019 山中の建造物
文字数 1,604文字
十一人は村をでてから三度目の朝を迎えた。いずれの夜も番を交互にたてての野営だった。四人寝られる布製テントは、ツユクサを優先に使わせた。彼の傷が悪化することはなく、大きな怪我をした者も体調をくずした者もいない。ここまでは順調に来ている。
誤算は食料を調達できなかったこと。鹿を二度見かけたが、どちらも狩りにしくじった。魚を獲りたくても、誰も網どころか釣り針さえ持ってこなかった。まさかの大失態。なので、村にいた時よりまともな物を食べていない。
でも、ライデンボクの村からは充分に遠ざかった。いよいよ新天地探しだ。
「怪我はよくなったので、僕も今日から荷物を持つ」
ツユクサがハシバミだけに言う。「そしたら誰も僕を邪魔者なんて思わないよね」
「誰も思ってないし思わせない」
ハシバミはツユクサの髪をくしゃくしゃ握る。
次の瞬間、遠くで雷が鳴った。全員が不安げに空を見る。暗い雲は見当たらない。
「銃声?」
シロガネがハシバミに尋ねる。狩りや戦いで使われていた武器のことだ。手入れが難しく弾を調達できず、いまの世では使われてないと聞くけど。
「シロガネが分からないのなら僕にも分からない」ハシバミは正直に答える。
「私たちは知らないことが多すぎる。この人数で、あの村を出たのは正解だったかもな」
シロガネは誰よりも不安そうだった。
用を足していたコウリンとサジーが戻ったところで出発する。アスファルトに沿ってひたすら歩く。そら豆をもらった村以降は人と会っていない。昔の痕跡はしょっちゅう現れるが、崩壊して荒らされていた。
この国は、世界が三つに分かれた虐殺戦争による直接被害は少ない。最初の主戦場になったすぐ隣の半島や南の島国よりはだ。
WWⅢの遠因になった致命的な気候変動の影響も、それでも他所よりは少なかった。さらに恐るべき放射能も――。飢饉と疫病と水だらけでも、砂漠と化した大陸よりは生きられる可能性がある島だった。海外から避難民が、家畜が死ぬ暑さがなく畑が作れる島に押し寄せた瞬間もあった。
この国にとどめを刺したのは外国の軍隊でなく地震だった。政府の機能と通信網電力網は、南海から千島沖に至るプレートの連鎖的な滑りにより喪失した。九州の火山群が、居住を続けるのが困難なほどに活発化する。西の超大国が国全体を覆ったハリケーンで、東の超大国が内戦と干ばつで実質的消滅した直後の出来事だった。
最後の最後。核兵器がやけくそみたいに使用される。他の国々も戦争と熱波で滅んでいった。
生き延びた人々の隣に、変異を続ける生物兵器――カブは常にひそんでいた。百年を過ぎてなおも。
***
巨大な建造物を前にして、全員は立ちつくした。こんな物を作れる力があった人たちが、どうやれば滅べるのだろう。誰もが見上げていた。それは林に寝そべる巨大なムカデみたいだった。
「ハイウェイって道だな」カツラが隣にやってきた。
「これが道?」
ハシバミは、今までたどってきたアスファルトの残骸よりも、村の踏みしめられた土の小道を思い浮かべた。「君は何で知っている?」
「旅商人の尋問に付き合ったことがある。ここは崩落しているところもあるけど、おおむね歩きやすい。トンネルってものもあり、遠くまで数日で行ける。人とも出会いやすく情報交換や物々交換もできる。ただし人と会いやすいのは危険でもある」
カツラが言う意味は分かった。
「どうやら君と僕で覗きに行くべきだな」ハシバミが言う。
「僕は素通りすべきだと思う。でも、偵察には付き合うよ」
クロイミの目には好奇心が宿っていた。
「さきほどのが銃声だとしたら、この道が関わっているかもしれない」
シロガネが荷物を下ろし、刀と弓だけを持つ。「私もクロイミに同意見だが、この目で判断したい」
