと敬語は禁止と言ったよね。僕にもキハルにも」
「どっちにしても絶対に無理。他の人にして。ごめんなさい」

 セーナは蒼い顔して何度も首を横に振った。さすがのハシバミもへこみかけた。

「いまさらハシバミが他の人を選べると思う?」
 ヨツバが乱入してきた。

「選ぶ権利はセーナにもある。違うというならば、それこそ奴隷(・・)根性じゃないかしら」
 ツユミが親友を過激に守りだした。

「長のどこが気にいらないのか私に教えて。それによっては味方になる」
 ホシグサが間に入った。「それとも他に誰かいるの?」

 セーナは首を横に振ったらしい。


「なんで私を選ぶの? 私がどんな人であるか、まだ何も知らないよね」

 物見やぐらに二人きり。セーナは覚悟を決めたようにハシバミに問う。秋近づく空だけが見ている。

 そりゃ、かわいくてお洒落だから。華奢な感じが僕の好みだから。
 正直に答えるべきではないよな。彼女が求めているのときっと違う。

「舟で手をつないだときに感じた。本当だよ。あのときの君は泥だらけだったけど、あの瞬間に報われた」

 この言葉だって嘘偽りではない。

「だったら私でなくてもよかった」
「それはない。アイオイ親方の母親か誰かが僕たちを導いた。だから僕とセーナは誰よりも最初に手を取りあった」

 言いくるめられているようで納得しない面のセーナだったけど、やがてあきらめたように微笑む。

「あれは舟じゃない。筏だったよ」
「君に嘘つくのは、あれが最後」

 二人はまた手を取りあえた。

 *

 十六歳(ツユクサ、ゴセント)から二十歳(シロガネ、ブルーミー)の若者たち。男女の組み合わせはじわじわと仕上がっていく。
 そこから明らかに外れる年代の二人――ヒイラギとバクラバはおのずと仲良くなった。彼らは互いに尊敬しあい、周辺の探検に務めた。ヤイチゴもそれに近い年代だったが、彼は灌漑に力を注いだ。水路が築かれようとしている。
 過去に家族や伴侶を失うか見捨てた三人に、あらたな家庭を持つ気はなかった。

 唯一家族を持つニシツゲは、いつか宣言した通りに誰よりも一番に切り株と埋もれていた石を掘り起こした。その妻であるホシグサは女性たちのリーダーになるタイプではなかったが、そのやさしさと母性で、女にも男にもじわじわと頼られていった。

 女たちは、エブラハラでの生活がどれだけ恵まれていたかを知った。布団のないごつごつした床で寝ることに慣れなかった。
 穀物食べたい。味噌汁飲みたい。海産物の干物が届けられない。牛の匂い。放し飼いの犬。なんで調理しない? 不平不満がこぼれだす。

「だったらエブラハラに戻ればいい。遠いというならば、すぐ近くにナトハン家がある。そこに行くがいい」
 ヨツバがきっぱりと言った。

「私はどこにもいかない。この村の母親になる」
 ツユミが言い返す。

「二人は強いけど、きっと仲良くなる」

 長の家で、セーナが微笑みながら言う。いつしか彼女はハシバミと夜をともに過ごした。

 ***

 夕涼みの時間。沢には男四人とツユミとヨツバとホシクサがいた。下流ではコウリンが牛たちの体を洗っている。ニシツゲの二人の子が手伝っている。犬たちはサジーの夕時の狩りに付き合っている。

「麦だけだとこの人数より増えたら養えないかも。稲作すべき。だから種もみが欲しい。秋になったらエブラハラに忍びこもう」
 足を浸したツユミが簡単に言う。「あそこから奪う権利が私たちにある。ツヅミグサだったら見つからずに帰ってこれる」

 彼女にはやくも尻に敷かれ始めたツヅミグサがぎょっとした顔をする。

「だったらナトハン家の種芋を奪う権利も私たちにある」
 ヨツバが対抗するように告げる。

「どちらにも関わらないでおこう。冬になれば鹿を獲れやすくなる。……飢える日もあるだろうけど、僕はそこまで心配していない」
 ハシバミが答える。

「こうも暑いと冬なんて想像できない」
 ブルーミーが笑う。まだ誰とも交際していないヨツバの端正な横顔をちらちら見ている。

「ここの冬は寒い」ホシクサが言う。「ツヅミグサ、話を教えてよ。子どもたちに聞かせられる楽しい話」

「寒い冬に聞かせるお話か? だったら……門番と精霊の話にするか」

「題名からして楽しそう」
 ゴセントがにっこりする。「たっぷりと話してよ」

 日没までにまだ時間はあるし、村へ登る道は整備されたから暗闇だからと転ぶ恐れは少ない。ハシバミたちはツヅミグサを囲むように座りなおす。
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