029 雨はやまず

文字数 1,884文字

 雨がしっかり降り続くうえに鍬や釣り竿が枝に引っかかり、一行のペースは上がらない。でもニワトリの鳴き声が聞こえた。バオチュンファの村は近そうだ。
 踏み跡ではない道にでる。人が二人並んで歩ける未舗装の道。

「カツラに停まるように伝えて」ハシバミは前を行くベロニカに言う。
「カツラにストップさせろだってさ」ベロニカがコウリンに呼びかける。

 最後尾のハシバミからの伝令が先頭に届き、カツラが背荷物を下ろして待っていた。 

「この大荷物だと威厳がない。種と油。塩と麦。それだけ持っていこう」

 ハシバミもリュックサックを下ろすというか落とす。彼らの荷物で貴重品と呼べるのはそれぐらいだ。

「武器と農具もだな」

 シロガネが分かりきったことを口にする。手に入れたばかりの鍬でだって身を守れる……。あのシェルターは、並んだ屍のためにバオチュンファたちに荒らされなかったと思う。僕らだって気分良くなかったけど、背に腹は代えられない。

「武器だったんだろうけど、リーチが狭すぎだ」
 カツラが、ゴセントが持っていた金属バットを片手で振り下ろしながら「ここからは森に入るか?」

「堂々と行こう」

 ハシバミが答えて、彼と先頭に立ち道を進む。シロガネとツヅミグサが続く。サジーが全財産を背負う。



 森を抜けると段々畑が見えた。作業をしている男女が彼らを見ている。その奥の林から半鐘が鳴る。

「そこそこ広い畑だな。俺たちの村の半分もなさそうだが」カツラが言う。

「あそこが僕らの村だったことはないよ。頭領と上士の村だった」
 クロイミが隣に来た。「この村そのものの大きさはどうだろう。煙は四か所から上がっていたけど」

 あいかわらず観察する場所が違うし速い。

「火にあたりたいな。体中で濡れてないところはないよ。褌だってね」
 ツヅミグサが言う。

「ずっと洗ってないのだから――」

 ハシバミが冗談を言いかけたところで、蓑を着た男二人が彼らへと駆けてきた。武器を持っていない?
 ハシバミは周囲を探る。弓を持つ者はどこにひそんでいる……。ここまで来たらとにかく堂々だ。彼らは何度も僕たちを襲えた。少なくとも半数に減らせたはずだ。

「バオチュンファさんに誘われた一団です」
 ハシバミが先に言う。

「聞いている。こちらへどうぞ」
 ハシバミと同年代の若者が言う。カブを恐れてか布で口と鼻を覆っている。

「ありがとう。では、僕ともう一人――」
「雨の中にいるは辛いだろ。全員来いよ」

 そう言うと二人は村へと歩いていく。十人以上の放浪者すべてをいきなり呼びこむとは思わなかったので、ハシバミは面食らってしまった。

「カツラはしんがりを頼む」
 それでもそう言って、後に続く。何かあれば奴がみんなを連れて逃げる。

「ツユクサ行こう」
「え? はい!」

 相手にとって一番無害そうな仲間を敵地に乗りこむパートナーにする。さすがに、この子をいきなり槍や弓で襲わないだろう。

 *

 しばらくしてハシバミは気づく。
 先頭の二人は明らかに村から離れた場所に導いている。しかも異臭がしてきた。なにかが腐った匂い……。
 ハシバミは二番手にシロガネやサジーを置かなかったことに後悔する。今さらどうにもならない。

 雨の中でバオチュンファが濡れながら立っていた。村落のはずれとでもいうべき場所。沢の音が聞こえる。腐敗臭が不安にさせる。
 振り向くと、みんなは立ちどまっていた。ここまで来たのはハシバミとツユクサだけ。
 くそ、だったらなおさら堂々だ。ハシバミはカツラみたいにずんずん歩く。

「来ていただいてありがとうございます。私の面目が立ちました」

 バオチュンファはやはり背丈はサジーほどある。今朝も顔を覆っていない。日中に見ると、年齢は二十代後半か。

「昨夜はあなたの名を聞きそびれました」
 黙ったままのハシバミたちに動揺した素振りも見せずに尋ねてくる。

「ハシバミ」とだけ告げて2メートル手前で立ちどまる。「僕たちは村に呼ばれたと勘違いした。僕はこの匂いに加わるかもしれない。でも、彼らは一筋縄では倒されない」

 バオチュンファは呆気にとられた顔をして、ふふと笑う。

「あなたは勘違いしています。あなたたちはとても臭いと私は言いましたよね」
 そう言ってバオチュンファが笠を取る。麻製の作務衣風な服も脱ぎだす。褌はしていなかった。「まずはウェンチェンにご招待します。温まりますし疲れが取れます」

 全裸の男が沢へと降りる。そこから立ち込める湯気が見えた。
 ハシバミとツユクサは呆気にとられてしまう。彼らが温泉(ウェンチェン)などを知るはずなく、硫黄の匂いなどもってのほかだった。それが火薬の原料になることも。
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