052 お宝

文字数 2,102文字

 十二人の真面目な若者たちでも、旅が終わった翌日はだらだら過ごした。昨日大口を叩いたゴセントもツユクサと池で遊んでいた。ハシバミは昨夜クロイミが話したことを、ゴセントにだけ教えてある。

『僕だって女の子と仲良くしたい』弟はそれだけ言った。


「ゴセントさあ、コウとリンのことだけど」
 コウリンがおずおずと尋ねる。

「俺が言う」とサジーが引き継ぐ。「犬の吠え声はしないが、俺たちは牛の番だけしていられない。二頭だけでも、建物に寝かせてやりたい」

「この池には大きいカエルがいる。きっとおいしいよね」
 ゴセントが藻を頭から垂らしたまま池から上がり「これからのことは、僕だけじゃなくてみんなで決めることだよ。……僕だって建物を見てみたいし」

「当たり前だよ! ハシバミー!」

 ハシバミはツユクサに呼びつけられる。まだ見張りはいらないと判断して、全員で手つかず廃墟の探検を再開する。カツラもついてきた。コウとリンも連れていく。アスファルトだった小道は踏まれるたびに歩きやすくなっていく。藪の踏み跡は道と化していく。

 *

「横開きだな。下側で固定されている。この鍵穴を回せば、たぶん開く」
 クロイミが観察を終える。

 入口の自動ドアを開けるために、勝手口から入った十二人の捜索が始まる。すぐにクロイミが事務室で鍵束を見つけた。器用なツヅミグサと力自慢のサジーに任せる。ツヅミグサは正しい鍵を見つけ、サジーが肩をかばいながら十五分かけて鍵穴をまわす。錆びた玄関が開放された。
 その時間に、コウリンとヤイチゴが嫌がる牛たちを浴槽へと連れ込んだ。快適にしてやるために、土と草を運ぶ地道な作業にアコンとベロニカも加わった。

「ブナの林があるぞ。お宝だ。あの下は清潔に決まっている。生き物が集まる林だ」

 カツラとゴセントが屋上から降りてきた。カツラはそのまま階段に座りこんだけど、快方に向かっている。とてつもなき肉体と体力、精神力。

 ゴセントがハシバミを見つめる。

「たしかにクロイミの言うとおりかも。僕たちは弱者なんだから、昔の人の力を借りても恥ずかしくない。なによりデンキ様の思し召しにちがいない。いまはまだ、使えるものは利用しよう。だけど僕たちの住まいは外に作ろう。最初は数件。やがて十二件」

 いきなりの話に、居あわせた者はびっくりした。

「分かった。さっそくやろうよ。僕だって斧を使える」
 ツユクサが真っ先に賛同した。

「斧は二つしかなく、ひとつは刃こぼれしている」
 シロガネが言う。「裏の小さな建物を探ってみないか? 案外ああいう場所こそがブナ林かもしれない」

「斧がありそうだね。油も。僕とシロガネ、クロイミで行こう」
 ハシバミが言う。「ゴセントはここで銃と弓とランプを探して。……いやな顔は禁止。デンキ様の思し召しだろ?」

 電気があって平和だったこの国にそれらは不要だったことを若者たちは知らない。ゴセントは徒労に終わるけど、カッターナイフや縛るのに使えそうな電気コード、なにより好奇心を満たされて満足した。

 ***

 倉庫の扉を開けられず、やはりツヅミグサを呼んで窓から侵入してもらう。

「こんなのが二個あった。落とすよ」
 3メートルの高さにある明かり窓からツヅミグサが顔を覗かせる。長い脚立も覗かせる。

 内側からシロガネとサジーが錆びた鉄扉を開ける。倉庫へと九十年ぶりに光と風が流れ込む。

「ビニール」

 ハシバミがつぶやく。劣化していてもブルーシートがたっぷりと畳んであった。その横には朽ちた薪の山と手斧。

「土と……これは肥料だ! きっと使える。……これがガソリンだったのかな? 使えるかも」

 実際は灯油だけど、限りなく劣化して酢になっていても、原始的に燃やすだけならば菜種油よりは使える。クロイミとツヅミグサが色々とすばやくチェックする。草刈り機などの人力に頼れない器具には興味を示さない。チェーンソーには少しだけ興味を示す。

「鎌、鋸、スコップがある。ロープ、バケツ、ホースも使える。収容具はたっぷりあるけど、おおきい斧はない。鍬もなさげ……。畑じゃなかったのかな? ちょっとがっかりした」
 
「充分だろ、贅沢者め。斧など石で作れ。石斧だ」
 入口から来たカツラが言う。「俺はしばらくできんからサジーに任せる。……槍もないのか?」

「武器を持って逃げだしたのだろ。当然だと思う」

 シロガネの言葉に全員が納得する。

 複合施設であったバーベキュー会場はすでに森に消えた。でも、カツラが腰かけた木箱の中身が豆炭であることを、十二人はまだ知らない。クラブハウス内の納戸では、カブが三度目の猛威を振るった際の消毒アルコール2ダースが気化して空になっていて、容器だけはたっぷり手に入ることも知らない。常備を義務づけられた抗ウイルス薬が変異を続けたカブに効果ないことなど知る必要ない。
 駐車場の隅で藪に窓を割られた大型四駆車に、楔を打ち込むための本格的な斧が錆びながら二本残っていることは、翌日の探検で知る。
 生き延びたブナ林が、生き延びたツキノワグマの最後のテリトリーであることは知るはずない。飢えた彼らは昔より凶暴になっていることも。人を恐れぬほどに。
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