057 凛とした巻き尾

文字数 1,937文字

 ヤイチゴがレクチャーを始める。

「とにかく仕掛ける場所だ。冬になれば通り道がはっきりする。そうなれば餌に関係なく鹿さえ獲れる、が二度通用しない。なので場所は常に変える。裏をかくこと。仕掛けた周辺に子どもを遊びに来させるな……近い将来の話だ。
この時期ならばタヌキ系だな。釣った魚も餌になるが、生きたネズミがベストだ。村ができれば、あいつらもやってくる」

 ヤイチゴが灌木を支柱に針金トラップをセットする。手首ほどの枝を手にして。
「輪に足を入れて引っ張ると……本来はバチンと締まる。本当ならば、この枝も逃げられない」

 枝を持ちあげると針金がするりと落ちた。

「ぐにゃぐにゃだからか」ハシバミが聞く。

「そうだ。さきほども言ったけど、硬くて太い針金をバネにする。さすがになんでも手に入らない。いつか集落跡を探ってみよう」

 針金を作るのも文明か。ハシバミはふと思う。僕にもゴセントにも無理だけど。カツラでもクロイミにだって。

「しかし暑い。今年も夏が思いやられる」と、ヤイチゴが立ち上がる。丘へと登っていくが、残りの三人は沢で水浴びする。

 *

「傷口を塞ぐどころか、肉が隆起してないか。縫い糸をどうするかは教えられていない」
 シロガネがカツラの傷口を呆れたように見る。

「ツユクサの縫い方が上手だったのだろ。女の子みたいにな。……硬くて太いままなのに、川から流れてこないかな」

 カツラはずいぶん元気になった。

「その件だけど、ライデンボクの村の掟を継承しようと思う」
 ハシバミが岩に腰かけて言う。まだ水はぬるくない。「女の子を大事にする。それはよその村や旅人の子でも同様。力づくにした奴は追放する」

「当然だろう。しかし、そのルールを実践するためにはそれこそ彼女たちが必要だ」
 シロガネが服を着ながら言う。「男性は若くして死ぬことが多いので、女性が余る。だから上士が複数伴侶を持ったわけだが……女性を養える村のが少ないかもしれない」

 戦いや狩りで男は死ぬ。小さな村では残った女を養いきれない。そんな村を探す……。あり得るなと、ハシバミは思う。でもよその村はどこにある?

「選び放題だろうと滅んだら意味ないな」
 カツラも陸に上がる。「ヒイラギさんは二人妻がいた。ブルーミーは俺の二つ上で同時に上士になったからまだ未婚。ああ見えて強靭だ。戦闘より追跡が得意だから道案内に重宝するぜ。ただし黙っている時間は寝ている時だけ。――ハシバミ、結んでくれ」

 ハシバミがカツラの傷口に濡れた布を巻きつけ終えたときに、吠え声がした。

「犬どもだな。私たちの夕飯になってもらうか」
 シロガネが弓を持つ。

 また数匹が吠えた。下流からだ。

「俺たちへと、向かってくれているじゃないか」
 カツラが歯をむき出しにする。長刀もむき出しにする。「シロガネとハシバミで挟み撃ちにしろ。俺がとどめを刺す。最低でも三匹だ」

「数が分からない。固まるべきだ。私は十匹の荒れ狂う獣に囲まれたくない」
「たしかにな。白い肌が真っ赤に焼けたシロガネさんはうまそうだ」

 ハシバミは、狩りは彼らに従う。岩影に隠れて弓を持つ。興奮した吠え声が近づいてくる。





 はじめは人だと思った。でもすぐに犬だと気づく。でかすぎて黒い犬だ。それが三匹の犬と追いかけっこをしていた。

「あれは犬じゃないかもな」
 シロガネが隣でつぶやく。「熊って奴かもしれない。あいつだけで全員が満腹になる」

 きゃいんと悲鳴を上げて一匹の犬が川へと落ちた。犬かきをしながら流されていく。

「ぜったいに犬じゃない」
 ハシバミが二人に顔を向ける。「あの犬を襲った爪を見たか? 長くて何本もあった」

 しかも熊は二本足で立ちあがった。残りの二頭の犬がうなりながら構える。一頭は白くてでかい。もう一頭はきつね色で小さい。どちらも尻尾が丸まっている。

「こいつら戦うつもりだぜ。あのでかいのとだぞ」
 カツラが楽しそうに言う。

「よっぽど腹が減っているのだよ」

 ハシバミはそう言ってから考える。おそらく熊も犬を食料に欲している。お互いに喰おうとしている。のぞき見している人間たちもだけど……。
 犬を矢で倒したあとに熊を倒す。逆だと犬は逃げる。熊だって逃げるかもしれないけど、あの爪と戦いたくない。でも……たまに漂う獣の匂い。騒がずに潜んでいた獣。あれの正体がこのでかい奴ならば。

「熊を倒そう」
 ハシバミがあらためて二人に言う。「犬に加勢する」

 それを聞き、カツラがにやりと笑う。

「ほお。おもしろそうだな」
 シロガネも同意する。

 トリカブト毒は使わない。僕らの食料もしくは牛たちを狙っていたこいつは、僕たちのでっかい食料でもあるから。
 ヒグマほどでないにしてもツキノワグマの表皮の硬さと脂肪の厚さを、三人はまだ知らない。
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