「よし、四人で行こう。どこかに登り口があるはずだ」
カツラがずんずんと歩きだす。こんな場面では、カツラほど頼もしい奴はいない。
誤算は食料を調達できなかったこと。鹿を二度見かけたが、どちらも狩りにしくじった。魚を獲りたくても、誰も網どころか釣り針さえ持ってこなかった。まさかの大失態。なので、村にいた時よりまともな物を食べていない。
でも、ライデンボクの村からは充分に遠ざかった。いよいよ新天地探しだ。
「怪我はよくなったので、僕も今日から荷物を持つ」
ツユクサがハシバミだけに言う。「そしたら誰も僕を邪魔者なんて思わないよね」
「誰も思ってないし思わせない」
ハシバミはツユクサの髪をくしゃくしゃ握る。
次の瞬間、遠くで雷が鳴った。全員が不安げに空を見る。暗い雲は見当たらない。
「銃声?」
シロガネがハシバミに尋ねる。狩りや戦いで使われていた武器のことだ。手入れが難しく弾を調達できず、いまの世では使われてないと聞くけど。
「シロガネが分からないのなら僕にも分からない」ハシバミは正直に答える。
「私たちは知らないことが多すぎる。この人数で、あの村を出たのは正解だったかもな」
シロガネは誰よりも不安そうだった。
用を足していたコウリンとサジーが戻ったところで出発する。アスファルトに沿ってひたすら歩く。そら豆をもらった村以降は人と会っていない。昔の痕跡はしょっちゅう現れるが、崩壊して荒らされていた。
この国は、世界が三つに分かれた虐殺戦争による直接被害は少ない。最初の主戦場になったすぐ隣の半島や南の島国よりはだ。
WWⅢの遠因になった致命的な気候変動の影響も、それでも他所よりは少なかった。さらに恐るべき放射能も――。飢饉と疫病と水だらけでも、砂漠と化した大陸よりは生きられる可能性がある島だった。海外から避難民が、家畜が死ぬ暑さがなく畑が作れる島に押し寄せた瞬間もあった。
この国にとどめを刺したのは外国の軍隊でなく地震だった。政府の機能と通信網電力網は、南海から千島沖に至るプレートの連鎖的な滑りにより喪失した。九州の火山群が、居住を続けるのが困難なほどに活発化する。西の超大国が国全体を覆ったハリケーンで、東の超大国が内戦と干ばつで実質的消滅した直後の出来事だった。
最後の最後。核兵器がやけくそみたいに使用される。他の国々も戦争と熱波で滅んでいった。
生き延びた人々の隣に、変異を続ける生物兵器――カブは常にひそんでいた。百年を過ぎてなおも。
***
巨大な建造物を前にして、全員は立ちつくした。こんな物を作れる力があった人たちが、どうやれば滅べるのだろう。誰もが見上げていた。それは林に寝そべる巨大なムカデみたいだった。
「ハイウェイって道だな」カツラが隣にやってきた。
「これが道?」
ハシバミは、今までたどってきたアスファルトの残骸よりも、村の踏みしめられた土の小道を思い浮かべた。「君は何で知っている?」
「旅商人の尋問に付き合ったことがある。ここは崩落しているところもあるけど、おおむね歩きやすい。トンネルってものもあり、遠くまで数日で行ける。人とも出会いやすく情報交換や物々交換もできる。ただし人と会いやすいのは危険でもある」
カツラが言う意味は分かった。
「どうやら君と僕で覗きに行くべきだな」ハシバミが言う。
「僕は素通りすべきだと思う。でも、偵察には付き合うよ」
クロイミの目には好奇心が宿っていた。
「さきほどのが銃声だとしたら、この道が関わっているかもしれない」
シロガネが荷物を下ろし、刀と弓だけを持つ。「私もクロイミに同意見だが、この目で判断したい」
「よし、四人で行こう。どこかに登り口があるはずだ」
カツラがずんずんと歩きだす。こんな場面では、カツラほど頼もしい奴はいない。